第16話 私も鬼ではありません
「おおおおお〜!」
「……ヴェール、はしゃぎ過ぎ」
「いやこんなの感動しない方が無理ですよ!」
クロネ先輩と初めて出会って2日後の朝、俺たちは魔導列車と呼ばれる乗り物で、近場の冒険者の街に向かっていた。
そして俺はガタゴト揺られながら、車窓から見える景色に感動していた。
馬車に乗ってのんびり眺める景色も最高だったが、かなりの速度で流れていく景色を見るのもまた違った良さがあって癖になりそうだ。
(やっぱり旅の醍醐味はこれだよなあ)
以前は基本的に転移魔法で移動してたから、味気なかったんだよなあ。まあ楽なのはいいことなんだけどね。
「……まあ気持ちは分かる。私も最初はヴェールみたいになってた」
「今は違うんですか?」
「……まあね、高校通ってたときは毎日乗ってたから」
てことはクロネ先輩は悪魔になったとき高校を選んだのか。……あれ?
「そういえば先輩の家、高校の近くにしなかったんですか?」
「ん、一番高価な所にしてほしいって書いた。そしたら17億の家が手に入った」
イエイ、とピースするクロネ先輩。17億……凄く聞き覚えのある金額である。
「もしかしてサウスマグノヒルズですか?」
「そう」
「おお!じゃあお隣さんですね」
やっぱり同じマンションだったか。サリーさんとクロネ先輩がいれば退屈しなくて済みそうだな。
「……いや、あそこはもう売った。お金欲しくて」
「え゛!?」
売っちゃったの!?マジで!?
「え、売ったお金はどうしたんですか?」
「これ」
クロネ先輩が見せてきたのはスマホの画面だった。一昨日見た画面と同じだった。
「ま、まさか全部ゲームに……?」
「うん」
この人マジか。マックスちゃん魔性の女過ぎる。
「売値3000万だったから、すぐ無くなった」
「安っ!?!?」
「なんか部屋開けても売れないからって買い叩かれた」
な、なるほど……案内人さんマジで苦労してそうだな。レーネル早く何とかしてやれ。
「先輩は今はどこに住んでるんですか?」
「……大学近くのボロアパート。もう解約するけど……お金払えないし」
「oh……」
ギリギリを生きてるなこの人。大丈夫なんだろうか……?
「……だから
「あそこ?」
「悪魔資料室」
「…………」
言葉が出ないとはこういうことをいうのだろう。
「流石にそれは犯罪ですよ!?」
「……ダメ?」
「なんでダメじゃないって思ったんですか?」
この人早くなんとかしないと手遅れになる……いやもう手遅れか?
「今日は様子見のつもりでしたけど、本格的に狩りしないといけませんね……」
「うぐっ」
「流石に犯罪は許容出来ませんので」
「……はいぃ」
ガックリと項垂れるクロネ先輩。
だが下がった頭は一瞬で起き上がった。
「――ハッ!?ヴェール……いや、ヴェール様!」
「な、なんですか!?」
「部屋を一室頂けませんか!?」
「え!?」
なるほどそうきたか……!確かに部屋は余ってるが。
「うーん……」
「何卒、なにとぞぉ〜!あそこのお風呂が恋しいんですぅ……!」
正直大歓迎ではある。だが素直に頷いていいものか……?
(あ、そうだいいこと思いついた)
「分かりました先輩、うちの一室差し上げましょう」
「おおおおお!ありがとうございま――」
「ただし!」
「――す……え?」
「ある条件を飲んでくれたらの話です」
「……条件?」
今から俺は先輩に無慈悲な選択を迫らせる。だが先輩、安心してほしい。絶望しないでほしい。あなたというダメ人間(エルフ)を、俺がきっちりと矯正してあげよう……!
