第37話 甘美な誘惑②

「今の鈴の音、アネマラを操るのか?」


「君は鋭いね。宝貝ばおべい撲朔迷離鈴ぼくさくめいりりん』。僕の武具だよ」


 宝貝!? この人もしかして仙人なのか? いや、さっきの口ぶり。レオパルドは不老不死ではない。


「あなたは一体何者だ!?」


「僕かい? 君と一緒の仙人だ。ほら宝貝もあるだろ?」


「それならどうして、寿命を伸ばそうなんて。僕たちは不老不死のはずだ」


「君は無知だね。君たちのような『天仙てんせん』は非常に珍しい。通常、人間が至れるのは紛い物の仙人である『地仙ちせん』、あるいは僕のような蘇った仙人である『尸解仙しかいせん』のどちらかだよ」


 レオパルドは『尸解仙しかいせん』と言うことはウォルフさんやアコネさんと同じ。ただ、この人はあの二人と違って、生きた肉体を持っている。


「僕は『尸解仙しかいせん』の知り合いがいる。肉体は死んでいた。あなたはそれとは違う」


「そうだよ。その通り。『尸解仙しかいせん』は生きる死人。本来肉体は朽ちている。だから、『天仙てんせん』の命門めいもんが必要なんだよ。この娘の両親のようにね」


 アネマラの両親を!? アネマラと出会った日、昔は他にも仙人はいたと言っていた。この人のせいでアネマラの両親や他の仙人たちも!


「すいません。僕はあなたを許せないです」


 普段、怒らない僕でもこの人を許してはいけない。アネマラを悲しませた。そして、今まさに僕やアネマラの腎臓を抜こうとしている。


「それで、構わないよ。僕は君たちに用はない。用があるのは腎臓だけだ。お喋りはお終いだね。行け! 僕のアネマラ」


 チリン


「んへへへアル」


 アネマラがゆっくりと近づいて来る。アネマラは薬物により酩酊状態だ。


「アネマラあああああああああああああああ」


 僕はアネマラの名前を叫ぶが、目の焦点が合っていない。正気ではないみたいだ。完全に操られている。


「アイヤあああああアル!」


「うぐ」


 操られたアネマラは一瞬で間合いを詰め、お腹へ殴りを入れて来た。これは瞑想の修行の日にアネマラが僕に喰らわせたものと一緒だ。


 アネマラは本当に操られている。どうしよう、これは確かに一番まずい。僕はアネマラを攻撃できない。


「ははは、いいね。僕のアネマラ。僕が君の主人だよ。そこの仙人を痛ぶってくれ。腎臓は潰してくれるなよ」


 チリン


「『気砲きほう』アル」


 ドオオオオオオオオン


「うぐ。アネマラ……」


 これはまずい意識を持っていかれそうだ。アネマラと戦わなきゃ。でも、そんなこと無理だ。僕にはできない。


 もういい。他の誰でもないアネマラに殺されるなら本望だ。


 チリン


「『気砲きほう』アル」


 ドオオオオオオオオン


 は、外れた? いや、外したのか? アネマラは酩酊状態で操られている。だが、一瞬涙を流しているように見えた。


 僕が死んだらアネマラは悲しむかな? いや、何弱気になっているんだ。僕の悪い癖だ。ブラザス様にも謙遜過ぎると言われたばかり。


 僕はアネマラの恋人だ。僕が死んだら悲しむに決まっている。僕はアネマラに悲しい涙を流させないと誓ったばかりじゃないか。僕は本当に情けない男だよ。


「僕のアネマラ。勝負は早く決めようじゃないか。痛ぶるのは僕の趣味じゃないんでね」


 チリン


「『気砲きほう』アル」


 ドオオオオオオオオン


癒結ゆけつ


 僕はアネマラの『気砲』を腕で防ぎ、『癒結』で治した。治したと言っても、骨折が完全に完治しているわけじゃない。


 僕は自身の攻撃の選択肢を探る。


気砲きほう』を含む打撃技はアネマラには無理だ。動きが俊敏すぎて捉えられない。


 残るは『仙花鞭せんかべん』による攻撃、あるいは『形転けいてん』による攻撃。どちらも僕の毒を使うものだ。


 今は酩酊状態。睡眠系の毒は作用が薄くなってしまうだろう。やはり、今回も神経毒で麻痺を狙う作戦でいかせて貰おう。


縛麻撃ばくまげき


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 駄目だ。アネマラが素早過ぎる。敵対してみるとアネマラの強さが実感できる。まだ、乾坤剣けんこんけんと『獣戯じゅうぎ』を使ってない状態でも、この強さ。


「もう一度だ! 『縛麻撃』」


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 僕は呼吸を整える。仙人修行の時にアネマラに初めに教えて貰ったことだ。を練り、集中する。僕の『仙花鞭』はの強さで威力や速さが異なる。


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 バァン!


 やった。一撃だが当てることができた。アネマラは体が細身だ。すぐに神経毒が効いて来るだろう。麻痺して動けなくなるはずだ。


 チリン


「『気砲きほう』アル」


 ドオオオオオオオオン


「うぐ」


 う、動けてしまえるのか。体は麻痺しているはずだ。だが、『撲朔迷離鈴ぼくさくめいりりん』という鈴はその状態でも体を操るというのか。なんて残酷な宝貝だ。


 こうなったら、ミズチの姿で戦うしかない。


形転けいてん


 僕はミズチの姿に変身した。この姿なら『気砲』も大したダメージではない。


「おや、そんな姿にもなれるのですか?」


 レオパルドは僕のこの姿までは知らなかったようだ。


「君も龍になれるのですね。とても興味深い。だが、腎臓は貰うよ」


 チリン


「『気砲きほう』アル」


 ドオオオオオオオオン


 うん。これなら。大丈夫だ。それよりも、さっき。またアネマラが涙を流したように見えた。やはり気のせいではない。アネマラも操られながらも、少し意識があるのか?


「これは強そうですね。今のままではさすがに、僕のアネマラでも倒せそうにない」


 チリン


「仕方ない。本来は生きて捕えたかったけどね。死体から貰うとする」


「『獣戯じゅうぎ天地乾坤霊峰白猫てんちけんこんれいほうびゃくびょうアル」


 アネマラが白い蒸気で大きな虎を形作る。とても神々しい姿だ。美しい。だが、この姿のアネマラは無敵。僕は速度や威力を捉えることはできない。もはや、僕の運命もここまでか。


「アネマラあああああああああああああああ」


「とどめだ」


 チリン


 グサアアアアアアアアアアア!


 全身が八つ裂きとなった。

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