第6話 種も仕掛けも御座いませ〜ん!

 

 俺たちは何が起きたか理解するのに10秒近く時間を要した。


「……………………ハッ!」


 ボーッとしている場合ではない。他人の物を壊してしまったんだから直しておかないと。


 俺は壊れた部分に時間遡行魔法をかけ、元の状態に戻した。


「「……」」


 お互いに無言の状態が続く。


(き、気まずい……)


「え、っと……ヴェールちゃん?」

「はい」

「その力は、なに?」

「……私にも分かりません」


 朝起きたらこうなってました、と正直に言うべきだろうか?でも嘘っぽ過ぎるしなぁ。


「……ま、まあいっか」


(いいの!?)


 いやまあ俺自身もよくわかってないし、スルーしてくれるのは素直にありがたいけど。


「そうだ、おなかすいてるよね、何か作ってくるね」

「は、はいっ」


 サリーさんはそう言って部屋を出た。


 あ、結局昨日は何も口にできてないんだったな。


 そういえば現代の料理ってどんなのだろう。俺の知ってる時代から500年も経ってるんだもんなあ。


 まあそれは後のお楽しみにしておこう。今は他にやりたいことがある。そう、身体能力の把握である。魔力制御が上達する分にはデメリットはないので、そっちはまた後でやることにする。


 さっきのベッドボード粉砕事件だが、恐らく急激に身体能力が上昇したせいで、有り余る力の制御方法が分からなくなったことで起きたのだろう。強力な魔物をジャイアントキリングしたときに似たような現象が起こると聞いたことがある。なのでそれが本当か確認したい。


(よし、早速なにか試しに――)


 ――ガチャッ


「大人しくしててね……?」

「……………………はい、オトナシクシテマス」


 ――ガチャリ


「…………寝るか」


 俺は考えることを放棄してベッドに腰掛け、掛け布団を引っ張ろうとして……


 ――ビリビリッ!


「あ」


 破けた。もちろん魔法で元に戻しておく。


(だめだ、下手に動いたら大変なことになる……!)


 少しも動いてはいけない……硬い石像のようになるんだ!






 ☆★☆★☆






 ――ガチャ


「ヴェールちゃん、ご飯できた……なんで正座?」

「俺は石像俺は石像俺は石像……(ボソボソ)」

「え、なに怖い」

「俺は石像俺は――ッハ!?」


 ふと漂ういい匂いにより意識が覚醒する。


 あ、サリーさんがご飯持ってきてくれてる。


「すいません自己暗示をかけてました」

「そ、そう……ご飯持ってきたから食べてね、はいどうぞ」


 サリーさんは顔を引き攣らせながら、料理の入った器を俺に差し出した。


「ありがとうございま……」


 しかし俺が受け取ろうとしたところで、ヒョイっと俺の手が届かないところまで引き戻した。


「……えと、サリーさん?」


 そして少しの間だけ葛藤し、うんと頷いてスプーンで料理をすくい、フーフーと息を吹き掛けて少し冷ましてから俺の口元に持ってきた。


「はい、あ〜ん」


 そう、あ~んである。


「え、サリーさん!?自分で食べれますから大丈夫で――」

「――ホントに?ホントに自分で食べれる?食器ごと粉砕したりしない?」

「ヒィッッ!?」


 流石に恥ずかしいので拒否しようとしたが、サリーさんはズイッと顔を寄せて、笑顔でこちらを見てきた。だがしかし目は笑っておらず、昨日ガロアさんに見せた鬼の形相が薄っすらと宿っていた。


(こ、殺されるっ……!?)


 そしてそう思うと同時に気付く、このズイッと来る感じ父親譲りだ、と。


「…………いただきます」

「よろしい、はいあ〜ん」

「あ、あ~~~む」


 スプーンで運ばれた料理をこぼさないように気をつけながら口で受け取った。


「――っ!?」


(こ、これは……!?)