「先輩の通帳、私が管理します」
「なん……だと……!?」
俺の
「冗談……だよね?」
「そんな訳無いでしょう?」
「お、鬼!鬼畜っ!!!」
「心外です。私はクロネ先輩を真人間にしてあげたいだけなんです!」
「……まるで私がダメ人間みたいな言い方」
「そうですけど?」
「ひどっ!?」
一体何が違うというのか。自分の生活を見直してから発言していただきたい。
「もちろん拒否していただいても構いません。不法侵入で警察にお世話になるのがクロネ先輩の選択なら、悲しいですけど、その意思を尊重します」
「うぐうぅ!?」
その言葉がトドメとなったのか、先輩は暫く葛藤してから、鞄から通帳を取り出して俺に差し出した。
「……お、お世話になります」
「はい!」
差し出された通帳を受け取ろうとすると、まだ抵抗があるのか、なかなか離してくれなかった。
「……先輩?離してくれないと受け取れないんですが」
「うぅ……私のお金えぇ」
「いやいや、今はすっからかんでしょうに」
その後ようやく離してくれた通帳をパラパラと捲って確認する。
「うわあぁ…………」
そこに記されていた入出金明細は、想像を絶する酷さだった。もはや一般人にはお見せ出来ないようなグロ画像である。よくこれで生きてこれたな、というのが正直な感想だ。
これは矯正しがいがあるな……こういう自分の欲望にとことん甘いやつは、他者からの介入が無いとどこまでも墜ちていくのだ。クロネ先輩はその成れの果てといって差し支えないだろう。安心してくれ先輩、俺がきちんと直してあげるからな!
「取り敢えずお小遣いは月5万です。大きな買い物をするときは要相談ってことで」
「ままま待ってくれヴェール!私に死ねと言うのか!?」
「いいえ?食費や共用品は私が持ちますから死にはしません――」
「そういう意味じゃなくて!マックスちゃんは?私のマックスちゃんの分は!?あの子が他人に盗られたら私は生きていく意味が無くなる!」
うん、やっぱこいつ重症だわ。
「ふう……クロネ先輩、別に私も鬼ではありません」
「……ほえ?」
「稼ぎの半分はお小遣いとしてそのままプラスします」
「な!?の、残りは!?」
「貯金に決まってるでしょう?」
「……貯金なんていらない」
「ハァ……いいですか?先輩は計画性ってものが無さ過ぎなんです。普段から貯金しておけば、万が一何か必要になったときにも対応出来るんですから。大体先輩はくどくどくど――」
俺はごねる先輩に真人間の何たるかを教えてあげた。
「……わ、分かった、分かったから!それでいいから!半分でいいから!」
「分かっていただけましたか?」
「……うん」
クロネ先輩は顔をげっそりさせながら返事した。……ちょっと言い過ぎたかも?
『まもなくアカシア冒険者協会前、アカシア冒険者協会前です。お出口は左側です』
「あ、もうすぐ着きますね」
「……うぅ、ついに来てしまった」
先輩は余程怖いのか、これから鉱山奴隷として連れて行かれる囚人みたいな顔になっていた。
「働かないとお小遣い抜きですからね」
「わ、分かってるってば」
☆★☆★☆
列車から降りてすぐのところにある冒険者協会ビルに入り、必要用紙を記入して登録を行った。
「ヴェール・オルト様とクロネ・ベクトリール様ですね。能力照合のため、大学に確認を取りますので少々お待ち下さい」
受付の人にそう言われて3分後……
「おまたせいたしました。確認が取れましたのでこれで登録完了となります。こちらをどうぞ」
手渡されたのはAランクと書かれた金色のカードだ。クロネ先輩は銀色のBランクだった。総合評価の1つ下のランクからスタートというわけか。
「そちらに波動を当てていただければ使用出来るようになりますので」
なるほど、いつものパターンね。言われた通りに波動を当てる。
「……はい、大丈夫ですね。依頼等は1階から3階にごさいますので、そちらをご確認ください。また専用のアプリでも確認出来ますので、そちらも合わせてご利用ください」
「ありがとうございます」
