2.豪華で奇妙な館
記憶が無いことを除けば私は健康そのものだった。怪我を負っている訳でもなければ、病気を患っている訳でもない。記憶を失うに至った原因が何であるのかの見当さえつかないほどに、体には何ひとつ異常は無かった。
しかし目を覚ました当日は大事を取って一日をベッドの中で過ごした。異常が無いとはいえ、記憶を失うほどの何かがあったのは確かだ。突然、何かしらの異常が出てくる可能性もある。だからその日はベッドの中で安静に過ごした。
それでも二日目となるとさすがに寝続けることにも飽きてきて、私はベッドを抜け出して、部屋の外へと出てみることにした。
私が留まっているこの館は、私がベッドの中で想像を膨らましていたよりも遥かに広く、遥かに大きかった。
廊下は全力疾走ができるほどに長く、ずらりと並んだ部屋は数え切れないほどあり、玄関前の広間はダンスができるほどに広々としていた。食堂に至っては一度に百人規模の人々が食卓に着けるほどに広く大きかった。さらには館の要所要所には素人の私の目から見ても高価だと分かる絵画や美術品が置かれ、各部屋の調度品はどれも精巧な造りで高級品だと分かる品々で揃えられていた。
この館は私などが泊まるには不釣り合いなほどに、とても豪華で、とても豪勢な造りをしていた。それはもう、気後れしてしまうほどに。
この館の主はよほど身分の高い貴族様か、それとも相当な大金持ちなのであろうことは容易に想像がついた。
これほどの館の主とはいったいどのような人物なのだろう。
私は館の主に興味が湧いたこともあり、目覚めてからこの方、世話になりっぱなしでもあることから、一度直接会ってお礼がしたいと願い出た。
しかし彼女は困った顔をした。
「申し訳ありません。当館の主は現在、所用で外出しており不在なのです。何分忙しい身分の方であるため、いつ館に戻られるかは、私にも分からないところなのです」
留守だった。
ならば仕方がないとその場は諦め、私は彼女に主が館に戻ったなら知らせてくれるようお願いした。彼女は「かしこまりました。ではそのように」と快く引き受けてくれた。
彼女はさらに言う。
「館の中には私しかいないのですから、どうぞお気兼ねなくお過ごしください」
彼女の言葉通り、これだけ広くて大きな館であるというのに、館の中には彼女一人しかいなかった。
それは何だか、とても奇妙なことのように思えた。
それ以外にもこの館には奇妙な点が幾つかあった。
館の窓ガラスがすべて黒い何かで塗り潰されていて外が見えなくしてあったのだ。むらの無い完全に均一な黒。最初目にした時は今がまだ夜なのだと錯覚してしまったほどだ。
さらに外へと通じている窓や扉にはすべて鍵が掛けられ、内側からでさえも開けられないようにしてあった。
防音も完璧で、耳を澄ましても外からの騒音はおろか風の音さえ聞こえなかった。
この館の中は、完全に外の世界から隔絶した空間になっていたのだ。
本はあれど新聞は無く、テレビはあれどニュースは流れず、館の外の様子を知る術は何ひとつ無かった。
ここはまさに、孤立したひとつの世界だった。
そんな閉塞した空間だというのに息苦しさは少しも感じなかった。
館のどこかしこもが吹き抜けで、無駄なほどに広く大きく造られているためだろう。もしかしたらこの館はそれを意図してこれほどまでに広く大きく造られているのかもしれない。もしそうだとしたなら、何とも豪気な話だ。
貴族や金持ちのすることは、理解できない。
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