第4話 私が言うんですから間違いありません!

 

「あ」


 前を歩いていたサリーさんがピタリと立ち止まった。


「どうかしましたか?」

「そういえば名前、聞いてなかったね……」

「ハッ!?」


 言われてみれば確かに。挨拶すらまだだった。


「じゃあ改めて私から自己紹介!名前はサリー・ゾッゾ、お父さんが居酒屋やってて、私はそこでお手伝いしてるの。趣味は音楽鑑賞だよ!」


 音楽かあ。調停者として旅をしていたときは、各地の吟遊詩人の歌を聞くのが楽しみの一つだったけど……


(俺の知ってる音楽とサリーさんの言ってる音楽、別物なんだよなあ……多分)


 他種族同士が仲良くしてるような国は俺の知る限りなかったから、元いた世界とは別の世界だろうし、文明レベルも比べ物にならないくらい高そうだし……リュートとか知ってる人いるんだろうか。


(あれ、でも言語は一緒?だよな……なんでだろう)


「ほら、次はあなたの番だよ!」


 考え事をしていると、サリーさんから催促された。ハッと我に返り、自己紹介した。


「は、はい、ヴェールです!ヴェール・オルト……あれ?」


 俺は咄嗟に出た言葉に違和感を覚えた。


 ヴェール?誰だそれは。俺の名前はマクス・マグノリアだ。あれ?でも、ヴェール……どこかで聞いたような?


(あ、そっか……この子の名前だ、生前の名前)


 その答えにストンと腑に落ちた。多分あってる……と思う。


「ヴェール・オルトちゃん……うん、いい名前だね!」

「へっ?あっ、ちがっ――」

「え?もしかして違った?」


 ズイッ、と顔を寄せて申し訳無さそうな顔をするサリーさん。


(近い、近い!?)


「いえ、違わないです!私の名前はヴェール・オルトです!」

「そ、そっかよかった!聞き間違えちゃったかと思ったよ〜」


 俺のアホぉ!サリーさんがあんまりにも申し訳なさそうにするから、勢いで肯定してしまった!


 いや、逆に考えるんだ。この子にマクスなんて男みたいな名前をつけるのはありえない!今の俺は女の子なんだから、これでよかったんだ。


(ごめんヴェールちゃん。名前、借ります……)


 心の中でひっそりと謝っておく。


「それでそれで?ヴェールちゃんは何かやってたこととか趣味とかないの?」

「あ〜……生前は旅人でしたね。趣味は……魔法の、研究?」

「おお、旅人!意外と大人な趣味だね。どんなところを……ハッ!?そそそういえば見た目で判断してたけど、悪魔だから私より年上の可能性があるますか!?」


 ああ、確かに。本当の年齢を言うべきだろうか?……いや


「大丈夫ですよ、生前は16歳でした」


 うん、嘘ではない。まあ女神の加護によって16歳の姿で10年以上生活してたけど……あえては言うまい。


「そっか!よかったぁ〜……実は大人の人だったらどうしようかと……そうだ、魔法見せてよ!私魔力容量キャパシティー小さくて魔法使えないんだよねえ」

「魔法ですか?いいですけど……」

「ホント!?やったーーー!」


 凄い喜んでる……かわいい。


 ん~何の魔法使おうか……。周りになにか使えるものは無いか見回してみる。しかし、ここにあるのは建物の壁のみ。使えそうなものはない。


 地面はどうだ、と下を向く。


(あ、これでいいじゃん)


 目についたのは地面、ではなく血で汚れたワンピース。これを時空魔法で直そう。


「じゃあ使いますよ」

「ワクワク」


 時間遡行魔法でワンピースを徐々に元の状態に戻していく。ワンピースにかざしている右手のまわりが波動によってゆらゆらと揺れる。それから十数秒ほどで完全な状態に戻った。


(やっぱり魔力制御はまだまだだな……この程度、以前の俺なら一瞬で直ったのに)


「……え?」


 ワンピースが元に戻ったのを確認して、サリーさんの方を見ると……サリーさんは驚いた顔で俺の右手を凝視していた。


「……?どうかしましたか?」

「えっと……どうして波動は虚無属性なのに時空魔法使えるのかな、って」

「ああ、生前は虚無属性以外も使えましたので」

「えっ、虚無と時空の2属性持ちダブルってこと!?めずらしっ!?」

「あ、あはは」


 本当は全属性使えるんだけど……それは流石に黙っておく。


「ってそうじゃない!虚無と時空なら波動は灰色になるはずだよね!?」

「変、ですか?」

「変というか、これまでの常識がひっくり返るわね……悪魔は魂と器の適性属性が一致してないと、そもそも魂はその器に入ることが出来ないはずよ」

「え゛っ」

「悪魔になるための必須条件――種族の一致・性別の一致・適性属性の一致の3つの内の1つが満たされてない訳ね」


 oh……なんなら1つじゃなくて2つですね……性別も違います、はい。


 マジかよ、なんで悪魔になれたんだ俺。ていうか――


「サリーさん、すごく詳しいですね」

「え?これくらいは常識……ってそっか、ヴェールちゃんは外の大陸から来たから知らないのか。この国はね、悪魔に関する研究が盛んに行われてるんだよ。そしてその研究成果は国民全員に公開されるの」

「悪魔の、研究?」


 一体何のために……?


「そう、悪魔の研究!ヴェールちゃんも調べてもらったら何か分かるかもよ?」


 調べてもらう?何を……?俺の生態……?研究者達に!?


「ヒィッ!?モルモットにされる!?」

「あはは、されないされない!悪魔に対してなにかするときは、第一席様の監視が入るからね。非人道的なことはされないよ」


 第一席様?誰だそいつは。


 俺が怪訝そうな反応をしていたからか、サリーさんから補足が入った。


「ああごめん、わからないよね。元老院の第一席、“調停者“のレーネル・リリィ様のことだよ。ヴェールちゃんも聞いたことくらいはあるんじゃないかな」

「……………………え?」


 聞き覚えならめちゃくちゃある。調停者として一緒に各地を旅した仲間の一人だ。そして今の俺と同じ、悪魔でもある。


 え、ホントに?同一人物?


 いやでも、調停者のレーネル・リリィなんて他にいないだろうし……え、マジで?この世界は俺の元いた世界と同じ?


 だったとして、レーネルのやつは何で国の重鎮なんてやってるんだ?


(やばい、頭混乱してきた……)


 俺が頭を抱えて返事しないでいたからか、サリーさんは俺がレーネルのことを知らないと勘違いして、こう聞いてきた。


「あ、あれ?もしかして知らない……?じゃ、じゃあマクス・マグノリア皇帝陛下は?流石に知ってるよね……!?」

「……………………んんんんん???」


 そりゃマクス・マグノリアは俺だから、知ってるもクソもないが……


 皇帝陛下?どゆこと?影武者か何かか?


 わけがわからずうんうん唸っている俺を見て、サリーさんの表情は徐々に驚愕へと変わっていった。


「え……ホントに知らないの!?大空の賢者だよ!?世界が産んだ奇跡の人物だよ!?」

「いや知ってます知ってます!もちろん!ただ私、じゃなくてマクス……様は、死んだはずじゃ……」

「そ、そうだよね、流石に知ってるよね。うん、確かにヴェールちゃんの言うとおり、マクス陛下は500年前に亡くなられたわ」

「ごひゃっ!?!?」


 は!?500年前!?


(俺死んでから500年も経ってるの!?)


 ビックリしたが疑いようはない。これだけの高文明だ、500年という年月も納得である。


「この国は帝国を称しているけど、皇帝の座はずっと空席のまま……建国当初からね。だからこの国――マグノリア帝国の実質のトップはレーネル・リリィ様なの」

「……なるほど」


 亡き俺を皇帝に据えて、レーネルはこの国を興したということか。


(でもなんでそんなことを……?)


 そんな俺の疑問を察してか、サリーさんは続けて説明してくれた。


「マグノリア帝国はね、マクス陛下のために作られた国なんだよ」

「……え?」

「陛下は世界を旅する中で、争いの絶えない国々に辟易してたんだって。そして同時にこう望んだの……“この世界が、人同士の争いも魔物との争いもない平和な世界になりますように“って」

「……あ」






――どいつもこいつも戦争戦争って……いい加減にしろよな


――潰しますか?あの国


――潰さんでいい潰さんでいい。はあ……調停者俺たちなんか必要ないくらい平和な世界が欲しい……


――そうですねぇ……ハッ!?いいこと思いつきましたマクス様!私たちで平和な国を作りましょう。その国で世界を征服すれば平和な世界が出来ますよ!私がマクス様を世界の王にしてみせます!


――いや、国王とかやだよめんどくさい……ていうか征服なんてしてたら本末転倒じゃねぇか


――いいえ、戦争でなくともすれば分かってくれますよ!私に任せてください!


――ああうん、ソウダネ……






(あいつマジでやりやがった!?)


 流石に冗談だろって思ってたのに……!


「それでマクス陛下が亡くなった後、レーネル様が平和な世界を作りたいという陛下の意志を継いで、陛下に助けられたり恩のある人たちを各地から集めて国を作ったの。その人たちが私たちの御先祖様なんだよ。当時は種族間の争いがあったからすごく大変だったみたいだけど、それでも陛下に平和な世界を見せたいという願いはみんな同じだったから、少しずつわだかまりをなくしていったの」

「……」

「そしてその願いは今もなお私たちに受け継がれてる。もしマクス陛下が悪魔として復活した時この国を見て、いい国だなって心から思ってもらえるようにね」


 そうか……当時は仲間にレーネル悪魔がいたから、人助けしても冷たい反応をされることが大半だったけど……みんな心では感謝してくれてたんだな。正直すごく嬉しい。


「この国で悪魔の研究が盛んに行われてるのはそういう理由だよ。……まあ残念ながら、マクス陛下が悪魔になって蘇ることはないんだけどね」

「へ?な、なんで!?」


 ついさっき生き返ったんですが。


 そこでふと思い出す。先程サリーさんが言っていた悪魔になるための必須条件の話を。


「あ、そっか適性属性」


 俺の適性属性は全属性。珍しいなんてものではなく、俺が生まれるより過去に全属性適性だった人物はいなかったくらい、生まれる確率など無いに等しい。サリーさんが言った“世界が産んだ奇跡の人物“とはそういうことだ。