「……ありがとう」
受付さんにお礼を言って、早速1階の掲示板に向かう。内訳は1階がD,E,Fランク、2階がB,Cランク、3階がS,Aランクの依頼となっている。EXランクには直接指名で依頼されるらしい。
1階に来てるのは、初日なので肩慣らし目的でDランクにしようというわけだ。まあ昨日家で練習した感じだと、以前の5%程の力は取り戻せてるのでAランクくらいなら余裕なのだが……初心者の先輩もいるし念のためである。それに先輩の家賃問題もひとまず解決したし、焦る必要は無くなった。
「先輩が選んでいいですよ」
「……私?なんにもわからないけど」
「見てる感じどれも大差無さそうですし、何でもいいですよ。直感でいきましょう!」
「う、う〜ん……」
クロネ先輩は数十秒かけて悩んだ末、一枚の紙を剥がした。
「お、フォレストウルフですか。あいつらはあまり群れないのでやりやすいですね。初日の依頼にうってつけだと思います」
「……でも安い」
依頼内容はフォレストウルフの毛皮の納品だった。個数制限なし、一律2万で買い取りとのこと。一日に出会えるのが5匹前後だと思うので、日収は10万くらいだろう。あと魔石も売れるのでそこにプラス2万くらいかな?2人で12万なので1人6万である。
「週一でやれば月収25万ってとこですか……まあDランクならこんなもんですよ。もちろん専業ならそこから2,3倍になりますが」
「ぜ、全然足りない……!?」
「まあ今後はBランク中心に受けるつもりですし、そしたら週一で月収100万です」
「……ガンバリマス」
う〜ん、緊張でガチガチだな。今日の狩りで解れてくれればいいんだが。
クロネ先輩の選んだ依頼を受けるため、受付に用紙を持っていき、受理してもらった。
「それではよろしくお願いします。それと、オルト様とベクトリール様は今回が初めてですので一応忠告を」
「忠告、ですか?」
「はい、大丈夫だとは思いますが、Aランク10人未満またはSランク3人未満で
MWIGは凶星の森の魔物を国に近付けないための結界みたいなものだ、と歴史の教科書に書いてた。どういった代物なのかはよく分からん。
「……流石に出ませんよ。死にたくはないですし」
俺の後ろで先輩もブンブン頭を縦にシェイクしている。
「ええ、普通はそうです。でも極稀にいるんですよね……一攫千金を夢見る
「な、なるほど」
やっぱこの時代にもいるんだ……。
「ご忠告ありがとうございます」
「はい、お気を付けて」
受付さんに忠告してくれたお礼を言い、いざ出陣といったところで、何やらビルの入り口の方が急に騒がしくなった。
「……?なにあれ」
「何でしょうね?」
なんてお互い不思議に思っていると、頭をヘルメット、全身をライダースーツで覆った、黒尽くめの女性が野次馬集団の中から出てきた。騒ぎの原因はあの人で間違いないようだ。そして俺はその人物について昨日調べたので知っていた。
「「……ノール・グリーズ」」
希少な時空属性と虚無属性の
「……本物?」
「本物だと思いますよ。あんな格好する人他にいるんですか?」
「……まあ確かにいないと思う」
そんな噂話をしていたからか、受付カウンターに向かうノールが一瞬こちらを見た。そして目線を前に戻して――
「――っ!?!?!?」
もう一度凄い勢いで顔をこちらに向けた。お手本として教科書に載るレベルの完璧な二度見である。
「???」
「……なんか私たちのこと見てない?」
「見られてますね」
なんで俺らはEXランクの人にジロジロ見られてんだ?
ノールは数秒程こちらを見ながらフリーズし、これまた数秒程頭を抱えて葛藤した後、こちらに向かってスタスタと歩み寄ってきた。
「君」
そして機械質な声で俺に話しかけてきた。
「……私ですか?」
「そう、君だ」
なになになに!?
「君――」
彼女は次の言葉を出すのに少しだけ溜めを作ってから……
「そんな装備で大丈夫か?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます