第38話 甘美な誘惑③

 アネマラは全身を八つ裂きにした。白猫の姿の瞳からは明らかに涙が見える。


「な、なぜだ? 今までこんなことはなかった」


 レオパルドは八つ裂きにされてしまった。そして、切り落とされた生首だけで言葉を発する。『尸解仙しかいせん』は生きる屍ではあるが、こんな状況でも喋られるらしい。


「くそ! 私の計画が。それに、やっと天仙を見つけたと言うのに」


 レオパルドは悔しそうに話を紡ぐ。凄い執念だ。


「計画とは何のことですか?」


「もういい。最期に教えてやろう。伝染病ラトは私が作った。人工的に天仙を作ろうとしたがそれも叶わなかったがな」


 何!? レオパルドが国に蔓延している伝染病ラトの黒幕? それで、魔力を奪う病なのか。この人はどれだけ悪事を重ねているんだ。ただ、もうお終いだ。


「ああ、最期だ。君達のね。僕のアネマラ、彼を殺して自害しろ」


 チリン


 レオパルドの切り離された腕から鈴がなる。どうやらそっちも動かせるらしい。それよりも、今の命令はやばい。どうしたらいい!? もうお終いだ。


「ニャゴおおおおおおおおおおおおお」


「!?」


 アネマラは苦しんでいるように見える。きっと抗っているのだろう。アネマラは一人で戦っている。諦めていない。僕も一緒に戦わなくては! 今さっき僕たちは未来を約束したばかりじゃないか。こんなところで終わってたまるもんか!


 考えろ。


 あの鈴は、恐らく薬物による酩酊状態の人のみを操れる。その証拠に毒物に強い耐性を持つ僕は一切操られていない。レオパルドも僕を操ろうとすらしていなかった。


 ならば、酩酊状態を治療したら解除される。


 推論だが今はこれを前提として考える他ない。彼の使った薬物は恐らく、依存性の強い、精神を混濁させる薬物だろう。しかし、困った。こういう類の物には解毒薬が存在しない。


 この類の薬物は強い快楽を生み、その後身体を蝕む。快楽は強い欲望を生み、理性が喪失していく。治療するには理論上、欲を抑えるか、理性を守る治療が必要だ。ただ、そんな薬は薬師の僕ですら知らない。どうしたらいい?


 僕のミズチの能力はあらゆる毒を生成する。毒と薬は表裏一体だ。未知の薬を作るには、これしか方法がない。一か八かだ。


 全部推論だ。机上の空論に過ぎない。アコネさんの治療の時に感じた薬師としての不甲斐なさも大事だ。しかし、僕がここでどうにかしないとアネマラは僕を殺し、自害させられてしまう。薬は効果とリスクとの天秤。僕は今から創薬を行う。


形転けいてん


 僕はミズチの姿に形を変える。ただこれだけでは無理だ。既知の毒しか作れない。もっと上の技、『獣戯じゅうぎ』を試す。


 あの時は、脱皮という進化をして失敗した。おそらく、マムシの『形転けいてん』はまだ未熟な姿だっただけ。ミズチが僕の本来の『形転』だ。『獣戯じゅうぎ』を扱う理論は間違っていないはず! 今やるしかない。


「ニャゴおおおおおおおおおおおおお」


 アネマラも悶え苦しんでいる。まるで僕たちが出会ったあの日のようだ。彼女は僕に光を与えてくれた。僕はまたアネマラに彩りのある世界を見せてあげたい。


「『獣戯じゅうぎ煌月彩華霧桃薬龍こうげつさいかむとうやくりゅう



「やっと起きたか。ケイ、ご苦労だったな」


 ま、眩しい。ンデラさんの魔法のホテルよりも豪華絢爛な建物の中。それにこの声。長い金髪に金色の瞳。凛々しく整った顔立ち。リコリス女王? 後ろにはミランドルフ様とブラザス様が立っている。ということはここは王宮の客室の中か。なんで? それよりも、アネマラはどこに行った?


 ガバッ


「リコリス女王様、お、お久しぶりです」


「ケイ、久しぶりだな。そんなに改まらなくてもいい。あの時みたいにリコリスさんと呼んでくれ」


 リコリス女王はにこっと僕に微笑みかける。


「女王様それは!」


「黙れ! 国を救った英雄だぞ! それに公の場ではない、別に構わないだろ」


 ミランドルフ様が諫めようとしたのを、リコリスさんは一括した。


「は、大変失礼いたしました。この場だけは仰せのままにしましょう」


「リコリスさん。僕を助けてくれたんですよね? もう一人、女の子はいませんでしたか?」


「ああ、仙女のことか。たしかに居た。ケイが帰還するのがあまりにも遅いので、心配で駆け付けたら、羨ま、いや何でもない。ケイと抱き合って倒れている女の子がな。今は別室で眠っている。命に別状はない」


 良かった。ということは、僕の治療は成功したのか? 僕はいつも肝心なところで意識を失いっぱなしだ。きっと、リコリス女王の完全回復魔法で治してくれたんだろう。


「リコリスさん。治療して頂き、ありがとうございます」


「治療? かすり傷程度なら治療してやったが、ケイらは全く問題なかった。どうやら、大変な薬を吸わされたらしいな。だが後遺症は一切ない。私の見立てだ信じろ」


 では、僕の『形転けいてん』による治療が成功したってことか。本当に良かった。それに、レオパルドの薬を吸ったのは何で知っているんだ?


「リコリスさん。薬を吸ったというのはどうして知っているんですか?」


「事情は全部、こいつに聞いた。体に聞いたから全てだ」


 ブラザス様の手には大きめの瓶が握られている。その中には何やら叫んでいる生首。レオパルドだ。この人、死んでなかったんだ。あの時、倒れたままだと危なかった。それよりも、体がないのに体に聞いたって、まあそういうことか。


「『四霊獣の秘方』の生薬も全て集めたらしいな。大手柄だ。ただ、『ホワイトマオタイガーの涙』がわからなかったが、どれだ? 早速、薬を作らせる」


「僕のカバンの薬瓶の中です。それに一緒にいた女の子がホワイトマオタイガーです」


「なんと、あの子がそうなのか?」


 バタン


「アネマラ?」


「ケイいいいいいい! 無事で良かったアルうううううううううううう!」


 アネマラが僕たちがいる部屋に飛び込んできた。涙や鼻水を豪快に流している。


「こら! 勝手に抜け出すな! じょ、女王様大変失礼しました。止めようしたのですが、思いのほか力が強くて」


「良い。この娘も国の英雄だ。ちゃんともてなすように。それとミランドルフ。器を持って来い! 今なら『ホワイトマオタイガーの涙』が取りたい放題だ」


 リコリスさんは相変わらずしたたかだ。いや、昔から合理的な考えの人だ。だからこそ、僕は女王様と一緒に旅をすることになった。


「ケイ、ごめんなさいアルううううう。私ケイに酷いことをしていたアルうううう」


 アネマラは僕に抱き付き号泣している。感動的なシーンだ。ただ、その横で一生懸命涙を集めようとするミランドルフ様とブラザス様がなんとも滑稽に見える。


「ふふふ」


「ケイ何笑っているアルカ!? 私は心配したアルヨおおおお。でも、そのケイの笑顔はとてもいいアル。もっと笑うアルヨおおお」


 アネマラは最早、号泣しているのか、笑っているのか、わからない。そんな彼女の顔が可笑しくて、僕もつい笑ってしまう。

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