第31話 やっぱり苦いのは嫌いです
「……なあミラン、そろそろ放してくれないか?」
「ん~……もう少しだけぇ」
ミランに正体を見破られた後、俺たちは再び聖堂の長椅子に座っていた。
いや、
「もう少しって、あとどれくらいなんだよ……」
「500年くらいですかね」
「う~ん、それならまあ……って長いわっ!!!」
「……だってマクスさんの抱き心地最高なんですもん」
――そう、ミランの膝の上である。俺はミランの膝と腕の中にすっぽりと納まっていた。
「……はぁ、別にいいけどさ」
「えへへ、ありがとうございます」
「それよりさっき言ったこと、ちゃんと――っておい!さりげなく太もも撫でるなっ!スカートの中に手を突っ込もうとするな!!!」
ミランはセクハラおじさんの如くヴェールちゃんを撫で回していた。
「いいじゃないですか減るものじゃないですし……スー、ハ―」
「匂いを嗅ぐなっ!?」
「……?いい匂いですよ?」
「いやそういうことじゃなくて……」
ダメだこいつ早く何とかしないと。
「それにしてもマクスさん可愛くなりましたね、ミニスカなんて履いちゃって。何で女の子に?」
「いや俺が聞きたいけど……って、だからそうじゃなくて!」
「?」
「ホントに頼むぞミラン。他のみんなはいいけど、レーネルだけにはバレないようにしてくれよ……!」
「ん~、多分大丈夫ですよ」
「どこから湧いてくるんだその自信は……」
今のお前ニッコニコだぞ。ホントに分かってんのかこいつは。
「いいかミラン。今みたいに二人きりのときはいいけど、他の奴がいるときはちゃんとヴェールって呼ぶんだぞ」
「分かってますよヴェールさん」
不安だなぁ……おい胸を揉むな。
「なぁ、そろそろこれ片付けたいんだけど……」
俺が指さす先にあったのは、無残な姿になったマグカップだった。中身のカフェオレもぶちまけていて、そのまま置いておくのは気持ちがよくない。
「それもそうですか……はい、どうぞ片付けてください」
ミランは立ち上がり、そう言ってきた。……俺を抱いたまま。
「?????」
意味が分からなかった。
「……?片付けないんですかマクスさん」
「え、この状態で片付けろとおっしゃる???」
「え?そうですよ?」
「え???」
どうやらミランは本気で言ってるらしい。
「……俺を解放するという選択肢は?」
「ないですね」
「ないんですか」
意地でも引っ付いていたいようだ。
「マクスさんならこの状態でも出来ますよね?」
「出来るか出来ないかでいったら、まあ出来るんだけど……」
「じゃあ問題ないですよね?」
「……ウン、ソウダネ」
俺は説得するのをあきらめ、ミランの腕に拘束されたまま時空魔法でマグカップを直した。そして宙に浮かせて手元まで持ってきた。
「カフェオレ淹れ直すよ」
「……あんまり気を使わなくてもいいんですよ?」
「俺が飲みたいんだ。ついでだよついで」
「う~ん……あ、じゃあカフェオレじゃなくてブラックでお願いします」
ミランの口から発せられた衝撃の言葉に、俺は耳を疑った。
「え、苦いよ?この世の物とは思えないくらい苦いよ???」
およそ人が口にしていいものじゃない。なんでこんなものを好んで飲んでいたのか分からないくらいだ。
「ど、どうしたんですかマクスさん……私がコーヒー飲みたいって言ったらいつもうれしそうにしてたじゃないですかっ」
「……色々あったんだよ、色々」
俺は濁り切った
ミランは俺の異常を察したのか、深くは突っ込まなかった。
「マクスさん、またコーヒー淹れてるとこ見たいです」
「……いつも思うけど、そんなの見てて何が楽しいんだ?」
「ふふ、真剣にコーヒーを淹れてる姿がかっこいいからですよ。見てて飽きないです」
「――っ!?そ、そう……」
変わった感性をお持ちのようで……。
「――♪」
ミランはその言葉の通り、コーヒーを淹れる俺の姿を楽しそうに眺めていた。……もちろん抱き着いたまま。
(い、淹れにくいっ……)
可動範囲が狭くて手元が狂いそうだった。
だが意外と何とかなるもので、上手に淹れることが出来た。
「ほれ」
「ありがとうございます」
ミランはようやく俺から離れて、両手でコーヒーの入ったマグカップを受け取った。
そして少しだけ香りを楽しんだ後、そのまま一口。
「……だから苦いって言っただろ」
両目を閉じ、眉間にしわを寄せるミランを見てそう言った。
まあ今となってはとても共感出来るが。
「……やっぱり苦いのは嫌いです」
(言わんこっちゃない……)
「でも――"思い出の味"です」
ミランはマグカップの中の黒い
「思い出、ねぇ……」
「はい、思い出です。コーヒーのこと、いっぱい勉強したんですよ?香りで豆の種類が分かるくらいには」
「へぇ」
あんなに嫌いだったのに。
「絶対忘れたくなかったんです。マクスさんとの思い出……それから、私の罪も」
「ふ~ん……」
なるほどね?
