第19話 わざとに決まってんだろ!
「恐らくこの辺りからBランクが出現する領域だ」
俺たちはノールの転移魔法で3分程かけて養殖場の中央付近までやって来た。
「……し、死ぬかと思った」
「あはは……」
「転移魔法は行ったことのある場所か目視した場所にしか転移出来ないからな。こういった視界の悪い森は、空中で連続発動する方が効率がいい。だから慣れろ」
「……うへぇ」
俺は自分が使う立場だったから、他人に転移を使ってもらうのはこれが初めてだった。だから最初はちょっと不安だったけど、ノールさんの魔力制御が凄く上手だったので、すぐにその不安は解消された。流石EXランクである。
「今回私は風下方向の警戒をする。前方の警戒はお前たちがやってみろ」
「分かりました」
早速俺は身体強化魔法で視力を強化する。すると俺の視界が一気に広がり、またより遠くの物も鮮明に見えるようになった。
先輩も、木から木へ飛び移りながら周辺を見渡していた。
10分程歩くと、前方に狼の群れらしきものが視界に映った。300mくらいかな?
「いました、あそこです」
「む……確かにいるな。フォレストウルフが群れているということは、恐らくあいつもいるだろうな」
「はい」
あいつ、とはBランクの魔物カイザーウルフのことである。カイザーウルフはウルフ系の魔物の中から稀に生まれる上位種で、普段は群れないウルフ系を統率するのが特徴だ。
「先輩、いけますか?」
「……まだちょっと遠い。もう少し近寄りたい」
「それでもいいが、気をつけろよ。カイザーウルフは耳がいい。近付きすぎると気付かれるぞ」
確かにな。今あいつらの長所である嗅覚は、俺たちが風下側であることで潰せている。しかし、聴覚に関してはどうしようもない。気付かれていないというアドバンテージを維持したいなら、この辺りから撃つしかないだろう。
「先輩、ここからやってみましょう。大丈夫です、外しても外さなくても、あいつらが寄ってきたら私が何とかしますので」
「……分かった」
そう言ってクロネ先輩は、木の上でいつもより時間をかけて照準を定めた。そして、引き金に手をかけたところで……
「……え?」
先輩は引き金から手を離した。
「先輩?」
「どうしたクロネ?」
そう尋ねる俺とノール。
「……いや、なんか全滅したっぽい」
「「……え?」」
先輩にそう言われて先程まで群れのいた場所を見てみる。すると確かにその姿は既に無く、地面に消し炭らしき物が転がっていた。
「ん?何か聞こえませんか?」
「……何かを引きずる音?」
ズリズリと地面と何かが擦れる音が聞こえてきた。そして徐々にその正体が見えてくる。
「む、あれは……」
「地龍……ですね」
「ヒィッ」
Sランクの魔物の中でも特に強力な龍種の1体である。そしてその地龍の尻尾を持って引きずる男がこちらに歩いてきていた。クロネ先輩は地龍を見て、小さく悲鳴をあげていた。
男が近くまで来るとこちらに気付いて、少し不機嫌そうに声をかけてきた。
「……ノール・グリーズか。丁度いい、これやる」
「え……やる、って!?お、お待ち下さい!こんなに受け取れません!」
男に地龍を渡され、狼狽えるノール。
(……あれ?この男、なんか……変?)
俺は男を見て違和感を覚えた。
「持って帰るのだりぃからよろしく。あと依頼奪って悪かったな」
じゃあな、とこちらを向かずに手だけ振って、そのまま街の方へ歩いていった。その後ろ姿に俺は目を離せなかった。
(やっぱり何か変だ。何だろう……いや、“歩き方“か!)
――ピシッ
俺は違和感の正体に気付いた。そして少しずつ世界に亀裂が入り始める。
偽りの世界が剥がれ落ちていく中、ふと風が吹く。春先の少し冷たい風が頬を優しく撫でる。そして……
――ドクンッ!!!
「――!?――ッ!?!?」
突然心臓を襲う痛みに、息を吸うことも吐くことも出来なくて、声が出ず、一瞬全身の力が抜け、そのまま手で胸を強く押さえながら地面にうずくまる。
「「ヴェール!?」」
唐突に倒れた俺に、ノールとクロネ先輩が駆け寄って心配してくれている気がしたが、今はそれどころではなかった。
(な、何だこれ!?初日の比じゃない……!)
あまりの苦しさに胸を押さえる手に力が入る。
(ていうか、治ったんじゃないのかよ!?)
そう悪態をつかずにはいられなかった。大学でミッシェルさんに診断してもらったときは何ともないって言ってたのに!
