第34話 傲慢たる暴挙④

「とりあえず、これ以上の悪化を防ぐために応急処置を開始する」


 僕は鞄から、薬を取り出す。


「それは私が作った物アル。それが聞くアルカ?」


 アネマラは髪の毛を拾いながら言う。


「そうだよ。これがこの症状の処置に使える」


 そう言って、僕が出したのは『鎮魂丸』。アコネさんの治療に使った物だ。


「症状が全く違うアルガ、本当に効くアルカ?」


 アネマラは髪の毛を拾う手を止めて不思議そうに聞いてくる。


「そうだよ。症状は全く違うけど、根本は一緒だ。の暴走という観点から、同じ薬で大丈夫。実証済みだよ」


「実証済みアルカ?」


 アネマラは僕の事を訝しんだ目で見てくる。ダフネとの特訓で暴走する症状を抑制するためにこっそり使ったのだが、また毒味したと思われているのだろう。


 実際にこれが、アコネさんの治療の根拠になった。しかし、僕がいつも毒を試しているような目だ。まるで僕が変態みたいではないか。


 ……まあ、否定はできない。


「ごめんなさい」


 とりあえず、僕の体を気遣ってくれている事は無碍むげに出来ない。素直に謝る。


「わかればいいアル」


 アネマラは腕を組んで僕を見下ろす。


「とりあえず、アネマラは髪の毛を拾ってね」


「わ、わかっているアルヨ」


 アネマラはそそくさと髪の毛拾いに戻る。


 さてと、『マグナスフレイム』の四人とも今は気絶しているが、命の別状は無さそうだ。傷や火傷もあの膨大な魔力のおかげで、それほど重症ではない。


 洗浄して、簡単な傷薬を塗れば自然と治るだろう。ただ、この老いはどうにもならない。おそらく、魔力も大幅に減少しているだろう。魔力ドーピングというのは、それほど身体に負担がかかる事だ。これはどうにもならない。


 バタバタバタバタ


 僕たちがそうこうしている内に、四匹のドラゴンが僕たちの近近づいてきた。


「ケイ君。久しぶりだね」


「当時は世話になったな」


 ドラゴンの背中からは、甲冑を着た高身長の男性二人が僕に話しかけて来た。


「ミランドルフ様にブラザス様。お久しぶりです」


 お二人は僕が以前、リコリス女王が即位する前のパーティー『ヴァルキリア』でお世話になった龍騎魔導士である。『アクアドラゴンライダー』水魔導士序列二位のミランドルフ様と、『ストリームドラゴンライダー』風魔導士序列二位のブラザス様。


 二週間だけだったが、ドラゴンの背に乗せて貰って、東の島を周った。その時、『ブルーフードラゴンの逆鱗』を入手したのだ。彼らは現在、女王直属の護衛団として『ドラゴンウィザーズ』を率いている。


「行方不明と聞いた時は驚いたぞ。無事で何よりだ」


 ミランドルフ様が僕に言う。僕なんかを心配してくれたようだ。


「ご心配をおかけしたようで、申し訳ございません」


「全くだ。君の薬の知識は侮られがちだが、国の宝だからな」


 ブラザス様が僕に恐れ多い事を言う。


「そんな僕なんてまだまだ未熟者です。この前もヘマしかけたところです」


「ははは。君が未熟者なら、全ての回復魔導士が形無しだ。謙遜すぎるのも考えものだぞ」


 ミランドルフ様は笑いながら言う。僕を買ってくれているみたいだ。


「心得ておきます」


「それと、その後ろの隠れている少女は例の」


 アネマラは知らない人が集まって来たせいで、僕の後ろに隠れてしまっている。


「アネマラと言います。僕の師匠です」


「そうか。グラドックさんから色々と聞いている。大変だったな」


 ブラザス様は僕たちの事情を知っているようだ。と言う事は、エンバル達も。


「積もる話もあるが。それは今度だ。俺たちは殺人未遂犯の行方を追って来たが、もしかして、その後ろのがそうか?」


 ミランドルフ様が言うには、おそらくエンバル達を連行しに来たらしい。未遂という事はンデラさんとダフネは無事のようだ。リコリス女王の秘技があるから、大丈夫だろうとは思っていたが本当に良かった。


「はい。何故か、僕を殺そうとして来たので、アネマラと一緒に気絶させちゃいました」


円卓の魔導士ラウンデルズの四人を、急襲とは言え倒した相手だ。噂には聞いていたが本当に強くなったんだな」


「いえ、僕は特に何もしていないです」


「だから、謙遜すぎるのは良くないぞ」


 アネマラの方はともかく、僕が相手した二人はほぼ自滅だったからな。なんて、そんな馬鹿げたこと信じて貰えないか。


「それにこの髪は……」


「そ、それは全て僕の責任です」


 これに関しては弁明の余地がない。エンバル達はまた怒るだろうな。


「ま、まあいい。将来有望な若者と思っていたが、こんな奴らだったとは。女王様も彼らに君を預けた事は気に病んでいたぞ」


 リコリス女王が? そんな恐れ多い。


「まあまあ、ミラドルフ。話は王国に帰ってからだ。我らはこいつらを一刻も早く連行していかなればならない」


「そうだったな。済まないが君たちは歩いて帰れるかい? 今回は精鋭の四体しか連れて来ていないので、連行するので手一杯だ」


「そんな。滅相もない。僕たちは元から歩いて王国に戻る途中だったので、お気になさらないで下さい」


「それと最後に一つだけ。教会の奴らには注意するように。教会は王宮ですら干渉が困難な所だからな」


「はい。肝に銘じます」


「では、本当にさらばだ。また会おう」


 こうして、『マグナスフレイム』を連行した『ドラゴンウィザーズ』が去って行ってしまった。エンバル達はきっと重たい処分が言い渡されるだろう。


 四人ともあの頭で、充分報いを受けたと思うが。まあ、あれは身から出た錆だ。改心してくれることを願うばかりだ。


「ケイは一体何者アルカ?」


 僕と二人きりになって、漸くアネマラは口を開く。


「僕はただの田舎の薬師だよ」


「嘘アル。王国の宝って言われていたアルヨ」


 アネマラは僕の事を半目で睨んで来る。何故か涙目のようにも見えるがどうしたんだ?


「女王様たちが買い被り過ぎなんだよ。僕は薬師として当然のことをしたまでだ」


「そんなことないアル。薬に疎い私でもケイの凄さはわかるアルヨ」


 どうやらアネマラも僕のことを買い被るようだ。僕は実際それが至らずに、エンバル達から追放されたと言うのに。


「まあ、ケイらしいアル。これからも頼りにしてるアルヨ」


 アネマラは笑みを浮かべて僕に言う。僕はアネマラに頼ってばかりの弱い人間だ。だからこそ言わなければならないことがある。


「アネマラ。エンバル達に邪魔されてしまったけど、旅が終わった後、僕がどうしたいかについて聞いて欲しい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る