9.

荒田君のケアを命じ、私は望月さんのいる会議室Aに向かった。大変なことになった。私が柏田を締め上げた所までは良かったが、そこからまさかの展開の連続だった。柏田が望月さんをレイプし、その柏田に荒田君が傷害罪に匹敵する暴行を加えたのだ。わずか10分間の間に強姦犯と傷害犯が誕生してしまった。まぁ、強姦犯の方はハッキリ言ってどうでもいい。死ぬなり、収監されるなりなるようになってしまえ。問題は傷害犯の方だ。このままでは愛しの荒田君が収監されてしまう。もう二度とあの身体を味わえなくなってしまう。昨日の密会を通してあの身体なしでは生きられなくなってしまったというのに。彼の収監は断じて許さない。これから望月さんに話を合わせるよう説得しに行く。如何なる手を使ってでも、必ず彼女の首を縦に振らせる。

ずっと真っ赤な目でこちらを見てくる望月さん。私が近づくにつれ、会議室内へと下がっていく。ふん、私を恐れているようだ。これは案外話が早いかもしれない。会議室前に着くと、

「大丈夫だ。外してくれ」

望月さんの横で彼女の体を支えていた女子社員に伝えた。数秒間の沈黙の後、望月さんに頷かれ、女子社員は会議室から出ていった。それと入れ替わる形で私は会議室に入り、望月さんに椅子に腰かけるよう促してからドアを閉めた。私自身も近くの椅子に腰を下ろした。

望月さんはずっと俯き、私と視線を合わせようとしない。一体どう切り出せばいいのか。正直私にもよく分からない。本来ならば話をまとめる時間を取りたいのだが、なんせそんな悠長に過ごしている時間はない。この場を逃したら、もう二度と荒田君の収監を回避するチャンスは訪れないのかもしれないのだ。

「あの、」

望月さんが小さな声で言った。

「どうした」

「柏田さんと一度話してもいいですか」

「柏田と?なぜ」

信じられなかった。

「確かめたいことがあるんです」

望月さんは真っ赤な目で私を見上げ、さらに言った。

「お願いします。一度柏田さんと話しをさせてください」

頭が混乱していた。これが私にとってプラスなのかマイナスなのかが分からなかったからだ。私の提案は、柏田にレイプされかかった望月さんが柏田の手から逃れるために柏田に激しい暴行を加えたことにするというものだった。つまり、望月さんが柏田に暴行を加えたということにしてもらえれば、荒田君は罪を逃れ、一件落着という訳だ。そこでの望月さんからのこの要望。柏田と会って今更何を話すと言うのか。確かめたいこととは一体なんなのか。それが荒田君にとって不利に働くのか。

「確かめたいことというのは何なんだ」

ここをクリアにしないと始まらない。再び俯く望月さん。

「それは、今はなんとも」

一体何を隠しているんだ。

「君がヤツからされたことについては無理に聞き出すつもりはない。でも、あれだけのことをされた相手ともう一度会いたいと言われたからには、最低限理由は聞かせてもらうよ。何の理由もなく会わせる訳にはいかないからね。何より君が危ないじゃいか」

望月さんの顎に力が入るのが分かった。やはり彼女は何かを隠しているようだ。その気持ちなり考えなりをずっとさっきから自分の中に抑え込んでいるのだろう。

「どうなんだ。特に理由はないのか?それとも、あの会議室で起こったことについて、私は何か誤解をしているのか?そういうことじゃなかったのか?」

両手をギュッと握りしめる望月さん。

「どうなんだ。頼むよ。もし私の誤解ならそう言ってくれ。私はただ、うちの社員を守りたいんだ。ただそれだけなんだ」

「私にも分からないんです」

あ?責め立てたい気持ちを何とか抑え込んだ。

「最初は違ったのに、途中から、なんで、私の豚さんは、、、、、一体なんで、、、、、」

途中からポロポロ涙をこぼしながら語る望月さん。どうやらことはそう単純ではなさそうだ。私も俯いてしまった。合意があった上でと考えると話は全く変わってきてしまう。合意の上でとなればレイプではなくなってしまう。元より、2人がそういう関係だとすると、2人を会わせることで、ただただ荒田君が傷害犯にされてしまうだけになってしまうのではないか。今の話からするとその可能性は十分にある。寧ろ、そっちの可能性の方が高いと言っても過言ではない。となると、絶対に2人を会わせてはいけない。望月さんをここに縛り付けてでも2人を遠ざけなければならない。となると、荒田君を守るためには、これまでの一連の出来事を全てなかったことにする必要がある。柏田と望月さんが繋がっている以上、柏田に対する罪は成立しえず、荒田君の柏田に対する罪だけが成立してしまうからだ。さらに厄介なことに、荒田君の柏田への暴行はこのフロアにいる全社員に見られてしまっている。このまま警察に突き出されたら100%勝ち目はない。つまり私は、このフロアにいる社員全員、特に柏田と望月さんに荒田君の暴行をなかったことにしてもらわないといけないのだ。

「それを確かめさせて下さい。なぜ彼が途中で豹変したのか。あれが一体何だったのか」

望月さんの熱い視線を感じる。実にめんどくさい。心底厄介な存在だ。

ここで閃いた。

「いいだろう」

望月さんを見ると、少し安心して力が抜けた様子だ。そこですかさず、

「でも条件がある」

再び望月さんの体が強張るのを確認し、

「おそらく会議室での一件については君と柏田の間の何らかの誤解があったのだろう。しかしその場合、君たちは社則に違反したことになる。ここからが私の提案だ。君たちの社則違反については何も問わない。ただ、その代わり、荒田君の一件についても目を瞑ってほしい」

信じられない様子で目を見開く望月さん。

「もちろん君だけでなく、柏田もだ」

完全に動きが止まる望月さん。ここでさらなる追い打ちを。

「その条件がのめないのであれば、社内風紀を乱す存在として今すぐ解雇する」

静かに息を荒げ始める望月さん。

「今すぐ決めなさい」

「それなら私からも条件があります」

なんだと。

「柏田さんの解雇を撤回して下さい」

この女やっぱり、、、

「部長がその条件をのむのであれば、私も部長の条件をのみます」

上手だ。さっきの私と荒田君のやり取りを見て何か感じ取ったのだろうか。どの程度把握されているかは分からないが、いずれにせよ、私は彼女の条件をのむ以外に選択肢がない。これで荒田君は守れるが、条件を上乗せされたのは非常に癪だ。そして、この先、かなり厄介な存在になる可能性がある。それに柏田の存在も加えると、かなり厄介なことになりそうだ。この女からこのことを聞いた柏田がいかに動くか、考えただけで全身の毛が逆立ってくる。

「わかった。のもう」

「それでは合意ということで」

そう言うと、望月さんはそのまま会議室を出て行った。

ふー。

一件落着というところだろうか。

残るは他の社員の対応だ。

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