第39話 甘美な誘惑④ 完

「ところで、ケイは私を娶り、王になる気はないか?」


 リコリス女王が僕に突然切り出す。ミランドルフ様とブラザス様は顎が外れんばかりに唖然とした表情。集めているアネマラの涙も器から溢している。リコリスさんのことだ。おそらく、事前の相談もなく独断なんだろう。


 一方、アネマラも笑顔が一瞬にして消え去り、あんぐり口を開けて、青ざめた表情をしている。


「そ、そんな僕なんて、ただの田舎の薬師です。王の器なんて持ち合わせていないですよ」


 僕は即座に意見をする。僕なんかが王様になっていい訳がない。


「そんなことはないぞ。ケイの働きは現在空席の『大魔導士』の称号に値する。知っておると思うが、この称号は救国の実績を伴った者だけが得られ、王に次ぐ権力が与えられる」


「そ、それにリコリスさんを娶るなんて、そ、そんな畏れ多すぎますよ」


 リコリスさんは武勇もさることながら、王国一の美女として名高い。僕なんか不釣り合いもいいところだ。


「そこも大丈夫だ。私がいいと言ったのだ。安心しろ。誰にも口を挟ませはしない」


 アネマラはまた意識を失いかけている。何となくだが体から魂の様なものが、抜けようとしているのがわかる。駄目だ。きっぱりと言わないといけない。


「リコリスさん。せっかくのお誘いですが、お断りさせていただきます。僕はこの隣にいるアネマラと一緒に生きて行くと約束しました。彼女を裏切ることはできません」


「そうか。振られてしまったか」


 リコリスさんは悲しげな表情を浮かべる。いつも気丈な態度を崩さない人なのに。対照的に、涙を集めているミランドルフ様とブラザス様はホッとした顔をしている。


「気持ちにお答えできず、誠に申し訳ございません」


「はぁ。これは重罪だな。私に恥をかかせて、唯で済むと思うな」


 た、確かに女王様からのプロポーズとも取れる発言。こんな田舎者の僕が拒否したら、不敬罪か何かで死罪になってしまう。ま、まさかリコリスさんに限ってそんなことは。アネマラごめん。僕は君を選んで死んでしまうようだ。


「私に誓え。先ほどの約束とやらを守ることをな」


 り、リコリス女王様。


「僕はリコリス女王様に誓います。アネマラと一緒に生きて行くことを。この約束を絶対に守り抜きます」


 僕はリコリス女王様に跪いて誓いの言葉を述べた。


「よし。私に誓ったのだ。約束をたがうなよ。これ以上、私に恥をかかせないでくれ」


 リコリスさんは一粒の涙を流した。この方は本当に偉大だ。あの時から既に器が大きいお方だった。


「はい。決して、この先リコリス女王様の恥とならないように生きて行きます」


「ケイいいいいい。ありがとうアルううううううううう」


 アネマラはまた号泣して僕に抱き付く。ミランドルフ様とブラザス様は先程、溢した涙を取り戻さんとせっせと集める。


「はぁ。こんなのを見せられたら、例え私でも引かねばならないな。せめて、私の即位している間は側に仕えてくれぬか?」


 女王様は本当にしたたかだ。まさか娶るという発言はこのために? 女王様が僕なんかを好きになるはずがない。でも、さっきの涙……いや、考えすぎか。それに、そんなことしなくても僕はこのお方について行く。僕はあの時の恩を忘れない。


「はい。僕なんかで宜しければ、喜んでお仕えさせて頂きます。アネマラもそれでいい?」


「ケイのそばに居れるなら何処でもいいアルううううううう」


 アネマラは号泣しっぱなしだ。


「では、決まりだな。二人とも期待しているぞ」


「ふ、二人ともですか?」


「当たり前だ。『マグナスフレイム』によるクーデターの鎮圧。国を脅かす伝染病ラトの治療薬の集取。目の上のたん瘤だった教会の悪事の露見。どれも『大魔導士』の称号に値する。それなのに、席が一つでは寂しいだろ? ケイ・シーフェドラとアネマラ・ヘナプラスターの両名を私自ら推薦する」


「ぼ、僕たち魔導士ではないどころか、魔力を持っていませんが、『大魔導士』の称号なんてい、いいんですか?」


「そんな些末な事どうでもいい。まさか、あの日、王宮の前で『不治の病ラトには特効薬がある。妹を救う力を貸して欲しい』と泣き叫び、私に直訴しに来た少年がここまで成長するとはな。私の人を見る目も中々なものだろ?」


