第18話 その発想はなかった


「ここから先がアカシア養殖場だ」


 森の中を進んで10分程経ったところで、ノールがそう発言した。


 魔物養殖場――FからAランクの魔物を養殖する場所のことだ。


 凶星の森のド真ん中にあるマグノリア帝国は、周りに生息する魔物はSランクばかりである。そんな0か100しか存在ないこの国において、低〜中ランク帯の魔物の素材を入手するために作られたのがこの魔物養殖場である。


 そしてここ、アカシア養殖場はBランクに位置し、50km×50kmの中に、下はFから上はBランクまでの魔物が養殖されている。難易度的に、初めて来るならここがいいと考えていたのだ。


「藍色の……波動?」


 ふと、地面から藍色の波動が出ていることに気付いた。


「それがMWIGエムウィグだ」

「これがですか?」


 なんか想像してたのと違うな。もっとこう、結界みたいな感じのやつを想像してたんだが。


「……他の国では波動珠はどうじゅと呼ばれてる」


 この国の外から来たクロネ先輩が、そう補足してくれた。そして波動珠という名前には聞き覚えがあった。


「ああ!」


 そうか、そういうことか!


 波動珠とは触れた波動を記憶し、波動珠自身が壊れるまで、永遠にその波動を放ち続ける、ダンジョンの宝箱からたまに出てくるゴミである。


 何故ゴミと言われているかというと、波動珠が放出する波動は、通常の波動と違い、魔物に感知されてしまうからだ。魔物は波動の持ち主の強さが何となく分かるらしい。なのでその持ち主よりも強い魔物が、格好の餌であると認識して寄ってくるのだ。それゆえ、波動を記憶させた場合、すぐに破壊しないと犯罪になる国も多かった。


 そんな波動珠だが、弱いやつの波動を記憶させるのではなく、Sランクですら軽く捻り潰すようなやべーやつの波動を記憶させたらどうなるのか。そう、Sランクが裸足で逃げ出す疑似結界として機能するようになるわけだ。


(なるほどな、その発想はなかった)


 そしてこの藍色の波動は恐らく、水属性と時空属性持ちのアイツルダーノのものだろう。アイツに勝てるやつなんて、レーネルか、イレギュラークラスの一握りの魔物くらいだ。


「準備はいいか?」


 そう尋ねるノール。


「はい!」

「……(ガタガタ)」


 元気よく答える俺とは対称的に、クロネ先輩は恐怖で震えていた。


「クロネ……だったか、安心しろ。最初は私が近くで守ってやる。そっちの白い方ヴェールは余裕そうだからな」

「……分かった、ありがとう」


 男気あふれるノールのセリフに安心したのか、先輩の震えは殆ど無くなっていた。……つか白い方て。


「よし、大丈夫そうだな。行くぞ」


 ノールの号令で、俺、先輩、ノールの順番で藍色に揺れる空間をくぐり抜けた。


「……特に変わらない?」

「ああ、流石にMWIGに近すぎる。魔物に出会うにはもう少し進まないといけない」


 そういうことらしいので、言われた通り森の奥に進もうとすると、ノールから待ったが入った。


「ストップだ」

「どうかしましたか?」

「アカシア養殖場はウルフ系の魔物が6割だ。あいつらは鼻が利く。クロネが慣れるまでは追い風方向か、向かい風方向に進め」


 ……なるほど。風を横切るように進んでしまうと、俺たちの匂いを広範囲に拡散してしまうからか。風上もしくは風下方向に進めば、警戒するのは前か後ろだけだ。


 今俺は来た道から左斜め前に進もうとしていた。そっちの方が開けていて進みやすそうだったからだ。風は……北から吹いてるな。


「じゃあこっちですね」

「ああ」


 俺たちは来た道から曲がらずに、まっすぐ進んだ。少し足場は悪いが進めないほどではない。


「――っ!?……なるほど、魔法付与エンチャントか」

「あ、はい……黙っててすいません。言うタイミングなくて……あはは」


 俺の足元の障害物が、不自然に俺を避けていくのを見て気付いたようだ。


「……いや、こちらこそすまなかった。正直、魔法付与の可能性は考えていなかった。まさかこの国に第五席様以外にも付与師エンチャンターがいたとはな……よかったら今度紹介してくれないか?」

「え゛!?い、いやあそれはちょっと……」


 俺が付与しました。はい。


「まあ、そうだよな。気にしないでくれ」

「……すいません」


 結界魔法の魔道具的なやつ普及してそうだし大丈夫だろー、と高を括っていたが、ノールの反応を見るにどうやら無いらしい。


(ちゃんと調べとけばよかったあああああ!)