「――ヒュッ、――ハッ」
何とか呼吸をして、空気を体に取り入れる。
そうしていると少しずつ痛みが治まってきた。
「大丈夫かヴェール!?」
「ヴェール!?」
「だ、だいじょう、ぶ、です」
心配する2人に、僅かに聞こえるであろう声量でそう答える。
「ぽ、ポーション飲むか!?」
キュポンとポーション瓶の蓋を外し、手渡してくるノール。明らかに上質なポーションであることが見て取れる。
「い、いえ……効かないので、必要ないです」
「え……効かない?」
「はい、以前試して駄目だったので」
悪魔として生まれた初日のことだ。あのときは光魔法だったが、効果はポーションと同じである。
それに多分悪魔の超再生でもう治ったと思う。
「いや、取り敢えず飲んでおけ。費用なら気にしなくていい」
そう言ってノールは、俺にポーションを押し付けてきた。
「いやでも――」
ノールさんに悪いので、受け取ったポーションを返そうとすると……
「おい」
「へ?痛っ!?」
さっきまで地龍を引きずっていた男が、座ってる俺の肩をちょんと蹴ってきて、俺は尻もちをついた。既に去ったと思っていたが、どうやら近くで見てたらしい。ちなみにポーションは俺の手から離れて、地面に横たわっている。
「え、一体何を……!?」
ノールは男にそう聞くが、男は無視して俺に話しかけてきた。
「おいお前」
「いてて……何するんで――げえええぇっ!?」
ちょっと抗議してやろうかと声をあげたが、男は先程までの姿ではなく、幻惑魔法による変装が無くなった姿になっていた。
(うわ、最悪だ……)
そしてその男は、今考えうる限り俺にとって一番会いたくない人物だった。
「今げえぇ、つったなお前。俺のこと覚えてくれてるようで何よりだわ」
キルフ・バルサン――笑顔で怒りの感情を露わにする狼族の彼は、元老院の第三席で、人の身体の匂いだけでなく
「で?
こいつに俺の中身はバレている。だけどノールとクロネ先輩がいるこの場でぶっちゃけられるのはまずい。
「……な、何のことでしょうか?」
というわけでしらばっくれつつ、アイコンタクトでキルフにその旨を伝える。だが俺のその態度が気に入らなかったのか、口元をヒクヒクさせながら、貼り付けたような笑顔が徐々に剥がれ落ちていく。
「ほ、ほほう?お前、悪魔になって相当オツムが弱くなったらしいな。だったらちゃんと言ってやるよ……」
お、おい待てこいつまさか……!?
「――500年もどこほっつき歩いてやがったんですか、“マクス・マグノリア“皇帝陛下様?」
こ、こいつうううううう!?!?マジで言いやがった!
「……え?」
「へい、か?」
クロネ先輩とノールは、キルフの放った言葉について噛み砕き、解釈しようとしていた。
ああああああまずいまずいまずいまずい!何とか誤魔化さないと!?
「い、いやいや人違いですよ!私は女ですし、そんな恐れ多い……」
今度こそと、強めのアイコンタクトを試みた。
(気付けキルフ!頼む言わないでくれ!)
しかしその願いは届かなかった。
「本物のヴァルド=ヘクシルぶら下げといて何言ってんだオメェ」
そしてトドメの一撃である。
(アホおおおおおおおおおお!?!?)
「……マジか」
「え……本物?……え?」
……あかん、もう完全にバレてもうてる。終わった、人生終了だああああああ!
「……て」
「あ?」
「――てんめええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
怒りのボルテージが天元突破した。
「うっさ」
「キルフてめえ!俺が正体隠そうとしてることくらい察しろよ!オツムが弱くなってるのはお前の方だろアホ!」
動悸のなごりか怒りのせいかは分からないが、顔を火照らせながらぶちギレる。
「はあ?わざとに決まってんだろ!」
キルフはそう言って俺の頭を手で掴んで、体ごと持ち上げた。
「おい何を痛っ、いだだだだだだだだ!?アイアンクローはやめろおおおおおお!!!」
ミシミシいってるから!頭蓋骨からやばい音鳴ってるからああああああ!
「500年経っても挨拶しに来ねえお前がわりぃんだよアホ!」
「はあ!?つい先日生まれたばっかだアホ!つか離せアホ!」
「んな分かりやすい嘘ついてんじゃねぇよアホ!」
「嘘じゃねぇよアホ!」
「そんなわけ……チッ」
キルフはノールとクロネ先輩を見て、小さく舌打ちをした。
「おい、このアホ借りてくぞ」
「「……!」」
2人は頭をブンブンと縦に振った。振るしか選択肢はなかった。
「は?待てキルフ、せめてアイアンクローやめいだだだだだだ!?やめろ離せえええ!」
静かな森の中で俺の叫び声が響き渡った。
☆★☆★☆
森の奥に連れて行かれるヴェール――もといこの国の皇帝を見送るクロネとノール。
「……そういうことか」
クロネは一人納得した。ヴェールと初めて会ったとき、虚無属性だけじゃなくて時空属性も使えた理由が何となく分かった。本当は全属性使えるから、波動を幻惑魔法で誤魔化してたんだ、と。まあ正解については本人に確認するしかないが。
でも何で女の子なんだろう?それも幻惑魔法なのかな?でも性別が変わる変装はめちゃくちゃ難易度高いって聞いたけど……まああの伝説のマクス・マグノリアならそんなこと簡単に出来るか。
「……ノール?」
そこでクロネはノールの様子がおかしいことに気付いた。
「……ノール、大丈夫?」
ノールに近付くと、小さな声でブツブツと何かを呟いているのが聞こえた。
「――ンクローアイアンクローアイアンクローアイアンクローアイアンクロー……」
「……え、こわ」
声かけても揺さぶってもそのままだったノールは、ボイスチェンジャーによる機械質な声も合わさって、まるで壊れた人形のようだった。
そんなノールをクロネはそっと放置した。
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