第5話 か、かわいい……!?
「着いた、ここだよ」
サリーさんに連れられ、人気のない道を10分ほど歩いて目的地に到着した。
「え、ここですか?」
辺りにはゴミ箱らしきものと、中で風車みたいなものが回ってる白い箱、それから目の前にある一枚の扉のみ。とてもじゃないが酒場には見えない。料理のいい匂いはするけど。……あ、お腹空いてきた。
「ここは裏口だからね、正面は反対側にあるの。そんなにキョロキョロしてもゴミ箱と室外機くらいしかないよ。さあ入って入って!」
しつ……?この白い箱のことか?
扉を開けて中に入っていくサリーさんについていく。中に入ると、外にいたときよりも強く料理のいい匂いを感じた。その匂いが、悪魔になってから何も入れていない胃袋を強烈に刺激する。
(やばい、意識しだしたら急に腹減ってきた……)
裏口から入ってすぐのところは厨房になっていて、何人かが料理を作っていた。奥からは話し声や笑い声が聞こえてくる。向こうの方に客席があるみたいだ。
「お父さーん、サイフ渡してきたよー!」
「ああサリー、ご苦労さん」
(でかっ!?!?)
サリーさんが父と呼ぶ人物は、動物に例えるなら熊である。高身長、筋骨隆々、顔つきは熊そのもの。俺の目線が下がったこともあり、余計に威圧力が増していた。どうやったらこんなムキムキ男から可愛らしいサリーさんが産まれてくるのか理解できない。
「それで……?」
「ヒィッッ!?」
ズイッ、と顔を寄せてこちらを睨むサリーパッパ。気分は今から熊に狩られる獲物そのものである。
(こ、殺されるっ……!?)
グッバイ2度目の命……半日くらいだったけどいい人(悪魔)生でした……あひゅん。
「ちょっとお父さん、怖がってるでしょ!?ヴェールちゃんしっかり、まだ生きてるから!死んでないから!!」
「あ、すまん。で、こちらのお嬢さんは?」
許されたみたいだ。
「実はね……」
サリーさんは説明省略魔法カクカクシカジカを発動した。
「というわけなの」
「おお、そういうことだったのか!よかったなヴェールちゃん、2度目の人生おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
サリーパパ優しい……熊とか言ってごめんなさい。サリーさんの優しい性格は父親譲りだったようだ。
「母さん出張でしばらく帰ってこないし、その部屋を使うといい」
「オッケー。ヴェールちゃん、案内するからついてきて」
「は、はい、お世話になります!」
「あはは、それはさっき聞いたからいいよ。ほら、こっちだよ」
サリーさんについていき、厨房の端にある階段から2階に上がる。
「2階と3階が私たちの家になってるんだ。お母さんの部屋は2階の一番奥……っと、着いた。ここだよ」
扉には”お母さんの部屋”と書かれたネームプレートが掛けられていた。とてもわかりやすい。
「中に入って待ってて。着替えとか晩ごはんとか色々持ってくるから」
「わかりました」
サリーさんはそう言ってトタトタと廊下を歩き、階段の方に戻っていった。
「さてと……お、お邪魔しま〜す」
扉を開けて中を見ると奥にベッド、右側に大きめの戸棚とタンスと姿見、左側には鏡のついた机と椅子、手前にはよくわからない黒色の……板?
「なんだろうこれ」
板からはコードのようなものが出ていてそれが壁に刺さっている。
壊しそうだし触らないでおこう……。
板から目を離すと、机の上に置いてあるものが目に入った。
「これは……化粧品、か?」
肌色に近い色の物がいくつかあるから、多分あってると思う。
「――――っ!?!?」
ふと横に目を向けると、そこには絶世の美少女、今の俺の姿が鏡に映っていた。
「か、かわいい……!?」
目は驚きでぱちくりと開いていて、空色に輝く瞳と夜空に似た瞳孔がよく見える。肩にかからないくらいのショートヘアーはシルクを思わせるような純白さと滑らかさを持っていた。実際に触ってみると手触りが良過ぎて、もみあげをずっとくるくると弄ってしまう。肌もピチピチつやつや、お口も小さめでぷっくりと、顔のパーツ全て完璧である。
「おお〜、白髪碧眼美少女……ヴェールちゃん可愛すぎる……ハァ」
つい自分の姿に見惚れ、うっとりとため息をついてしまう。
(瞳がいいなあ……以前俺が持っていた波動と色が似ている。俺の好きな色……)
「ハァ……あれ?」
鏡を凝視していると、急に違和感を覚えた。
「誰かに似てる……?ハァ……何だこの既視感は……俺はヴェールちゃんと、どこかで会ったことがある?」
そう言葉にしてみたが、それはないなとすぐに否定する。
(こんな可愛い子見たら絶対に忘れない自身がある。それにこの子は人族、500年前に生きていたとは考えにくい)
ならこの既視感は一体……?
――ドクン
「……あれ、ハァ……顔が」
顔が少し朱くなってるような……?
――ドクンッ
「ハァ……ていうか、ハァ……さっきから、なんか動悸が」
――ドクンッ!
