第21話 クロネっち


「美味しかったですね」

「……うん!」


 店の中は昼と夕方の間と、微妙な時間にも関わらずほぼ満席状態だった。


「おまたせしました、こちら食後のデザートとお飲み物になります」


 俺たちが昼食を食べ終えると、すかさず店員さんがケーキを運んできてくれた。ちなみに食べた昼食はオムライスという料理である。


「おおおおおぉ!」


 運ばれてきたケーキをスマホでパシャパシャと色んな角度から撮る先輩。大はしゃぎである。


 そんな先輩を眺めながら俺はケーキをつついた。


 お菓子には全然詳しくなかったので、おすすめである看板メニューを頼んだ。


(これが現代のケーキ……)


 俺はフォークでさしたケーキを口に運んだ。


「はむ……っ!?」


 え、うま。


 口いっぱいに広がる暴力的な甘さ。以前なら甘ったるくて一口で満足してしまうような、そんな甘さだったが、味覚が変わったからか凄く美味しく感じた。


「……ほわあぁ」


 先輩の方を見てみると、ちょうど食べ始めたところだったようで、ふにゃあっと幸せそうに破顔していた。俺もさっきまで似たような顔をしていたに違いない。


 俺はケーキで甘くなった口をリセットしようと、楽しみにとっておいたコーヒーを口に含んだ。その瞬間……


「――っ!?んぐ!ゲホッ、ゲホッ!」

「……ヴェール?」


 にっっっがぁ!?


「……ああ、甘いもの食べたあとに飲むと苦いよね」


 俺の顔を見て察したのか、そう同情してくる先輩。


 だがこれはそんなレベルではない。これは間違いなく拒否反応である。さっきは気合で飲み込んだが、次口に含んだら、飲み込む前に吐き出してしまうだろう。ヴェールちゃんは苦いのがダメらしい。


「コーヒーが、飲めない……?そんな……俺は何を楽しみに生きていけば……」

「……あー、コーヒー好きなんだっけ」

「え?」

「いやほら……前世の話」


 クロネ先輩はコソッと俺にだけ聞こえる声でそう呟いた。


「ああ、そういうのも伝わってるんですね……」

「……うん」


 そう、俺は大のコーヒー好きだった。500年前は一部の地域でしか飲まれてなかったが、この店でメニューにコーヒーを見つけて密かに歓喜したものだ。この国にいればいつでもコーヒーが手に入るんだ、と。


 しかし、味覚の変化というまさかの障害が立ち塞がった。残念ながらもう俺はコーヒーを楽しむことが出来ない体になってしまったようだ。


「……私のと交換する?こっちは甘いよ」

「え、口付けちゃってますよ?」

「……私は気にしないから」


 いいんだろうか?と思うが、このままこのコーヒーを残すよりかはいいかと考えて交換してもらった。


「これは?」

「……カフェオレ。コーヒーと牛乳混ぜたやつ」

「牛乳!?ま、まさか」

「うん、イビルバイソンの」

「マジか……」


 イビルバイソンはAランクの魔物であり、そいつから採れる牛乳は希少で、腐りやすいこともあり高値で取引されていた。


「……この国では家畜として飼育されてる」

「えっ!?どうやって?」

「なんか定期的にエサあげたら温厚になったらしい」

「なんじゃそりゃ……」

「……私も最初聞いたときはびっくりした」


 やり始めたやつ頭おかしいんじゃねぇのと思いつつ、カフェオレの入ったコーヒーカップを口元で傾けた。


「――おいしい」

「でしょ」


 コーヒーの風味を残しつつ、牛乳のふんわりとした甘みが、コーヒーの苦さを打ち消していた。


「ゴクッ……うん、たまにはブラックも悪くない」

「いいなぁ、私はもう飲めなくなっちゃいました」

「あはは……あ、そういえばヴェール」

「なんですか?」

「……敬語やめない?」

「え?」


 敬語?


「いやほら、さっきの……えーと、男の人と会話してたときタメ口だったし、そっちが素なんじゃない?」

「確かにそうですけど……」

「……正体知った身としては、正直ヴェールに敬語使われると変な気分になる」

「変な気分、ですか?」

「……うん。私もヴェール大空の賢者の物語聞いて育ったから、そんな人に先輩なんて言われると、なんかむず痒い、みたいな?そんな感じ」

「――っ……わ、忘れてください、恥ずかしいです!」

「……でもこの世界で知らない人の方が珍しいよ?」

「え゛!?」


 マジで?


