第190話 『飛龍丸献上』
安政二年五月二十九日(1855/7/12)
次郎は松前藩への軍事教練と併せて、共同で北方の警備体制を整えた。
・
・南樺太のクシャンコタンを大泊と名づけ、整備。
・択捉島
・函館港の整備と五
・適宜砲台を設置。
・2,111kmの海岸線の道路整備と電信敷設。(電信先行)電信敷設完了予定、安政四年十月。総工費(電信)10万5千550両。
正直なところ過剰な設備投資と言えなくもないが、蝦夷地は大村藩にとって生命線なのだ。アイヌとの交易に支障がでないよう、内陸の開発も進めている。
さらに次郎はアイヌの労働環境を良くするために、松前崇広と商人に交渉して、搾取があるようならなくして、三方よしとなるようにした(この時期に反乱でも起こされたら面倒だから、と説明)。
極寒を身をもって体験したので、次の冬までには揃うように、アイヌの毛皮とゴム布をあわせた防寒具の開発を急がせた。(石炭+石油ストーブも)
■大村藩庁
「殿、我が海軍の船を、公儀に献上するという話を耳にいたしましたが、誠でございましょうや」
「うむ、その儀なのだがな……」
純
「殿、お加減が悪いようであれば、日を改めまする」
「いや、良いのだ。今日は修理も来ておるでな」
「なんと、修理様が……」
修理とは通称で、純顕の弟の利純(純
ほどなくして利純と、家督を継いで家老となった針尾九左衛門が謁見の間に入ってきた。次郎の正面上座に純顕が座っているが、右手に利純、そして左手に九左衛門が座った。
「久しいな、次郎左衛門」
「はは。修理様におかれましては、益々ご健勝の事とお慶び申し上げます」
そう次郎が言って挨拶すると、利純はニコリと笑った。病弱ではないものの、壮健とは言えない純顕に比べて、いかにも武家の棟梁という
「太田和殿はご多忙のようで、ご自慢の蒸気船で北は蝦夷地から南は薩摩まで、落ち着く暇もございませんな」
家老の九左衛門は眉一つ動かさず、無表情で言った。他意はないのだろうが、捉え方によっては嫌みと言えなくもない。次郎は気にしなかったが、人によっては、という事である。
「それでは殿、先ほどの儀にございますが、海軍の船を公儀に献上するという話にございますが……」
それについては、と九左衛門が話に入ってきた。
「
幾艘か、だと? ! 飛龍丸一隻の話ではなかったのか? 次郎の顔がゆがむが、すぐに無表情を装って、九左衛門の言葉に対して考える。
「……然れど針尾殿、公儀がわが家中の忠義を認めたとて、それが一体何になりましょうや」
「な! 何にとは、太田和殿、言葉が過ぎますぞ。わが家中は無論の事、天下に二百六十家中余り、その全てが御公儀のお陰で栄え長らえてきたのでございますぞ」
「お陰、にございますか」
転生人の次郎にとって、まったく縁のない話である。しかも御公儀の
全国をまとめて戦をなくした功績は大きいだろう。
これは、間違いない。関ヶ原の戦いで加増されて大名になった家もあるあだろう。しかし減封された家や、そうでなくてもあらぬ疑いをかけられて改易になった家は五万とあるはずだ。
幕府に感じている恩とはなんだ? 幕政は譜代がやっているし、親藩は参政してないとは言え別格だ。外様は? 幕府に忠義?
人質を取られ参勤交代をして、一体何の忠義なんだろうか?
次郎は深呼吸をして、ゆっくり話し始めた。
「針尾殿、御公儀に対する忠誠を示すための重き行いというのは心得ております。然れど、我らが殊更忠誠を示したところで、わが家中にとって何か益がございますでしょうか? 公儀から目に見える益を得る事がございましょうや」
九左衛門は一瞬言葉に詰まったが、自らの持論を語る。
「太田和殿、公儀への忠誠心を示す事こそが重しなのです。御公儀からの信を得ることで、我が家中の立場がより強くなり申す。然れば長い目で見れば、わが家中にとっても益となりましょう」
平行線だ。
「次郎左衛門よ」
利純が入ってきた。
「公儀への忠義はひとまず置いておこう。おぬしは、今……只今の公儀と我が家中の間柄は
「然れば、常なり(普通)かと存じます。他の外様の家中と同じく、可もなく不可もなく、今の
利純はなるほどなるほど、と
「真に、一番良い程であろうか? 我が家中は他の家中に先んじて、大船建造の禁を解くお許しを得た。また蝦夷地の草分け(開拓)や新しき蒸気船、異国との交渉など、
利純は次郎の行動が、藩と日本のためだと理解した上で、幕閣はそれを理解し許容しているのだろうか? という事である。これについては、次郎の考えも微妙であった。
苦々しく思い、何か理由をつけて罪に問う、もしくは大村藩を減封・転封・改易にできないか?
そう考えている輩もいるかもしれない。次郎は彼らの面子を潰した覚えは全くないが、そう感じている人間が全くいない、とは言い切れないのだ。
「うべなるかな(なるほど)。しかして船の献上の話となった訳にございますね」
「然様。次郎、其の方にとっては心血を注いだ我が子のような物であろう。然れど、然ればこそ、献上をすれば公儀の覚えめでたく、以後の行いを易きに導くのではあるまいか?」
理路整然と、よどみなく利純が話した。
うーん。
あながち間違いとは言い難い。
確かに俺の事を苦々しく思っている幕閣の面々もいるだろう。そういう人達に対して献上したとしても、結局『その意気やよし』の一言で終わるだろうが、確かに(あるとすれば)
「然れば、この儀は易きに非ずして、しばし考えとうございます」
次郎は深く考えながら、ゆっくりと返事をした。
「太田和殿、何を仰せか。船は貴殿の物ではない。殿の、我が家中の物である。それを考えるなどとは……何事にござるか」
「良い」
純顕が短く九左衛門を制した。
「修理の申したとおり、心血を注いだまさに我が子の様な物であろう。わしは公儀とは、程よい間柄が一番だと考えて居る。両者の言い分もっともなれど、次郎よ、しかと考え、後で教えてくれぬか」
「はは」
次回 第190話 (仮)『鉄道が欲しい!』
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