第27話 氷地獄②

「二組の恋人同士で冒険なんて素敵ですよね」


 僕たちは夕食を摂っている。アコネさんの唐突な言葉に、僕とアネマラは同時にコーヒーを吹いた。ダフネは構わずスノウアルミラージの肉を頬張っている横で、ンデラさんはニヤニヤしている。


「ぼ、僕たちは師匠と弟子の関係で、恋人ではありません」


 僕はアネマラにも失礼なのでキッパリと関係性を述べておく。


「あら? 違いましたか。私の勘はよく当たる方ですけど。お若い美男美女だから、つい勘違いしちゃいました」


「アコネは見所があるアルネ。気に入ったアル」


 アネマラは美女と言われて嬉しそうだ。道中はずっとアコネさんを警戒して話を全くしいなかったようだが、打ち解けてくれそうだ。


 ただ、訂正があるとしたらダフネ同様にアネマラもかなりの歳上だ。まあ、見た目は僕と同じ歳ぐらいだから仕方ない。


「アコネさんの御主人さんってどんな方ですか?」


「私たち夫婦になってもう長いので、普段はそんなに多くは語らないですけど、とても頼りがいのある主人です。些細なところで、いつも私を気に掛けてくれているんです。私が無茶をしそうになったら、そっと助けてくれて。だから、今回も私を真っ先に逃そうとしてくれたんだと思います」


 アコネさんがご主人のことがとても大事だとわかる言葉だ。安否のわからない御主人のことが心配なのがわかる。


「すいません。こんな時に軽率な質問でした。御主人さんを早く見付けましょう」


 僕はそんなことを軽々しく聞いてしまったことを恥じた。


「アコネはいいやつアル。私も探すの頑張るアルヨ」


 アネマラはアコネさんに気を許したようだ。最近のアネマラは、少しずつ人間関係を構築出来るようになっている。


「オラたちも手伝うだべ。ただ、コンディション悪い状態でこちらがやられたら、元も子もない。たらふく食べて、一休みしてから出発するべ」


 ンデラさんはギルド長なだけある。こんな状況でも合理的で的確な判断を下せる。


「んんんんんんんんんだ」


 ダフネはお肉を頬張り過ぎて最早何を言っているのか、わからない。



「すいません。あまりゆっくりできなかったですよね?」


「そんなことないアル」


 僕たちは三時間程の睡眠を取り、歩みを再開する。


「冒険者たるもの三時間も寝たら充分過ぎるぐらいだべ」


 ンデラさんは頼もし過ぎる発言だ。氷の洞窟の中で麦わら帽子と赤褌だけの格好の男から発せられた言葉だとは、とても思えない。


「むにゃむにゃなのだ」


 ンデラさんのイケメン過ぎる発言を否定するかの如く、ダフネはンデラさんに担がれて眠っている。ちなみに、ダフネと会って四ヶ月ほど経つのだが、かなり生活がだらしないようだ。


「では、先を急ぎましょう」


 僕たちは洞窟の奥に向かう。アイスヘルでは下級の魔獣を避けるロズマの香を焚く必要がない。あまりにも苛酷な環境なので、特級以上の魔物しか存在しないからだ。そもそも魔獣自体が少ない所だ。


「居ますね。こちらの気配を勘付かれているようです。気をつけて下さい」


 アコネさんが何かの気配を感じた。


「ブギイイイイイ!!」


「魔獣だべ。オラがやる! サンドパレスだべ!」


 魔獣が巨大な岩の影から突如襲いかかってきた。ンデラさんは暑い氷の下の地面から、先の尖った宮殿を造り出し攻撃する。


 バアアアアアン


 魔獣は大きな手でンデラさんの建てた宮殿を破壊する。


「こいつはビッグハンドだべ。超特級の希少種。運がないだべ」


 現れた魔獣は体長五十メートルもある、全身白くて長い毛に覆われた巨大な手を持つ猿型の魔獣。


「『獣戯じゅうぎ』天地、」

「フォルムチェンジ、」


「ちょっと待って下さい。皆さんはここで力を温存して下さい! この程度なら私一人で大丈夫なはずです」


 僕たちの総攻撃をアコネさんが制止する。ビッグハンドは超特級の魔獣。例え、プラチナクラスの魔導士でも一人で勝てる相手ではない。


「そんな無茶です!」


「構いません。皆さんはヨルムンガンドに向けて力を蓄えて下さい」


 アコネさんは勇ましく言う。ただ、そんな実力があるのならプラチナクラスで名を馳せるはず。何か秘策があるのだろうか?


