第10話 あなたも結構重症です!?

 

 皆さんどうもはじめまして、サラサ・ゾッゾだ。なに、名前は覚えなくていい、サリーママと呼んでくれれば十分だ。


 私は今マグノリア帝国の端の端、タイムステラ辺境伯領のモンステラという街に来ている。何をしに来ているかといえば、出張――という名の子供の御守りだ。


「ねえナユタちゃん、そろそろ満足した?」

「何言ってるんですかプロデューサー、まだツルハゲセクハラ社長とネチネチオバサン女優としつこいブサメン俳優の分がまだ終わってないです」

「はあ……」


 まあ子供といっても、私の実の子供ではない。私がプロデュースしているアイドルのことだ。まあ手塩にかけて育てたことは間違いないので、実質私の第2の娘と言ってもいいだろう。


 そんな大事な娘のナユタちゃんは、売れっ子アイドル故の悩みを抱えている。そう、男である。好きでもない猿共に言い寄られて辟易しているところに、さぞかし気分がいいんでしょうねぇ!とわざわざ言いに来るクソババアまでいる。それはもうストレスが溜まる、溜まりまくる。


 というわけでこうして定期的に冒険者稼業ストレス発散しに来ているのだ。こう見えてナユタちゃんは上から2番目のランク――Sランク冒険者なのである。


「3日後からまた仕事だからね、明日までには終わらせるんだよ」

「ええ、もうなんですか!?ヤダヤダヤダ遊び足りないですううう!」


 まるででかいガキだな。まあ可愛げはあるが。


「来週Wステで新曲披露するんでしょ。レッスンの時間削ってここ来てるんだから、ヘタなダンスしたら許さないからね」

「ヒィッ!あ、明日までには終わらせます!」


 そう言ってナユタちゃんは「プロデューサーの急に顔近付けてくるやつ、怖いんだよなあ……」と私に聞こえない声で呟きながらベッドに寝転がり、スマホを弄りだした。しばらくして……


「あ、悪魔」


 と呟いた。


「ん?悪魔がどうしたの」

「ほらこれです」


 見せられたのはツイツイアプリの画面で、悪魔に会えました!と後ろ姿の写真を添付して呟いていた。ちょうど24時間前の投稿なのにいいねは50万近い。


「どうせまたCGなんでしょ」


 まあ普通は悪魔に会っても写真なんか撮らない。だって機嫌悪くさせて第一席様が飛んでこようものなら、撮影者の今後の人生をお祈りしなければならないからだ。


 なので写真があるということで、逆に信憑性が薄いのだ。


「それが今朝すれ違ったって人が結構いるんですよね……そっちは写真ないですけど」

「ふーん」

「あ、信じてないですねプロデューサー」

「そりゃあ証拠がなきゃねえ」

「どうせその証拠もCGって言っちゃうんですよね」

「はっはっは!その通り!」


 この目で見て触ってみるまで信じないタイプの人間なのでな!


「まあ、私も会えるなら会ってみたいよ……そういえば知ってるかいナユタちゃん。悪魔の尻尾は器と魂を繋げる重要な器官だから、凄くビンカンらしいよ。触られると危険を感じて、ビクッとなるんだって!特に付け根の方が――」

「ほほう」


 なんてくだらない話で盛り上がっていると……


――ピコン


「ん、RINE?ああ、サリーからか」


 家族のグループRINEにサリーからメッセージが届いていた。


「娘さんでしたっけ」

「そうそう。なになに……」




サリー: 家買った、皆で住もう


パパ: え




 ……家?


「お、おおおおお!ついに!」

「ついに?」

「ついにあのオンボロ店舗とおさらばできる!」

「え、居酒屋やめちゃうんですか?」

「いやいやあくまで新居に移り住むだけだと思うよ。家の店結構な老舗だから夫も執着してるしね、流石にやめないよ」


 しかし、ついに決断してくれたか娘よ!前に転居を提案したときは、思い出の場所だからやだ!って駄々捏ねてたのに。


 別に思い出の場所なのは否定しないけど、虫が湧くんだよなあ……凄く。店に虫入れるわけにはいかないから定期的に虫除け焚いてるけど、逃げたやつらがほとんど上に来るんだよ!私は虫嫌いなので前々から引っ越したかったのだが……3人家族、多数決、娘反対側、で今のままだったのだ。


「どこがいいかなあ……ふふふ」


 スマホで近所の物件を漁り見る。


「なら私と同じマンションにしましょうよ!」

「アホか破産するわ」

「そんなことないでしょう高給取りなのにー」


 アホなこと言ってるナユタちゃんを無視してメッセージを打ち込む。




ママ: 賛成!どこ買う?お母さん探しとくね!


パパ: え、いやちょ、聞いてない


サリー: いや、もう買ってるから




「……え?」

「どうしました?」


 もうかってる……?儲かってる?やばい、娘の言ってる意味がわからない。




ママ: え?誰のお金で?


サリー: 私の




「…………ん?」

「プロデューサー?」




サリー: 取り敢えず私とお母さんの家具は新居に移しといたから。お父さんはどうする?


パパ: え?いや俺はそのままがいいけど……え?


サリー: 分かった。じゃあお母さん帰ってきたら教えて。案内するから


ママ: ……はい


パパ: え、マジで?あれホントに家具なくな――




「………………???」

「おーい」


 混乱する私の目の前で手をフリフリするナユタちゃん。大丈夫、私は正常だ。


「娘が虚言を言い始めた」

「えっ」


 もう手遅れ……いや、まだ戻ってこれる可能性はあるはず!