「――てぃっ!」
「えっ!?」
俺は隙をついて、ミランのコーヒーに牛乳を注いだ。
「あああああ、思い出の味が!何するんですかっ!?」
「うるせえ何が思い出の味だ、コーヒーに変なもん付けんなっ!」
「変っ!?」
「お前の罪なんてもんはもう存在しないし、そんな大昔の思い出なんぞ捨てちまえ。思い出なんて、これからいっぱい時間あるんだから新しいのを作ればいい。……なら、そんなクッソ苦い味なんてもういらないだろ?」
「マクスさん……」
俺は言いたいことを言い切ってから、自分用に注いだカフェオレを口に含んだ。そして――
「もしかしてちょっと怒ってます?」
「――ブフッ!?」
盛大に噴き出した。
「……怒ってない」
「あ、やっぱり怒ってます」
「怒ってない」
「俺が飲めないのに味のわからないお前が飲むんじゃねえ、って怒ってるんですよね?」
「怒ってないっ!」
何をもってそう考えるのか、理解に苦しむ。
俺はマグカップを傾けて、残ったカフェオレをぐびぐびと飲み干した。
「ぷはっ……とにかく、もう変なもん付けてまで無理して飲む必要はないんだよ」
「……やっぱり怒ってますよね?」
「怒ってないつってんだろっ!?」
「いや怒ってますよ!?」
「怒ってない!!!」
「怒ってますって!」
その後もしばらく聖堂では、二人の押し問答が続いた。
☆★☆★☆
2時間後、俺はミランの語る話に耳を傾けていた。
「それでレーネルさんが――」
……ミランの膝の上で。
「――なんで???」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでまた俺はここに座ってるんだろうと思って……」
「細かいことはいいじゃないですか」
細かいか?……いや細かいのかもしれない。
俺は無理やりそう考えることにした。
「……マクスさん、本当に帰ってきてくれないんですか?」
「さっきも言っただろ?俺はまだやりたいことがいっぱいあるんだよ」
そう答えると、ミランは不満だったのか、抱きしめる腕に少しだけ力が入った。
「……マクスさん、私ずっと考えてたことがあるんです」
「ん?」
「ダンジョンに潜った日、多数決したの覚えてますか?」
「ああ」
探索続けるか続けないかの話だったか。
「あの時、本当は帰りたかったんです。私がもっと"わがまま"を言える性格だったらって、ずっと後悔してました」
「ふ~ん」
(……知ってるよ)
分かってて聞いたんだ。お前ならこの場をうまく治めてくれるって。
「だから私、今からわがままになります」
「うん……うん?」
急にどうした?
「――マクスさん、私のわがまま聞いてくれますか?」
ああ、その前振りってことね。
「……ダメだな」
「――うっ、やっぱりそうですよね」
分かってないなミラン。
「ああ、全然ダメだ……いいかミラン、"わがまま"ってのは他人に許可を求めるもんじゃない」
「ごめんなさ――え?」
「思い出してみろ。身近にいるだろ?わがままの化身が」
「……はい」
ミランは多分、同じ人物を想像してくれてると思う。
「そいつは他人に許可を求めることがあったか?」
「……ない、です」
「だろ?わがままになりたいならそいつを真似しろ。いちいち俺に聞く必要なんてないんだよ」
「……分かりました。じゃあ今からわがままを言います」
「おう」
「私――」
(ミランのわがままか……)
どんなことを言うんだろうか?
ミランの次の言葉に注目していたそのとき――
――バァン!
唐突に鳴る轟音。聖堂の扉が開いた音だった。
「来てやったぞミラン、元気出せ!!!」
わがままの化身が襲来した。
(げぇ、レーネル!?なんでここに……あ)
そういえば、持ち回りで様子を見に来るってキルフが言ってたわ。
(よりによって今日かよっ!)
転生してから疫病神でも憑いているのだろうか。キルフといいレーネルといい、毎回会いたくない人物に限って接触してしまう。
「あ……レーネルさん」
「ようミラン――ん?」
レーネルはミランに歩み寄ろうとして、固まった。そしてミランと俺を交互に見た。
「あれ、元気になったか?」
早速バレていた。
(だから気をつけろって言ったのに!)
「(……大丈夫ですよマクスさん。それと、"ごめんなさい")」
ミランは俺にだけ聞こえるようにそう言った。何が大丈夫なのか理解できないし謝罪の意味も分からなかった。
「はい……今まで迷惑かけてごめんなさい」
「いやいいんだ、元気になってよかった」
(あれ?)
レーネルのやつ、
(他人に気を遣ってる……だと!?)
衝撃だった。今ならキルフのあのセリフも納得できた。
「貴様が慰めてくれたのか?」
「えっ」
レーネルが自分から、赤の他人である俺に話しかけた!?!?!?
とんでもない出来事に、俺は戸惑いを隠せなかった。そのため、レーネルの質問にはミランが代わりに答えた。
「はい、この子が元気をくれたんです」
「そうか……ありがとう、ヴェール・オルト」
お礼まで!?
「い、いえ……」
……え、誰こいつ。俺の知ってるレーネルじゃない。
そんな俺をよそに、二人は会話を続けた。
「ミラン、もう大丈夫そうか?」
「はい。……レーネルさん、一つお願いがあります」
「ん?珍しいな、言ってみろ」
俺は次のミランの言葉を聞いて初めて、先ほどの謝罪の意味を理解した。
「――私、この子を"妹"にしたいです!」
ミランのわがままは、屈託のない満面の笑みとともに発せられた。
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