「ニブルスピア」


 そう言って右手に大きな氷の槍を作る。


 ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、


「ブギイイイイイ!!」


 ドドドドド、ドゴオオオオオオン


 大量の氷柱を落としながらビッグハンドは、僕たちに襲いかかって来る。


「ニブルへイム」


 アコネさんは地面に槍を突き刺し唱えると、前方に氷の波が作り出し、ビッグハンドの手足を凍らせ、地面に縛り付ける。


「ブギイイイイイ!!」


 ビッグハンドは言葉の通り、手も足も出ないようだ。


 ダダダダダ、


 アコネさんはビッグハンドに駆け寄る


「ニブルスピアああああ!」


 バ、バリイイイイイイン


 ビッグハンドは自身の手足の先を犠牲に氷から抜け、攻撃を避けた。


「ブ、ブ、ブ、ブギイイイイイイイイイ!!」


 ビッグハンドは激怒しているようだ。手足の先は凍っており出血はそこまでない。まだ、戦う気満々と言ったところだ。


「アコネえええ、もういいアル。あとは私が始末するアルヨ」


「大丈夫です。もうすぐ終わります」


 アネマラの心配をよそに、アコネさんは、なおも食い下がる。


 ブギイイイイイイイイイ!!


 ビッグハンドは、失った手足の先なんかお構いなしに、猛スピードでアコネさんに襲いかかる。


「……」


 アコネさんは何か呟いた。それに何かアコネさんに違和感がある。


『ムスプルへイム』


 アコネさんはドスの効いた声で唱える。アコネさんは一体どうしたんだ?


 ブ、ブギイイイイイイイイイ!!


 ビッグハンドは突如として黒炎に包まれ、やがては灰すらも残さず朽ちて行った。しかし、不思議なことに豪炎にも関わらず、辺りの氷はそのまま残っていた。


「アコネさん。大丈夫ですか?」


 僕たちはアコネさんの違和感に気付き、駆け寄る。アコネさんは黒炎を放ったあと、その場にぼーっと立ち尽くしている。


「アコネ、大丈夫アルカ?」

「アコネ君、君さっきの?」


 アネマラとンデラさんが一斉に声をかける。


「あれ? 私また何かしでかしちゃいました?」


「記憶がないんですか?」


「ちょっとの間、意識を失っちゃっていました」


 どうやら本当に気を失ってしまったらしい


「アコネ大丈夫なのだ? まるで以前のケイみたいなのだ。妾が治療してもいいのだ」


「い、いや、それは最終手段だ」


 ダフネが心配して治療を提案するが、それは最終手段だ。ダフネの治療には死の恐怖と痛みを伴う。あれは易々と使っていいものではない。横にいるンデラさんの悲壮な面持ちがそれを物語る。


「大丈夫です。たまに、なるんですよね。まるで他の人が乗り移ったような感覚です。ほんの少しですし、強いのでいいんですけど」


 ……その話、何かで聞いたことがあるような。


「それにしても、アコネは強いのだ。アネマラやケイ並みかもしれないのだ」


「オラのサンドパレスでも倒れなかった相手だべ」


 そうアコネさんは確かに強過ぎる。円卓の魔導士ラウンデルズの二人よりも強いと思う。それに僕はともかく、アネマラにも匹敵しそうだ。本当に何者だ?


『君達』


 僕たちの前に突如喋る光の玉が現れた。


「お、お化けアルううううう」


 アネマラは腰を抜かして、僕の足にしがみ付く。


『儂はウォルフ・ポリアトラクチロン。ブラックミンタートルと呼ばれとる』


 何!? 僕たちの探しているブラックミンタートルだと。しかし、この光はなんだ? 光は徐々にぼんやりして消えそうだ。


『単刀直入に言う。儂の妻、アコネ・ポリアトラクチロンから逃げるのじゃ』

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