「ごめんなさいナユタちゃん、私帰らないといけなくなったわ」

「え!?もう1日付き合ってくれるんじゃなかったんですか!?」

「悪いけどクソハゲババア社長とネチネチジジイ女優とそこそこのイケメン俳優の分は諦めてちょうだい」

「あなたも結構重症です!?」






 ☆★☆★☆






 結局次の日の朝にモンステラを出発し、夕方には帝都マグノリアに戻ってきた。


「うう、私の休暇があぁ……」

「もともと無理やり作った休暇だったんだから、これでも感謝してほしいくらいだ」

「プロデューサーのドケチ」


 と呟いたナユタちゃん。私に聞こえないように言ったつもりみたいだけど、ちゃんと聞こえてるからな!


「ほほう、そんなにレッスンがしたいか」

「えっ、聞こえて!?いや、嘘ですプロデューサー様素敵!優しい!」

「安心しろナユタちゃん、今からみっちりレッスンさせてやるからな……コーチ召喚!」


 私はスマホでコーチを呼びつけた。


「召喚されました、コーチです!」

「ちょっ!?プロデューサー!人のココロがないんですか!?」

「はいはいナユタさん、いきますよ!レッスン1週間もサボったんですから、今日から毎日夜まで帰れないと思ってください!」

「ギャアアア!」


 ズリズリとコーチに引き摺られていくナユタちゃん。私の頑張りを褒めなかった罰だよ、レッスン頑張ってくれたまえ……南無。


 それはさておき、病気の娘に会わなければ……!スマホを手に取り電話をかける。


『もしもしお母さん?』

「もしもし私サリーママ、今あなたの後ろにいるの」

『……何言ってるのお母さん。いるわけ無いでしょ!』

「あはは、ひっかからなかったか――」

『だって――」


































「私がお母さんの後ろにいるもの」

































「いやこええよ」

「いてっ」


 スマホで後ろにいる娘にチョップをかます。マジでなんでいるんだ。


「ちぇー、せっかく待ち伏せして脅かしてやろうと思ったのに」

「いや十分驚いたわ。それで新居とやらは?」

「ふっふっふ、案内しましょう」


 正直娘の言うことは一切信じていないが、取り敢えずついていってみよう。


 と、ついていった先は……


「こちらです!」

「はあっ!?」


 驚きの声を上げずにはいられなかった。


「サウスマグノヒルズじゃん……」

「知ってるの?」

「知らないわけないだろ!」


 ここは有名なのだ、我々の界隈では。大御所と言われるような著名人でも、なかなか審査が通らず入居出来ないと噂の、超・超高級マンションである。


(ってそうじゃない早く止めないと!こんなとこでうろちょろしてたら不審者だと思われる……!)


「サリー待っ――」

「あ、オーナーさーん、連れてきました!」

「おかえりなさいませゾッゾ様、この度はご購入いただき、誠にありがとうございます。そちらはお母様ですね、こちらをどうぞ」

「……え、はい?」


 ご購入いただき……?カードキー?……家の鍵!?貰えたの!?マジで!?買ったのここの部屋!?


 訳が分からなかった。


「さ、サリー!?あんたお金どうしたの……?」

「うーん、秘密」

「後ろ暗い金じゃないでしょうね!?」

「それだったら審査通ってないでしょ」

「ハッ!?確かに……」


 いやいや落ち着け。サリーの金の出処はひとまず置いておこう。よく考えろ私、念願のヒルズ族だぞ。最高の社会的ステータスを得たのだ。……娘の力で。


(あれ……?親として情けなさすぎる!?)


 別の意味で落ち着けなかった。


「これ転移陣ね、ここからのぼるの」

「ふぁっ!?」

「あ、他人に言っちゃダメだよ?」

「当たり前だ!虚言女呼ばわりされるわ!」


 こんなん言ったら一生笑いものだわ!ていうか転移陣は技術的に難しいって、フェイクニュースだったのかよ。


「ほい、とーちゃく!」

「……え、あんたここ何階よ」


 転移してきて、窓から見えた景色が相当な高さを物語っていた。


「67」

「ろくじゅうななっ!?」

「うん、最上階」

「さいっ、じょうっ、かいいぃ!?!?」


 思いっきり声が裏返ったが、これに関しては許してほしい。だって無理だし。驚かない方が無理。


「はあ!?いくらしたのここ!?」

「17億だね」

「じゅっ!?…………あひゅん」


 その後気を失ったのは言うまでもない。






 ☆★☆★☆






 数日後……


――ピンポーン


「はーい……え、プロデューサー!?なんでここに?」

「いやあ……私もここに引っ越してきた、らしいから挨拶に」

「らしい?なんだあやっぱり買えたんじゃないですかあ!……で、何階なんですか?」


 まあ聞かれるわな、と数秒後に来るであろう爆音に備えて、手を耳の近くに添えておく。


「さ、最上階……だって」

「え?……………………ええええええええええええええええええええ!?!?」


 ナユタちゃんの声はマンション中に響き渡ったとかないとか。


 しかし2人はまだ知らない。このマンションに本物の悪魔が住んでいること……それを知って、今以上に驚愕することに。

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