第12話 あなた理事長秘書だよね!?

 

〜♪


「そこまで!」


 ミッシェルさんの合図で、地を蹴っていた足を止め、靴と床の摩擦でキュッと音がなる。間に合わなかったか……!


「ハァッ、ハァッ……」

「お疲れ様でした、オルト様。ドリンクです」

「あ、ありがとう、ございます」


 足の疲れで立てなくなって座り込んだ俺に、ミッシェルさんはスポーツドリンクを渡してくれた。


「んぐ……ぷはぁ!」

「なぜ体操着の上にスカートを?」


 今更ですが、と付け加えるミッシェルさん。


「これは……そうですね、呪いです」

「え?」


 そう、サリーさんによる呪縛をこの身に受けているのだ。この表現が一番しっくりくる。(超失礼)


「まあ構いませんが……結果出ましたので、そのまま聞いてください」


 今俺が何をしているかというと、体力測定の最中である。ミッシェルさんにキャンパス内を案内してもらったあと、時間があるならということで健康診断・魔力測定・体力測定を行ってもらったのだ。


「筋力はオールAランク、ですが持久力はBランク下位くらいですね」

「そのランクっていうのは?」

「冒険者として当て嵌めたときのランクです。まああくまで大まかな指標だと思って下さい」

「分かりました」


 冒険者か、懐かしいな。調停者になりたての頃は冒険者として日銭を稼いでいたのだ。Aランクまでは行ったが、国から討伐報酬なんかでお金を貰えるようになってからは、依頼を受ける量が減ってしまい、最終的には資格を剥奪されてしまったのは良い思い出だ。


「それで健康診断ですが、激しい動悸があるとのことでしたが、原因となりそうなものは見つかりませんでした。体は健康そのものですね」

「え!?」


 マジで!?死にかけるくらいヤバかったのに。病気じゃないのか……?


「悪魔なら多少症状が酷くてもすぐ治りますから……もしよろしければ専門の医師を紹介しますが」

「……いえ、止めておきます」


 ホントは診てもらったほうがいいんだろうけど……まあ治ってるなら問題ないか。


「分かりました。最後に魔力測定ですが、魔力制御はSランク下位、魔力容量キャパシティーは13万8000でしたので文句なくEXランクですね」

「え、13万!?3万5000って聞いてたんですけど……」

「はい、確かに役所からは3万5000と報告を受けています。しかし先程問い合わせたところ、使用していた測定器が交換間際の古いものだったとのことでしたので、役所での数値は忘れてもらって構いません。恐らく故障でしょう」

「な、なるほど?」


 だとしても流石に差があり過ぎじゃないか?ほぼ4倍だろ……?


「気になるようでしたら、精度は悪いですがスマホアプリでも計測出来ますので、そちらで試してみてください」


 おおそんなことまで出来るのか、スマホ便利過ぎる!


「あ、計測アプリを許可無く他人に使用すると処罰されますので注意してくださいね。もしまた魔力容量が大きくなってるようでしたら相談に乗りますので、こちらに連絡してください」

「分かりました」


 これは……名刺か。ミッシェルさんからもらった紙には名前と所属、それから連絡先と思われる電話番号が書かれていた。でもごめんなさい多分連絡しません。


 もし本当に魔力容量が大きくなってるなら、多分身体能力とか魔力制御と同じ感じなのだろう。芋蔓式にバレて実験体モルモットにされる未来しか見えない……。


「あ、そういえばEXランクというのは?初めて聞きましたけど……」

「聞き覚えがないのは当然です。この国専用のランクですので」

「この国専用……?」

「はい、この国がどこにあるかはご存知ですか?」


 それは昨日学んだから知ってる。


「凶星の森ですよね?」

「知ってるなら話が早いです。EXランクは簡単に言えば、その森で1人で迷っても余裕で生き抜く人外級やべーやつのことです」

「な、なるほど」


 とっても分かりやすい。


「まあEXランクになるには、Sランクに上がってから元老院の方々に選ばれる必要がありますが……とはいえEXランクになれるポテンシャルを持っているだけで相当凄いことですから、ぜひ伸ばしてみてください」

「はい、そのためにここに来ましたから」

「あ、そういえばそうでしたね。オルト様は、その……あまり大学生らしくないので、失念してました」


 まあそうだよね、見た目13歳だもん……と苦笑いが出た。


――プルルル


 とそこで誰かのスマホが鳴った。


「すいません、私ですね。……もしもしミッシェルです。……はい、はい分かりました、お連れいたします。はい……失礼いたします」


 ミッシェルさんは電話を切り、こちらを向いた。


「すいませんオルト様、理事長が会いたいとのことで……少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

「理事長?分かりました」

「ありがとうございます。付いてきてください」


 この大学の理事長か、一体何の用だろう。






 ☆★☆★☆






――コンコン


「どうぞ、入ってくれ」


 ミッシェルさんが理事長室の扉をノックし、扉越しに男の声が聞こえてきた。そしてミッシェルさんはどうぞ入ってくださいと手でジェスチャーした。


(え、ミッシェルさん入らないの?)