「……なんならこの国の人はもっとヤバい」

「oh……」


 俺の痴態が世界中に知られてるだと!?


「死にたい……」

「……1回死んでる」


 そうだった。


「はあぁ、分かった。これでいいかクロネ?」

「……待って、呼び方はクロネっちでお願い」


 クロネっち?何故に?この呼び方あんまり好きじゃないんだけど……


「クロネっち」

「――っ!?」


 試しに呼んでみると、クロネはめちゃくちゃ嬉しそうだった。そんなに喜んでもらえるのならまあ呼んであげてもいいか。


「これからよろしくな、クロネっち」

「――っ!うん、よろしくちゃん!」

「はいはい、よろし――違うが?」

「……あ」


 しまった、と咄嗟に口を手で押さえるクロネ。


「おい、お前まさか……」

「……………………」


 じーーーっとクロネに疑いの目を向け続けると、観念したのか言い訳を始めた。


「いやぁ、ええと……だって目の前に“本物“がいるのに、呼ばせないわけにはいかないじゃんっ!?」


 言い訳という名の開き直りだった。


「……二度と呼ばねぇ」

「あああああ嘘です冗談ですから週に1回、いやせめて毎日1回呼んでくださいお願いしますううう!」


(増えてんじゃねぇか)


 さらっと要求を増やすクロネ。こいつマックスちゃんのことになると途端にバカになるな。まったく油断も隙もない。






 ☆★☆★☆






「……ヴェールうぅ」

「おい、そろそろ自分で歩け」


 クロネは俺の腰にしがみつき、ズルズルと引きずられていた。店を出て、家の近くに転移して、マンション内にいる今までずっとこの状態である。


「……自分で歩いたらクロネっちって呼んでくれる?」

「はぁ……あとでな」


 予想以上にしつこかったので、こっちが先に折れた。


「ありがとうございます!」


 ようやくまともに歩いてくれるようだ。まあもう家に着くけどな。ここまで来たなら断固拒否が正解だったか?


「……おお、懐かしき転移陣」


 クロネは転移陣を懐かしみながら起動し、俺たちは最上階に転移した。


「お?」


 すると見覚えのある後ろ姿を見つけた。そのうちクロネを紹介しようと考えていたのでちょうどよかった。


「サリーさん!」

「――ピィッッッ!?!?!?」


 ピィ?ひよこ?


 俺が声をかけると、サリーさんは変な奇声を上げ、バッと振り返ってこちらを見た。その顔色はかなり悪かった。


「え、ええと……ヴェール様?本日はお日柄もよく……」


 サリーさんはおかしくなっていた。


「え?急にどうしたんですか?」

「いえなんでもございません!」

「いやなんでもないわけ無いでしょう……敬語になってますし」

「ハッ!?そ、そうだった……」


 やっぱりサリーさん変になってる。何かあったのか……?


 俺が心配そうに見つめていると、サリーさんの顔色はさらに悪化していった。そして……


「も、もうしわけ……じゃない、ごめんね!今日は忙しいから!またねヴェールちゃん、ちゃん!」


 そう言い残して家の中に一瞬で消えていくサリーさん。


「あ、ちょっと!?」


 え、えええぇ……どゆこと?避けられてる?俺またなにか失礼なこと言っちゃった?急に距離を感じるんだが。


 一方クロネはというと……


「……ああ、そういうことか」


 ヴェールに声をかけられたときの反応、初対面のはずのクロネの名前を知っていたこと、ここの最上階に住めるだけの財力。ここまで証拠が揃っていれば、サリーと呼ばれる女性の正体がクロネにでも簡単に理解出来た。……ヴェールはショックで気付いてないみたいだが。


(……ていうか、ヴェールって結構察し悪いよね)


 眼の前でうんうん唸る白髪の美少女を見てそう思ったクロネ。きっと今も見当違いなことを考えているのだろう。


「え、なにクロネ?」

「……なんでもない、家入ろう」

「ちょ、おい!お前何か隠してるだろ!?」

「……気のせい」

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