「うっ!?ハァ……もしかして、これ、やば……い?」
心臓の鼓動がうるさくて、周りの音が何も聞こえない。まるで心臓をハンマーで叩かれてるかのような感覚だ。
(そうだ、回復魔法を……)
何かの病気かと考え、光属性の回復魔法を発動する。
――ドクンッ、ドクンッ
「あれ?な、なんで!?」
魔法をかけたが動悸は一向に治まらず、どんどん悪化していった。
(確かに魔法は発動したはずなのに……!)
「ハァッ、ハァッ……やば、これ」
体が熱い……目も霞んできた。フラフラする……。
(サリーさん呼ばないと……いや)
サリーさんなら後で必ずこの部屋に来る。なら今するべきことは……
「ハァ……ハァ……」
床に倒れるのはマズい。
(せめてベッドに……)
何とかベッドまで寄り、その上に身を投げたところで意識が完全に途切れた。
☆★☆★☆
「ハッ!?」
目覚ましは小鳥の囀りだった。カーテンの隙間から覗く朝日が、徐々に脳を覚醒させていく。
「あ、あれ?俺は何をしてたんだっけ……?」
あ、そうか。悪魔になってサリーさんの家まで来て……あれ、その後は?
「確か……そうだっ!病気!」
激しい動悸でぶっ倒れたことを思い出し、慌てて胸と首に手を当てる。
「心拍は……異常なし。脈も正常……はああああぁ」
どうやら治ったようで、安心からか大きなため息が溢れ出た。
(よかった、生きてる……)
しかし、何だったんだ昨日の動悸は。もしかしてこの体、何か病気でもあるのかな?
(あれ?服が……)
自分の体を見ると、昨日まで着ていたワンピースではなく、ピンク色のもこもことしたパジャマに変わっていた。サイズは少し大きめでブカブカだった。
(ん?おでこにも何か)
これは何だ?額に何か貼られてる。少しひんやりしてるような……?
「むにゃむにゃ……」
「ふぉっ!?」
急に他人の声が聞こえて変な声が出てしまった。
声がした方を見ると、サリーさんがベッドを背にしてもたれ掛かって寝ていた。
(あ……夜な夜な看病してくれたのかな?ありがたい……)
やはりサリーさんは天使だ。サリーさんしか勝たん。借りがどんどん増えていく。また何かお礼しなきゃだな……取り敢えず寝てる間に回復魔法かけとくか。
サリーさんには、虚無属性以外に時空属性が使えることを知られてしまっているが、あえてもう一つ(光属性)増やす必要はない。
俺はサリーさんに回復魔法を掛けるため、寝ているサリーさんの頭に手を乗せる。
(お、おお〜……サリーさんの髪、サラサラだ)
カーテンの隙間から溢れる朝日が、ちょうどサリーさんの綺麗な茶髪を照らし、頭部で光の輪が出来ていた。
(天使の輪……)
ちなみに何故サリーさんに触れているかというと、他人に魔法を使う場合、基本的には体同士が接触しあっている必要がある。離れたところから魔法を使うと、魔法が空気中を伝播する際に相手の魔力支配領域によってジャミングされてしまうのだ。
なので、決してやましい行動ではないぞ!必要なことなのだ、と誰にでもなく言い訳をしながら魔法を使用する。
そして違和感に気がつく。
(あれ?めちゃくちゃスムーズに発動した)
昨日気絶する前に使った感じだと、発動まで5秒はかかっていたはずだ。だが今使ったときは、0.5秒くらいしかかからなかった。
(魔力制御が上手くなってる……なんで!?)
昨日まで魔法初心者レベルだったのに……いつの間にか上級者レベルになってるし。
普通、魔力制御が急激に上手くなることはない。地道な努力によって、体に魔力の操作方法を教え込んでいくのだ。だからこそ、この身に起こっている現象に驚きを隠せなかった。
「どうなってんだこの体……」
魔力は使ったそばから回復するし、かわいいし、魔力制御下手かと思いきや次の日にはめっちゃ上達してるし、回復魔法で治らないような病気持ってるし、あとかわいいし。
(ヴェールちゃん一体何者……!?)
「ん、んぅ……あれぇ、ヴェールちゃん?」
お、サリーさん起きたみたいだ。
「おはようございますサリーさん」
「うーん……おはよ――っ!?ヴェールちゃん!?だ、大丈夫なの!?」
起きて早々、俺の心配をしてくれるサリーさん。優しい、好き、大天使。
「はい、サリーさんが看病してくれたんですよね?お陰でこの通り、元気いっぱいです!」
俺は力こぶを作るポーズをとって、元気ですよアピールをする。
「ほ、ほんとに?」
「はい、ほんとです」
サリーさんは俺が本当に大丈夫なのか確かめるために、俺の体の色んな所を順番にペタペタ触っていった。そして確かめ終わると安心からか、はあああぁ、と大きなため息を吐いた。
「よ、よかったあぁ〜〜〜。ヴェールちゃん死んじゃうかと思った……すごい熱だったんだからね!」
「心配かけてすいません、もう大丈夫ですから……よいしょっと」
ベッドから出て、ベッドボードを支えに立ち上がろうとすると……
――ミシミシミシミシ
「へ?……ミシ?」
「……え?」
体を支えるために手で掴んでいた部分が音をたてて変形していた。
手を離すと、ベッドボードに俺の手と同じ型の跡が出来ていた。
「「?????」」
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