 まず感じたのはドロリとした食感。次に仄かに感じる塩味、そして熱でふわふわになった卵がいいアクセントになっている。


 咀嚼した料理を飲み込むと体の芯からポカポカと温まるこの感じ……優しい!落ち着くぅ。


「どう?」

「すごく美味しいです!」

「そっかそっか、それは良かったよ〜。たくさん食べてくれたまえ!」


 そう言って次をすくおうとするサリーさんだが……カチャカチャと音を立てて苦戦していた。


「あれ?うまくすくえな……あっ!?」

「……あ」

「ス、スプーンが曲がってるううう!?」


 ジャーン、種も仕掛けも御座いませ〜ん!……ではない。


 どうやら口を閉じる力だけで曲がってしまったらしい。


「すいません、元に戻します……」

「う、うん。ヴェールちゃん時空魔法使えてよかったね……」

「……はい」


 今日ほど魔法を使えて感謝した日はないだろう。


 そして今度こそ、と再挑戦。


「はい、あ~ん」

「あ~~~~~…………?」


 しかし待てどもなかなか来なかった。口を開き続けるのも結構しんどいんだけど。


は、はひーはん?サ、サリーさん?

「いい?ヴェールちゃん、ゆっくりよ……ゆっくり口を閉じるのよ!」

「分かってますからっ!」


 このあとめちゃくちゃ苦戦しながら食べ終えた。






 ☆★☆★☆






「ごちそうさまでした、美味しかったです」


 いや〜旨かったあ……空腹だったせいもあって余計にそう感じた。


「おかしい……やりたかったシチュエーションの筈なのにこれじゃない感がハンパない。あとなんかすごく疲れた……(ブツブツ)」

「あ、あの……サリーさん?」

「ハッ!?ご、ごめんごめん、お粗末様でした〜」


 一瞬サリーさんの目が死んだ魚のようになっていたのは気のせいだろうか……?


「今の料理って、もしかしてお米ですか?」

「ん?そうだよ、お粥っていう料理」

「おお〜、初めて食べました!」


 お米がよく食べられている大陸があるとは噂に聞いてたけど、実際に食べるのはこれが初めてだ。旅してまわった国はどこもパンか芋ばっかりだったからなあ。


「気に入ってくれた?ならよかった。この国は白米が主食だから」

「そうなんですね」

「うん、第七席様――アヤカ・ツワブキ様の世界でよく食べられてたそうよ。建国するときに主食にしてってレーネル様にお願いしたんだって」

「あや……誰?」


 なんか新しい人出てきた。


「え゛!?マクス陛下知ってるのにアヤカ様知らないの!?よくセットで覚えられるのに」

「そ、そうなんです……か?」


 え、そんな人いたっけ!?……思い出せない。


「まじか……アヤカ様はマクス陛下が亡くなった後、調和の女神様によって異世界から召喚された、マクス陛下の後継者なんだよ」

「……なるほど」


 俺が死んだ後か……どうりで知らないわけだ。


「アヤカ様はこの世界で唯一雷魔法を操るお方で、金雷の勇者って呼ばれてるんだよ」

「雷魔法!?魔法って全部で9属性じゃないんですか!?」

「あはは、基本的には9個であってる。アヤカ様のは特別でね、異世界の神様の力らしいよ。だからこの世界の人にはそもそも縁のない魔法だね」

「な、なるほど」


 異世界の神の力か……俺に使えない魔法、どんな魔法なんだろう。あれ、なんかもやもやする……ハッ!?


(これが嫉妬!?なんて醜い感情なんだ……)


 俺は人生で初めて嫉妬を経験した。


「まあこの国にいるなら元老院全七席くらいは覚えておいた方がいいよ。マクス陛下は……昨日話したからいいとして――」


 サリーさんは元老院のメンバーについて教えてくれた。


「お、覚えました……!」

「よろしい」


 金雷の勇者……異世界の神の力を宿す者……俺の後継者。どんな人なんだろう……一度会ってみたいな。

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