第9話 『+五万石達成!なのか? まずは藩主様から始めよう』(1837/1/21)

 天保七年 十二月十五日(1837/1/21) 太田和村 (次郎目線)


 製造実験は3人に任せて販売計画を練って、十日が過ぎた。


 今月は登城はない。来月の正月の挨拶とあわせて登城し、翌二月から十五日の登城になる。


 灰汁の原価計算をして、多めに見積もって+@1となった。菜種油で@30文、イワシ油で@11文で製造できる事になる。


 問題は、これをいくらで売って、どれだけ売れるか? そして最終的にいくらの利益になるかを求めなければならない。


 ただ、一個10文から30文で作れる石けんが、なぜこうも流通していないのか? 確かに安くはないが、正直なところ、需要を作るところから始めないといけないかもしれない。


 石けんを衛生商品とするか、それとも化粧品とするか。結論を言えば化粧品の方がいいが、多分、使う油で性質がかわってくるのだろうか。


 その辺の品質や使用する油や灰なんかは、専門外なので信之介に丸投げしよう。



 


 ……一番イメージしやすい食べ物、そばで計算してみた。


 そば一杯16文。これじゃあ赤字だ。ちなみに原価の倍の60文で計算したら、そば4杯分。前世のイメージで考えると高いが、出せない金額でもない。


 しかし、まず農家には売れないだろう。漁師も同じか。ここでの記憶と照らし合わせると、みんな安らかに暮らしてはいるが、楽ではない。ギリギリだ。


 今も昔も、普通の農家は貧乏だ。


 盆正月に多少の楽しみがあるか、ないか。


 いや、ちょっと待て、話をもとにもどそう。


 一個30文の利益があるとして月に300個売れて、年間で3,600個。@30円で……しまった文だ。


 これで43,200文だ。両に換算して6.4両。


 ははははは! まったく足りん! 当たり前か。あくまで試算だから、販売量と照らし合わせながら、最適な売価として価格を上げればいいだけの話。


 ちなみに大村藩士は何人か? というと、村大給以下の在郷給人(下級武士)は除いて、城下給人だけと考える。


 すると、1,005人。大村藩だけで月に約1,000個売れると仮定する。何石取りなのかは考慮しない。


 藩の場合は衛生対策として、純顕公が販促してくれればいいが、そうすると年間12,060個で53.6両。……まだまだ全然足りん。


 奥さんがいて使っても、倍の107.2両。


 仮に、仮にの話だが……全国に販売網が広がったとして、数年かかるだろうが、いくらになる?


 ざっくりだが実高では幕末の全国の石高(天保郷帳)が3,055万8,917石。大村藩の実高は59,061石。引いて30,49万9,856石。約516倍となる。


 そうすると、107.2両×516=55,315両。くううううう……。


 これで、やっと目標の五万石。しかも、数年かかる。タラレバだ。しかし、なんでも最初はタラレバなのだ。


 まず、試作品を作って、純顕すみあき公に見せてみよう。そして奥方様やご家族、御一門の方に使っていただく。


 その後評判が良ければ、増産して売ればいいのだ。品質は問題ないだろう。なあ、信之介。


 やっぱり口コミしかない。そしてある程度広まったら、香りをつけたり成分を変えて価値付けをして売る。


 庶民にはまだまだ高いかもしれないが、でもよーく考えてみてくれ。石けん(ボディソープやシャンプーや洗顔料含む)のない生活、考えられるか?


 今、俺は今世の記憶と混ざってしまっている。


 なぜか当たり前のようにぬか袋を使って風呂に入ってはいるが、よくよく考えたらあり得ない。


 おそらく、この時代の人もそうだろう。特に女性はそうだ、絶対に手が出ない価格ならまだしも、手が届く値段なのだ。


 美意識の高い女性に売り込めば売れるはずだ。


 そして使っている女性からは、石けんを使わない周りの男性の匂いが気になるとの声が、チラホラ出てくるだろう。


 そうでなくても、身だしなみを整えるのは武士の基本だから、石けんがスタンダードになれば、間違いなく安定収入になるはずなんだ。


 藩主自らが使うようになれば、家臣は無理してでも買うだろう。


 よし、いくつかランク分けして試作品をつくって、正月、見せに行こう。






「出来たか~」


 俺は3人に会いに庭に出て、石けん製造のためにつくった小屋へと向かう。すると俺の呼ぶ声が聞こえたのだろう。


「まーだだよー」


 おい、子どもじゃねえんだから。


「冗談はやめろ。で、どうなんだ? 上手く出来そうか?」


「ああ、できる。使う灰だが、海藻を乾燥させて燃やした灰がよさそうだ。ただ、普通の灰でも一応は問題ない。どちらもアルカリ性だから油脂から石けんをつくる事は可能だ。ただし海藻灰の方が水酸化ナトリウム(NaOH)を多く含んでいて硬化しやすい。対して草木灰は炭酸カリウム(K2CO3)だ。PH11の強めのアルカリ性ではあるが、硬化には若干適していない。草木灰を使って硬化させるためには、炭酸カリウム(K2CO3)を水酸化カルシウム(Ca(OH)2・消石灰)に反応させて強アルカリの水酸化カリウム(KOH )を作らねばならない。そして硬化しやすい油脂との組み合わせで……」


「ああ、いや、うん、わかった。ひとまずは、わかった。で、俺たちが使っていたような石けんは、灰と油だけで作れるとや?」


「作れる、ただし、さっきもいったように原料と灰の種類によって柔らかさが違い品質も違うから、風呂場に置きっぱなしは駄目だ。使い終わったら乾燥させないと駄目だ」


「ああ、わかった。それさえ注意すれば、後からの品質改善は可能だからな」


「その通りだ。しかしなぜ俺はこのような事を知っているんだ?」


「あんまり深く考えるな。神様仏様のお告げくらいに考えておけよ」


 俺と信之介、そして一之進(カズ)は声を上げて笑った。



 


「……亨君?」


(……え?)


「あ、ごめんなさい次郎サン。あの、考えたんだけど、石けん作るとき、最後に香りの花や植物をいれたらいいんじゃないかと思うんだけど……どうかな?」


「え? あ、うん、いいねえ! いいよ、さすが女の子!」

(なんだ、空耳か?)






 気になったものの、考えても仕方がない。正月の挨拶までに試作品をいくつか作って、プレゼンだ!

 

 次回 第10話 『いきなりの佐賀藩越え。試供品と大プレゼン』

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