 と疑問に思っていると……


「私は入室を許可されていませんので」


(あなた理事長秘書だよね!?)


 なんで許可されてないの!?ま、まあいいか。


「失礼します」


 中に入ると金髪の優しそうなメガネの男性が、質の良さそうな椅子に座っていた。


「いらっしゃいオルト君」


(こいつが理事長?随分若いな)


 というか、何かもやもやするというか、引っかかるなこの男……何だろうこの感じ。


「おっと、そこでストップだオルト君」

「へ?」


 もう少し前まで、正確には理事長の机の前まで行こうとしたら止められた。


「あと一歩後ろだ、そうそこ。悪いね、すぐ終わるからそこに立って僕の話を聞いてくれ」


 ん?何だ今のやり取り、凄く覚えがあるような……いやまて、この行動をするやつを俺は知ってる。ま、まさか!?


――ピシッ


「悪魔の君に少し忠告しないといけなくてね。全く、損な役引き受けちゃったよ」


 そう喋る理事長の方を見る。声を聞くたびに今感じているこのもやもやが、徐々に自分の中で確信に変わっていく。


――ピシピシッ


「オルト君、この国は悪魔に優しい。それは事実だ。だけどそれは――」


 その確信が大きくなるに連れて、少しずつ、自分の見ている世界に亀裂が入っていく。そして――


――パリーン!


 偽りの世界が音を立てて砕け散り、隠された真実が、本当の世界が姿を表した。


「――ヒッッッ!?!?!?」


 一瞬悲鳴を抑えることが出来なかった。


「君が……って、どうしたの?」

「何でもありません、続けて下さい!」


 震える声でそう言った。言うしかなかった。コイツに悟られないためにも……!


「そうかい?なら続けるけど……この国は悪魔に優しいけど、それは君が愚者でないことが大前提だ。わがままでこの国に害をなすような存在であれば、この国は君に手を貸すことはないだろう」


 ダメだ、恐怖で内容がまるで頭に入ってこない……!何を言ってるんだコイツは。いや、今は生きて帰ることが大事だ。話の内容なんてどうでもいい。


「ま、君は大丈夫そうだけどね……悪いけど少し監視させてもらったよ。ああ、今はもう解いてるから安心してくれ。何、君がこの国に害をなすかどうかの確認をしただけだよ」


 監視……?今監視って言ったかコイツ!?


 話の内容というか主旨は全然聞き取れなかったが、確かに監視という単語をコイツは口にした。


 まさか俺がマクス・マグノリアかどうか疑ってるってことか!?ま、マズい……!


「……ヒッ」

「君本当に大丈夫?顔真っ青だけど」

「だ、大丈夫です……」


 落ち着け悟られるな俺!監視はされているが、今俺がマクス・マグノリアだと確信される要因を出さなければいいんだ!大丈夫だ、今この場にはいない。


「話は今ので終わりだから、もう帰りなさい」


 そうだ落ち着け!ボロを出さなければ……て、え、帰っていいの?


「こんな当たり前の話をしたのも、昔バカな悪魔がいたせいなんだ。悪いね体調悪いのにこんなことで呼び出して」

「いえ……失礼します」


 帰っていいと言われたあたりからようやくコイツの話をまともに聞けるようになった。


――バタンッ!


 理事長室を出て、アイツの顔を見たくない思いで扉勢いよく閉めてしまう。


「オルト様?顔色が優れないようで――」

「すいません今日はもう帰りますそれではっ」


 もはや早口過ぎてちゃんと伝わっているかは不明だったが、一刻も早くアイツから離れたくて俺は勢いよく駆け出した。






 ☆★☆★☆






 ヴェールが逃げ出した一方、理事長室前では……


「え、ちょっと!?」


 はやっ!?さっきまでシャトルランで体力すっからかんだったとは思えないスピードだった。悪魔ってホントに凄い生命力なんだな、とエリン・ミッシェルは感想を漏らした。


「エリン君、入りなさ――」

「はい、失礼いたします!」


 入室許可をいただき、私が扉を開けるまでにかかった時間は約0.2秒。ルダーノ様の御命令には即従うべし、というのがエリンが己に課した誓約なのだ。


「ああそこでストッ――大丈夫だね」


 もちろん彼との境界線は見誤らない。


 女を中心とした半径6.28m、その円の外が彼――ルダーノ様の生息可能領域ハビタブルゾーン


 極度の女嫌いな彼は、女が近くにいるだけでストレスとなる。それを見誤っては彼のファン失格である。そして見誤らないからこそ、私は彼の秘書に選ばれたのだ。決して手放してなるものか……!