「うん。もちろんそれもあるんだけど、魂のみの状態で現世を彷徨えるのは長くても1年だけ……それ以上は段々魂がすり減っちゃって最後には形を保てず消えるんだって。これも研究で分かったことなんだよ、大体300年前くらいにね」

「あ〜……」


 なるほど。推測だが、俺の魂が無事だったのは女神の加護のおかげだな。魂への加護の場合、本来は精神汚染系の魔法を無効化するためのものだが、魂の保護効果もあったのだろう。


 レーネルたちにその話が伝えられてないみたいだから、多分加護を与えた本人――女神自身も副次効果を知らない可能性があるな。死んで悪魔として蘇って初めて実感する効果なのだから、それも当然か。


「……あ、話が脱線しちゃったね。つまり何が言いたいかというと、マクス陛下に顔向けできないような非人道的な実験はされないよってこと!レーネル様が直々に監視してるからなおさらね。まあそれでも嫌なら波動のことは隠しておいた方がいいかもね、隠れて使うかとか時空属性は使わないとかで。私も黙っとくよ」


(サリーさん、優しいな……)


 まだこの国で会話したのは2人だけだけど、ここがいい国だってことはよく伝わってきた。でも今俺だとバレるのはマズい。


「すいません、調べてもらうかどうかはもう少しこの国を見てから決めたいと思います。まだ少し怖いので……だからその時まで、秘密にしててもらえますか?」


 もちろん今言ったのは建前で、本音はレーネルに俺だとバレたくないだけである。


 今の俺があいつにバレたら玉座に縛られる生活が始まってしまう……それだけは避けたい。


(あいつ、人の話全然聞かないからなあ)


 やると決めたらやり遂げるやつなのだ。その上従わなかったら力尽くである。俺が本来の実力を発揮出来ない今、世界最強の座はあいつにある。今の俺など片手どころか小指一本でも十分負かされる自信がある。


 よかれと思ってやってるのは分かるんだけどね。レーネルたちや国民のみんなには悪いけど、俺は自由に旅したり観光するのが好きなんだ。


(俺は絶対に玉座になんて座らないぞ……!)


「それもそっか、ヴェールちゃん生まれたばっかりだったもんね。オッケー、サリーお姉さん自慢の国を思う存分舐め回すように見てってくれたまえ、はっはっは!」

「はい、ありがとうございます」


 快諾してくれてよかった。サリーさんには頭が上がらないな。


 サリーさんのおかげでこの国のことやレーネルたちのことを教えてもらったからな。いつかちゃんとお礼しないとだ。


「お礼…………あ、そうだ」

「ん?ヴェールちゃんどうかした?」


 まだ俺がマクス・マグノリアだと教えるわけにはいかないが、これだけは伝えておこう。


「サリーさん」

「うん?」

「私、今日はすごくビックリしました。人間が、エルフが、ドワーフが、獣人がみんな仲良くしてて。獣人族に至っては不仲な犬族と狼族が兄弟と呼び合っていたり……悪魔である私にもみんなすごく優しくしてくれて、まだ少ししか過ごしてないですけど、ここはいい国だなって思いました」

「……」


「だからもしマクス様が今のこの国をみたら、私と同じようにビックリして感動しちゃうと思います」


「――――っ!」


 今の俺が、マクス・マグノリアが感じた嘘偽りない気持ちを。せっかくみんなが頑張って、俺のために作ってくれた国だからな。


「ほんと?ほんとに…………そう思って……くれるっ、かな?」

「はいっ、絶対に思ってくれます!他の大陸から来た私が言うんですから間違いありません!」

「うんっ……うんっ……うんっ!」


 サリーさんは俺の言葉を聞いて、指で目尻を拭いながら何度も頷き、両手で俺の体をぎゅっと包み込んだ。


「さ、サリーさん!?」

「ありがとう、ヴェールちゃん」

「お礼を言われるようなことは別に……ただ私が感じたことをそのまま伝えただけですし」

「ううんそんなことない!すごく、嬉しかった。御先祖様たちの努力が、ヴェールちゃんの言葉で報われたんだよ」

「……それならよかったです」


 こんなに喜んでくれたなら、こっちも伝えた甲斐があったな。


「そうだヴェールちゃん!今言ったこと、よかったら他の人たちにも伝えてあげてくれないかな?絶対喜んでくれるから」

「え?は、はい!」


(サリーさん、めっちゃいい人……!)


 俺がマクス・マグノリアだって本当のことを言える日が来たら、真っ先にサリーさんのところに行って、あの日話したことは本心だったって伝えよう。


 俺はそう心に決めた。

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