 パチパチパチ


「オラたちも二人を『大魔導士』として推薦するだべ」


「ダーリン。推薦ってなんなのだ?」


「二人ともやっぱり生きていたんですね! 心配しましたよ」


 ンデラさんとダフネが僕たちのいる客間に入って来た。ンデラさんはここでも安定の麦わら帽子と赤褌である。ただし、今回は蝶ネクタイもしていることから、正装のつもりなのだろう。不敬罪で捕まるぞ。この人。


「面目ないだべ。不意を突かれたとは言え、あっさりやられてしまった」


「女王に治してもらったのだ」


 やっぱり、リコリス女王のおかげで助かったようだ。本当に良かった。


「彼らは強力な魔力ドーピングをしていました。命が助かって本当に良かったです」


「そう言えば、ンデラにダフネ。お前達には説教せねばならないことがある」


 り、リコリスさん。ここに、王宮の中でも服を着ない変態がいます。ビシッと言って、服を着させてあげて下さい。


「ンデラは、レッドホンバードの存在をどうして報告していない? 報告、連絡、相談は基本だぞ!」


 り、リコリスさん。そっちですか?


「ダフネは会議に参加しろ! 以上だ」


 い、以上!?


「リコリスさん。以上ですか? 服装は?」


「ああ、ンデラの衣装か? とても勇ましい。私好みだ」


 り、リコリスさん。お、お好みですか?


「女王様。とても光栄だべ」


「ダーリン! 浮気は許さないのだ」


「ケイはこのンデラの服装を真似しないのか? わ、私は見てみたいぞ」


 人の趣向はわからないものだ。リコリスさんのようなお堅い方がまさか。だが、例え女王様と言えど、僕の中の何かがあの格好を拒否する。


「リコリスさん。それだけは勘弁してくだい」


「ケイが変態になるのは駄目アルううううううううう」


 アネマラはこの部屋に来てから、ずっと泣きっぱなしだ。おかげで僕の服もアネマラの涙と鼻水でべちょべちょになっている。だけど、そんなのどうだっていい。


 いや、良くはないな。僕はこの流した涙と鼻水にも誓いを立てよう。僕はあの時、また悲しい涙を流させてしまった。だから、これからは。



「それでは『大魔導士』の叙勲式を始める。今回は異例だ。私自らが称号を与える」


 リコリス女王が自ら式典を進行する。これが、今回の『大魔導士』の叙勲式の異例さを物語っている。


「では、呼ばれた者は前に出よ」


 いよいよだ。


「土魔導士序列一位『地仙』ンデラ・ユーフォビア」


「光栄だべ」


 さすがンデラさんだ。この式でも麦わら帽子と赤褌、そして蝶ネクタイの姿。堂々として肝が据わっている。


「火魔導士序列一位『火鳥霊獣』ダフネ・ユーフォビア」


「光栄なのだ」


 ダフネは、本当に綺麗になった。僕たちと会った時はまだ子供みたいな見た目だったけど、今では女王様に匹敵する美女だ。


「光魔導士序列一位『天国門ヘブンズゲート』オレンジア・グラヴィティウス」


「ヌーだ」


『ダークライト』のサブリーダー、オレンジアさん。この人は本当に厳しい人だった。僕とアネマラはよく泣かされた。


「闇魔導士序列一位『地獄門ヘルズゲート』エプリル・グラヴィティウス」


「ヌーです」


『ダークライト』のリーダー、エプリルさん。この人は本当に優しい人だった。僕とアネマラはよく泣かされた。それに『ダークライト』が、ンデラさんの探し求めていた『地仙の集団』だと知った時は本当に驚いた。まさか、この可憐な人達が。


「風魔導士序列一位『面妖帽子』クロム・ヘッドリー」


「はい」


 クロムさんだ。


「水魔導士序列一位、円卓の魔導士ラウンデルズ筆頭『青医』ピオナ・シーフェドラ」


「光栄です」


 僕の妹のピオナだ。一時は歩けない程弱っていたが、『四零獣の秘方』はすぐに効果を現した。あれから十年、元々魔力が少ない上、ラトで更に魔力を奪われた。しかし、努力でここまで来た。妹は僕の誇りだ。


「今回は功績が功績なだけに円卓の大魔導士ラウンデルズ全員を『大魔導士』とする。そして、この六人の『大魔導士』を育て上げた、偉大な二人を『大魔導師』とする」


「大魔導士『白猫仙女』アネマラ・シーフェドラ」


「光栄アル」


「大魔導士『薬龍仙人』ケイ・シーフェドラ」


「光栄です」

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