「彼女――ヴェール・オルト君、詮索しないつもりだったけど……事情が変った」

「は、オルト様に何か問題が?」

「ああ、問題も問題、大問題だよ」


 オルト様、あの可愛らしい白髪の天使は一体何をやらかしたのだろうか。私と接しているときはとても優しく笑顔が眩しい、まさに天使といった印象だったが。


「リナリアリングの偽装が破られた。相当幻惑耐性高いね、彼女」

「――なっ!?」


 稀代の天才魔工師にして、これまた稀代の天才幻惑魔法使いであるリナリアが生み出した変装用魔道具。その中でも特に、体も声も性別まで自由自在な性能の高い一級品を“リナリアリング“と呼ぶ。


 元老院の方々に幻惑属性適性持ちはいないため、リナリアはマクス陛下に次ぐ幻惑魔法使いNo.2と謳われている。そんな彼女が作った魔道具が破られたのである。意図的に長い時間を幻惑耐性の育成に捧げなければこうはならない。オルト様は一体何者なのだろうか……?


「何故、破られたことがお分かりになったのですか?」


 話を折るようで申し訳なかったが、どうしても聞きたかった。


 幻惑魔法が破られたことを知れるのは、魔法をかけた本人のみ。つまりこの魔道具、リナリアリングの製作者――リナリアにしかわからないはずだ。彼女は300年前の偉人、もうこの世にはいない。


 ルダーノ様であれば当然と片付けることは出来るが、私も魔法使いの高みを目指している身だ。そのカラクリを知りたい、聞いてみたい。そんな気持ちが抑えられなかったのだ。


「ああ、それは簡単だよ。彼女が僕の顔を見てたら急に悲鳴を上げたからね。一瞬だったけど」

「なるほど、ありがとうございます。その一瞬を見逃さなかったわけですね。流石ルダーノ様です!」


 望んでいたような答えではなかったが、私のために答えてくださったのだ。感謝の気持ちを伝えつつ、ヨイショも忘れない。


「うん、まあリナリアリングが破られたこと自体はひとまず置いといて、彼女が悲鳴を上げたってのが重要でね……なんで重要か分かるかいエリン君?」


 え、話を振られた……試されてる!?


「え、と……恐怖したから、でしょうか?」


 折角ルダーノ様が話を振ってくださったのに、捻り出した答えはこれか!私のバカ!アホ!鳥頭!


「そう、その通り!」

「……へ?」


 あれ、当たってた?


「恐怖したという事実が重要なんだ。僕の本当の顔――元老院第二席ルダーノ・フォン・グラジオラスの顔を見てね」

「な、なるほど!」


 ごめんなさいルダーノ様、私さっぱり付いていけておりません!


「僕の顔を見て恐怖したということは、以前僕と敵対して説得ボコボコにされたやつの誰か、ということだよ。僕は味方には優しいからね」

「なるほど!」


 そうか、お優しいルダーノ様がその力を振るう相手は限られる。その相手は一度、ルダーノ様に反抗心を剥き出しにした大馬鹿者というわけだ。


「そんな前科のあるやつだから、もう一度この国に害をなす可能性が否定できなくなったわけだ。そしてこの時期に悪魔として復活、この1年で僕が外交に行ったのは半年前の1度だけ……」

「ハッ!?ということは……!」

「気付いたようだね。そう、彼女はサーレン大陸のリュネイシア帝国で、僕が説得ボコした約200人の内の1人!」

「では彼女の出身国がカリアウス王国というのは……」

「99%嘘だろうね。それに思い出してみて、リュネイシア帝国の貴族の特徴を」


 リュネイシア帝国の貴族の特徴……ハッ!?


「オルト!」

「そう!あの国でオルトという名前を付けていいのは貴族位を持つものだけ。そしてこれは僕の予想の裏付けでもある。あの日僕と会ったのはあの国の貴族だけだからね。もう僕が言いたいこと、分かるね?」

「はい!全力で調べ上げてみせます!」

「うん、頼んだよエリン君。ああでも1%だけ、彼女が本当に、カリアウス王国に住むオルト家の娘であることは否定できな……って、もう聞こえてないか」


 ルダーノの声が、既にエリンのいない理事長室の中で響いた。


「さてオルト……いや、ヴェール君。君の本当の家名は、何て言うのかな?」

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