第28話 氷地獄③

 ブラックミンタートル。一万年生きていると言われる亀の霊獣。僕たちの前に突然現れた光の玉がそうらしい。


 僕たちに逃げろと告げたっきり、光は弱まり、忽然と姿を消した。


 いや、そんなことよりもアコネさんから逃げろって。アコネさんが一万年生きた霊獣の妻なのか?


「さ、さっきの何アルカ?」


 アネマラは怯えて僕の足にしがみついたままだ。


「アコネ君……」


「アコネどうしたのだ?」


 皆んながアコネさんの方を一斉に見る。


「アコネさん、苦しそうですけど大丈夫ですか?」


「み、皆さん。来ます。ヨ、ヨルムンガンドです!」


 アコネさんが突然苦しみながらそう言う。ただ、この氷の広間に体長十キロを超える蛇の姿も気配も一切ない。


「アコネ大丈夫アルカ? 蛇はいないアルヨ」


「……助けて」


 アコネさんは小さく呟いた。一体、何が起きている?


『ああああああああああああああああああ』


 アコネさんから、またドスの利いた声がし、叫んでいる。


「アコネ君、どうしたんだべ?」


「大丈夫なのだ?」


 パリンッ


「ひいいいなのだ」


 アコネさんの一番近くにいたダフネが悲鳴をあげる。


「ほ、骨だべ」


 仮面が割れたアコネさんの顔。皮膚がない。骸骨だ。


「ジャアアアアアアアアアアアアアア」


 アコネさんが雄叫びを上げる。服の内側がうねうねしだし、服を突き破った。そのまま、アコネさんの体は巨大化し、この辺り一帯を埋め尽くす。


 超巨大の蛇。体長は最早、どの程度大きいのか、わからない。超特級の魔獣ヨルムンガンドだ。


「アコネ君、霊獣だったべか? さ、サンドチャーチだべ!」


 ドドドド、ドゴオオオオオオン


 ンデラさんは早速、五堂の巨大な教会を地面から生やして攻撃する。しかし、生成する端からヨルムンガンドは破壊し尽くす。


「フォルムチェンジ・フェニックスフラマなのだ!」


「ピヨピヨ」


 ダフネも巨大な火の鳥に変身してヨルムンガンドに攻撃する。


 ボオオオオオオオ


 ダフネの赤色の炎にヨルムンガンドは包まれるが、黒炎で上書きする。あの黒炎、ビッグハンドを葬った炎だ。やはり、あの大蛇はアコネさんに間違いないらしい。


 ヨルムンガンドは苦しそうに暴れている。ただ、ンデラさんやダフネの攻撃ではなく。元から苦しんでいそうな様子だ。


「サンドパレスだべ!」


「ピヨピヨ」


 円卓の魔導士ラウンデルズの二人の怒涛の攻撃だが、大蛇はびくともしない。


 ドドドドドダアアアアアアアアン


 戦闘の衝撃により、辺りの氷柱も落ちる。しかし、ヨルムンガンドは、それをものともしていない。唯々、暴れ続けている。


「次は私が行くアル」


 僕の足にしがみついでいたアネマラがようやく立ち上がった。ヨルムンガンドの方へ行こうとする。


「待って、アネマラ!」


 僕はアネマラの腕を掴み、制止する。


「試したいことがある」


「ケイ、何アルカ?」


「一つ治療を試してみたい」


「ち、治療アルカ?」


 アネマラは不思議そうな顔で僕を見つめる。


「アコネさんは、大蛇になる前、助けてと言っていた」


「私も聞いたアル」


 やはり、僕の聞き間違えではなかったらしい。


「僕は助けたい」


「助けられるアルカ?」


「おそらく。だけど、薬の材料が必要だ」


「私はどうすればいいアルカ?」


 アネマラは僕の無茶振りに対して、迷うことなく受け入れてくれている。


「材料を揃える時間が欲しい」


「わかったアル。私が蛇を相手にすればいいアルネ」


「一番危険な役割だ。ごめん」


「任せるアル」


 アネマラは僕に微笑み返してくれる。その後、颯爽とヨルムンガンドの方に駆け寄って行った。


「ンデラさん! ダフネ! こっちに戻ってきて」


「何だべ?」