 今更後悔しても遅いが、幸い俺がやったことだとはバレてないからまだセーフだ。


「……む?」


 ふと立ち止まり、北西方向をじっと見るノール。


「どうかしましたか?」


 彼女の見ている方面に顔を向けてみると……


「あ、スライムですね」


 100mほど先に、Fランクモンスターでお馴染みのスライムがいた。


「クロネ、あれで練習しておこう」


 ノールはそう提案した。


「……分かった、あれならいけると思う」


 その提案に、自信を持って頷く先輩。そして、結構な高さにある木の枝にふわりと跳び乗った。


(脚力すごっ!?……いや、あれは風魔法か?)


 一瞬先輩の右手が緑色に光った気がした。


「……?」

「どうしたクロネ?」


 自分の手を不思議そうに眺めるクロネ先輩に、ノールが声をかける。


「……なんでもない、やる」


(クロネ先輩のさっきの魔法、無意識だったのかな?)


 凄く綺麗なフォームで無駄のないジャンプ、まるで出来て当たり前であるかのような跳躍だった。でもクロネ先輩にとってそれは当たり前だと思っていなかった。と、そういう風に俺の目には映った。


 しかし先輩はすぐに切り替えてその場でしゃがみ、木の幹にもたれて体を支えながら、スナイパーのスコープを覗いて構えた。


(……結構高さあるのに、そっちは怖くないのかな?)


 凄い集中力だ。スナイパーを撃つことだけに集中していて、高さなんて些細なことは忘れてるんだろう。


 クロネ先輩は数秒かけて狙いを定め……引き金を引いた。


――バァン!


 乾いた銃声が森の中で響く。


「……ふむ、見事だな」


 スライムがいた方向を見ると、ハリのあった艷やかなボディが見る影もなく、ゼリー状の体をぐったりと地面に広げていた。


「……ぶい」


 先輩はシュタッと着地し、勝利のピースサインを決める。先程の跳躍と同様、最小限の風魔法を使った鮮やかな着地であった。


(そういえば忘れてたけど、先輩の魔力制御Aランクだったな)


 Dの魔力容量以外はAランクである先輩は、意外とハイスペックなのである。


「……クロネ」

「……?」

「身体能力はAランク上位、魔力制御は限りなくSに近い。正直、近接で戦った方が活躍出来るぞ」


 とノールがアドバイスする。確かにそれは俺も思った。


「通常の銃弾が通用するのはBランクまでだ。AやSに唯一通用する破魔弾は一発10万するから、このままAランクを相手にするのは金銭的に割に合わないぞ」

「……マジ?」

「ああ、マジだ」


 信じられないといった表情のクロネ先輩は、ノールの肯定により絶望の表情へと変化させる。


「いっぱつ……じゅうまん……」


 先輩から生気が消滅した。


「……先輩、私が剣術教えてあげますから元気出してください」

「うう……魔物近付きたくない、安全圏からペチペチしたい」


 まだ恐怖は拭えてないか……まあまだ倒したのはノロマなスライムだけだしな。こればっかりは徐々に慣れていってもらうしかないだろう。


 先輩が弱音を吐いていると、ノールが何かを見つけた。


「む、少し遠いがフォレストウルフがいるな。まだこちらには気付いていない」


 前方200m先に、地面の臭いを嗅ぎながらゆったりと徘徊する一匹の狼がいた。


「クロネ先輩、出番ですよ」

「……ハッ!?」


 さっきから虚ろな目をしていたクロネ先輩に声をかけると、現実逃避から現世に戻ってきたようだ。


「……行ってくる」


 先程までの姿が嘘だったかのように一瞬で切り替えて、高い木の枝に飛び乗った。そして撃ち抜く。


――バァン!


 脳天に風穴が空いたフォレストウルフは、ビクビクと痙攣しながらその場に倒れた。見事なヘッドショットである。


 ていうか先輩、撃つときはめちゃくちゃ冷静だよな。その変わりようは、怖がってるフリしてるだけなんじゃね?と疑ってしまうほどだ。まあ物理的に距離が離れてるからかもだけど。


「ノールさん」

「なんだ?」

「銃のことは分からないんですけど、クロネ先輩の実力はノールさんから見てどうですか?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。


「……まだ何とも言えんな。静止した敵に対して当てることは、練習すれば誰でも出来るからな。素早く動く敵に当てれるかどうかが重要だ」

「なるほど」


 敵に気付かれる前なら普通は当てれる。でも気付かれてて動いてる敵に当てれるかは、技術力が問われるわけか。


「……ぶい」


 降りてきた先輩が再びピースサインを決める。


「流石にDランクでは相手にならんようだな。ここはひとつ、この養殖場のヌシでも倒しに行かないか?」

「えっ!?」


 ノールさんの提案に驚くクロネ先輩。


「ノールさんもいますし、私は賛成ですけど……」

「……わ、分かった」


 俺がそう言うと、先輩は渋々頷いた。


「決まりだな。ヌシは基本的にMWIGから一番遠い場所、つまり養殖場の真ん中にいることが多い。そこを目指そう」


 俺たちはまっすぐ北に向かって歩みを進めた。

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