第3話 この二人はいい人です!


 考えうる限り状況は最悪だった。


「ほ、ほんとだ、本物の悪魔だ!!」

「なんでこんなところに!?」

「初めて見た……」


 あああああああああああヤバイヤバイヤバイヤバイ!前だけじゃなくて後ろも丸出しになってた!しかも幻惑魔法の制御が切れてるし!?


 そこで大通りに対して背中を向けていたせいで、通りすがった人たちに見つかってしまったようだ。


(どどどどうしよう!?!?)


 もう一度幻惑魔法を使う?いや、ダメだ。一度認識されたら効きが弱くなる。今の俺の技量じゃ認識の上書きは出来ない。


 だったらここから逃げる?……いやそれもキツい。


 今の俺はどうしようもなく弱い。身体強化魔法を使って逃げようとしても、この体は13か14そこらの“か弱い女の子“のものなのだ。そこに拙い魔法でちょこっと強化したところで、ガタイのいい大人達相手には為すすべなどない。


(だめだ、ちゃんと考えろ!この状況を切る抜ける方法――)


「なんだ嬢ちゃん悪魔だったのか!なら怪我が治るのも納得だな!先に言ってくれればよかったのに」

「………………ん???」


 え、何その反応。


「すごい、すごいわ!本物の悪魔よ!」

「あ、こっち見た!か、かわいい!?」

「天使だ……」


 あれ?後ろの反応もおかしい。何だこれは。


 悪魔だぞ!?目の前に悪魔がいるんだぞ!?なんで誰も攻撃してこない……騎士を呼ぶ気配もない。ど、どうなってるんだ?


(いやまてよ?人間も獣人もエルフも皆仲良しなんだから悪魔もおんなじだよね……ってコト!?いやいや冷静になれ俺。そんなことあるわけないだろ)


 そもそも悪魔は獣人族やエルフ族といった亜人種とは訳が違う。超人的な再生能力もそうだが、一度死んだ故人が現世に蘇ると様々な問題が発生する。悪魔の暴君というおとぎ話は、皆子供の頃に一度は聞かされるだろう。


 そういった理由で悪魔は、人間が亜人と呼ぶ種族とは違い、聖ヴァルディニア教によって明確に魔物として分類されている。だから悪魔が存在を認められる世界なんてあるわけがないのだ。


「写真撮らせてもらえないかなぁ」

「おい、流石にマズイって!」

「え〜、でもぉ」


 そんな世界、あるわけが――


「ん?怯えてるのか?……ああ、嬢ちゃんもしかして別の大陸出身か?だったら安心しな、この大陸で悪魔を排除しようなんて輩は一人もいねぇからよ!なんたってこの国は――」

「――あるわけある!?!?!?」

「うぉっ!?びっくりした、どうしたんだ急に大声上げて」


(この大陸で悪魔を排除しようなんて輩は一人もいない、だと!?)


 マジかよ、ホントにホントの理想郷じゃねぇかここは。そうなのか、ここならも肩身狭い思いしなくて済んだだろうな。


「あ、いえ、すいません!おっしゃる通り別大陸の者です」


 ここがどこの大陸かは知らないけど、話を合わせるためにそういうことにしておこう。


「やっぱり!そうなんじゃないかと思ってたんだ!大丈夫だぜ、ここには嬢ちゃんの敵はいねぇからよ。……まあこれから別の意味で大変かもしれんが」

「え、それってどういう――」


 別の意味で大変?どういう意味だ?そう問おうとしたところで、いつの間にか寝ていた狼族の男がムクリと顔を上げた。


「んあ?う、うるせぇ」

「おお、起きたか兄弟。気持ち悪そうだな、大丈夫か?」

「頭痛ぇ、ぎもぢわる……うっぷ」


 顔を青ざめておもむろに手で口を押さえる狼族の男。おいおいおい、まさか――


「お、おい兄弟待て、持ち堪えろ!流石にここで吐くのはまず――」

「おrrr」


 あ


「あっ、おま!?」

「「「…………」」」


 先程までガヤガヤうるさかった野次馬も、ゲ○爆弾によって今では誰も言葉を発せない状態に、何とも言えない静寂がその場を支配した。そして漂う、ツンとくる芳しいかおり。


(おいおい、どーすんだよこの空気)


「おーーーい!」


 なんて思ってたら路地裏の奥からエプロンを着た茶髪ポニーテールの女性が走ってきて、いい感じに空気をブチ壊してくれた。


「追いついた!ガロアさん、アインスさん忘れ物だよ……って何この状況、てか臭いっ!?」

「サリーちゃん。あっ、俺のサイフ!すまねぇ、ありがとう」

「はいこれ、今後は気を付けてね!それで?これはなんの集まり……ヒィィッ!?け、けけけけけけがあ!?事件!?事件ですかっ!?」

「落ち着いてくれサリーちゃん!実はカクカクシカジカで――」


 犬族の男は、今しがた来た女の人にさっきまで起こった出来事を話した。


「悪魔!?な、なるほど……?確かにピンピンしてるね」

「ああ、それで周りのやつが気付いてこの騒ぎ、っわけだ」

「そういうことか。でも困ったな……役所はもう閉まってるし」

「ああ、それでうちで一晩面倒見ようかと思ったんだが――」

「――おいロリコン」


 サリーと呼ばれる女性が間髪入れずにそう言うと、一気に周囲の空気が凍てついた。


「へ?……ハッ!?ち、ちがっ!?冗談!冗談だから!そんな怖い顔しないでくれサリーちゃん!」


 その冷徹な眼差しはまるで鬼の形相、睨むだけで人を簡単に殺せてしまうほどに鋭かった。おおよそ人のしていい顔ではない。この女性を怒らせてはいけないと、俺は直感的に理解した。


「言い訳をするなら早いほうがいいよ?私と周りにいる人たちの指が、スマホの通報ボタンを押す前に」


 周りを見回してみると、皆何かの端末を操作していた。


「ちょっ!?ストップ、ストーップ!今日生まれたばっかりで行く宛もない子をほっとけるわけないだろ常識的に考えて!?」

「……ふむ」


(あ、鬼が消えた)


「セウト」

「どっちだよ!?」

「まあ今度うちに来たとき、他の客の前でロリコン呼ばわりする刑で許してあげる」

「鬼か!?」


 ていうか、ずっとスルーしてたけどロリコンっなに?どういう意味?


「まあ妥当ね、社会的に死ぬべきだわ」

「異議なし」

「まったく……YESロリータNOタッチの協定も守れないとは。紳士の風上にも置けんヤツだ。恥を知れ」


 と、野次馬の皆さん。


(?????)


 全然話についていけない。疎外感が凄い。ホントに同じ言語使ってるのか心配になってきた。


 取りあえずガロアさん(犬族の方)が何故か責められていることは分かったが。


「この子はうちで預かるから、今日はもう帰っていいよロリコン」

「だから誤解だってサリーちゃん!」

「あ、あとそこの汚物もちゃんと掃除しておいてね」

「え、俺が!?」

「他に誰がいるの?アインスさん気絶しちゃってるし」

「…………オレガカタヅケマス」

「よろしい」


 ガロアさんとの話を終えたサリーさんは、こちらを向いて……


「それじゃあ行こっか。安心して、お姉さんが悪い大人たちから守ってあげるからね!」


 そう言って俺に手を差し伸べてきた。


 でも俺はその手を握らなかった。その前にどうしても訂正しなければならないことがあったから。


「あ、あのっ!」

「どうしたの?」

「この二人はいい人です!私が保証します!」

「えっ?」

「お、お嬢ちゃん……!」


 二人はいい人なんだ!二人が悪い人達じゃないって皆に説明するんだ……!




「だって二人は(肩で)抱き合って(犬族と狼族で仲悪いのに)お互いに「俺たちは家族(兄弟)だぜ」って(兄弟)愛を囁やき合ってたんです!絶対いい人達なんです!」




「…………え?????」

「「「――――っ!?」」」

「嬢ちゃーーーーーーーん!?!?!?」


 大丈夫だぜガロアさん、アインスさん。俺がちゃんと説明しておいたからな。二人の名誉はこれで守られたはずだ。


「ぐっ!」(サムズアップ)

「アババババ…………」


 あれ?嬉しすぎて固まってしまったようだ。喜んでもらえたようでよかった。


「そ、そう……知らなかった。二人はなのね、お互いに」

「おたがい……?はい!いい人なんです!」

「「「おおぉ……」」」


 サリーさんにも周りにいる人達にも、二人が本当は悪い人じゃないって知って驚いてるみたいだ。いや〜、ちゃんと分かってもらえたようだ、よかったよかった。


「ごめんなさいガロアさん、ロリコン呼ばわりしちゃって。その……アインスさんのことが好きだったんだね」

「……ハッ!?えっ、え?ちが――」


 あ、フリーズが溶けた。ガロアさんは復活直後で混乱しているようだ。よし、ここは俺が援護を……!


「そうです!ガロアさんはアインスさんのことが(兄弟として)大好きなんです!」

「ちょっ!?」

「そうだったんだ……勘違いしちゃってごめんなさい。他の客の前でロリコン呼ばわりする刑は無しにしておくね」

「そ、それはありがたいけど……!違うんだって!」

「さて、誤解もとけたし……そろそろ行こっか!肌寒くなってきたし、ずっと外にいたら体冷えちゃう」

「はい!すいません、お世話になります」

「いいのいいの!気にしないで、お姉さんにドーンと任せなさい!」


 今度こそサリーさんの手を握り、来た道を戻っていく。


(いや〜、いいことした後は気分がいいなぁ)


 サリーさんについていく俺の足取りは、今にもスキップしそうなくらい軽快だった。


 その後、ガロアの発した「ご、誤解だあああーーー!?」という叫びは、既にその場から去った二人には届かなかった。

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