「ピヨピヨ」


 アネマラが乾坤剣けんこんけんでヨルムンガンドの注意を引きつけている間。二人とも僕の元へ駆けつけてくれた。


「僕はアコネさんを助けるための薬を作りたい」


「そんなことができるだべ?」


「どういうことなのだ?」


「詳しい話は後でします。ダフネは火でここら一帯を温めて地面の氷を溶かして欲しい。ンデラさんは野菜を育てて下さい。氷柱は僕が何とかします」


「野菜とは何の野菜だべ?」


「リリーバルブとウインターウイート、あとはアロマベジです」


「わかっただべ」


「任せるのだ」


 良かった! 二人とも僕の突拍子もない作戦に付き合ってくれる。


「フォルムチェンジ・フェニックスフラマなのだ!」


「ピヨピヨ」


 ダフネは炎で地面を温めて、辺り一面の氷を溶かす。


形転けいてん


 僕は体長二十メートル程の深緑色の雨龍であるミズチに変身した。


(「滂沱弾舞ぼうだだんぶ」)


 僕の周りに毒の雨雲を作り、無数の毒水を高速で飛ばし、落ちて来る氷柱を破壊する。


「地面の氷が溶けただべ。アグリカルチャーサンド!」


 地面に鍬を突き立て、ンデラさんの周辺の岩を砂に変え耕す。


「ハーベストベジタブル!」


 ンデラさんは手荷物の麻袋から種をバサっと撒き、呪文を唱える。すると、野菜がメキメキと育ち出した。いつもホテルでの御馳走に出てくる野菜を、用意する時に使っていた魔法だ!


「このぐらいでいいだべか?」


 ンデラさんは瞬く間に両手いっぱいの野菜を収穫した。


「はい! 充分です」


 僕はそう言うと、持っていたナイフを取り出す。


気砲きほう


 僕はナイフの刃を粉々にした。


「ダフネ、この鉄を黒くなるまで燃やしてもらっていい?」


「ピヨピヨ」


 ナイフは酸化により黒い砂となった。


「材料は揃った!」


 僕は球根の野菜であるリリーバルブを潰して溶けた氷の水と混ぜて生地を作る。そのまま、アロマベジの葉は砕いて練り込んだ。


「ダフネ、これを軽く炙って欲しい」


「ピヨピヨ」


 ウインターウイートの根は軽く炙って香りを引き立たせ、粉々にして生地に混ぜ込む。


 最後にナイフを焼いてできた砂も一緒に混ぜる。顔面サイズの球状に丸めて、丸薬の完成だ。ヨルムンガンドの大きさからこのぐらいの量でいいはず。


「ありがとうございます! 薬の完成です」


 ヨルムンガンドの方に目をやるとアネマラは『獣戯じゅうぎ』も使わずに、素早い動きと乾坤剣けんこんけんで攻撃を防ぎ切っている。


 ドゴオオオオオオオオオオン


 突如、ヨルムンガンドの長い尾にンデラさんとダフネが吹き飛ばされ、氷付けの岩に叩きつけられる。


「二人とも大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないのだ」


「しばらくは動けそうにないだべ」


 二人とも意識はあるようだ。それにしても円卓の魔導士ラウンデルズの二人を一撃で戦闘不能にするとは強すぎる。


「すいません。二人はここで休んでいてください。打撲の薬です。暫くしたら効いて来ると思います」


「すまないだべ」


 僕はンデラさんとダフネを壁際に連れて行き、打撲に利く丸薬を飲ませた。そして、僕は一人でヨルムンガンドの相手をさせていたアネマラの方に目を向けた。


 つ、強いし、美しい。まるで踊りを舞っているような闘い方だ。いや、今はアネマラに見惚れている場合じゃない!


「アネマラ! 薬が完成した。時間稼ぎありがとう」


「問題ないアルヨ! でも、これは疲れるアル。早く薬を与えるアルヨ」


「今行く! 『飛昇ひしょう』」


 僕は暴れているヨルムンガンドのもとへ近寄り、口の中に出来上がった丸薬を投げ入れる。

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