第23話 燃焼鳥④

「わかったアルヨ。覚悟するアル。羽をむしり取れば勝ちアルカ?」


 アネマラが指を鳴らしながら、ダフネに言い寄る。アネマラさん、こ、怖いです。


「だ、だめなのだ! お主はそこにいるのだ!」


 ダフネは慌てたそぶりで怯えている。本当に僕が倒れている間に何が起きたんだ?


「あの、僕じゃないといけないってことですか?」


「そうなのだ。ンデラでもいいが、この女はだめなのだ」


 どうやら、羽をくれる条件というのが僕かンデラさんがダフネを倒すことらしい。


「僕、ンデラさんより弱いと思いますけど」


「構わないのだ。強くなって、妾を倒せば羽をくれてやるのだ」


 よくわからないが、僕がやるしかなさそうだ。でも、あの強いンデラさんですら倒せない相手。僕なんか足元に及びもしないだろう。


「け、検討を祈る。本当に申し訳ないだべ」


 ンデラさんが非常に震えた口調で言っている。それほど、ダフネが強いのか? 見た感じでは、普通の幼い少女って感じだが。


「早速、やるのだ」


「はい。行きます!」


「フォルムチェンジ・フェニックスフラマなのだ!」


 ダフネはそう言うと、最初に会った赤い小鳥になった。


「ピヨピヨ」


 小鳥がさえずると、全身を赤い炎で包まれ、体長が五メートルはある猛々しい炎の鳥となる。神秘的な美しさだ。


 そして、その炎を纏う様式はアネマラの『獣戯じゅうぎ』とそっくりだ。四霊獣は全部そうなのか?


「僕も行きますね。宝貝ばおべい仙花鞭せんかべん』」


 ダフネは炎を纏っているため、ボルケーノドラゴンのように植物系の毒は無効だろう。ならば、今回は鉱物系の毒、ヒ鉄を使わせて貰おう。


 ヒ鉄の通称は「愚者の黄金フールズゴールド」。外見は黄金と全く同じだが、熱や刺激を与えると猛毒のガスを発生する鉱物。華美な見た目に惑わされて、内面を疎かにすることの愚かさを体現する。まるで存在そのものが神託のようだ。


「ケイ! 顔が気持ちアルヨ! 油断したら駄目アル」


 はっ! アネマラの叫びで僕は我に返り、顔に力を込める。危ない、戦闘中に完全に油断していた。


飛昇ひしょう、続けて、砒雲撃ひうんげき


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 バババババ、バン!


「ピヨピヨ」


 ダフネは僕の鞭撃を浴びても意に介さないような顔をしている。完全回復効果のある炎みたいだから状態異常は期待できないか? それにしても、なんとも締まらない鳴き声だ!


「ピヨピヨ」


 ダフネが可愛いく、さえずりながら突進してくる。くそ。調子が狂う。避けられない。


 ボアアオオオオオン


 直撃は避けられたが、左手が燃えてしまった。この炎消えない。熱い! このまま、炎に飲み込まれそうだ。『癒結ゆけつ』が追いつかない。手がないマムシなら消えてくれるか?


形転けいてん……』




「ケイ、起きるアル! ケイ!」


 アネマラの声がする。僕はまた気を失ったのだろうか? 体が軽い。また、ダフネの炎で仮死状態から再生したのだろう。


「アネマラ。僕は大丈夫だよ」


 アネマラがまた泣きながら抱きついてくる。また、心配かけてしまったな。それよりも、また一層と遺跡の中がめちゃくちゃだ。


「お、起きたのだ?」


 ダフネがまた怯えながら、僕に話かけてくる。きっと、僕が倒れた後に、また怒ったアネマラと戦闘したのだろう。助けてくれたのに悪いことをしたな。


「うん。また助けてくれたの? ありがとう。この状況はやっぱり、君たちがやったの? ごめんね。僕のせいで迷惑をかけて」


「は、半分は私がやったのだ」


「わかっている。また、アネマラにやられたんだろ?」


 まるで先程と同じことの繰り返しだ。アネマラも僕を心配してくれるのはありがたいが、何もここまで怒らなくても。


「ち、違うのだ。半分はお主がやったのだ、さっきの何はなのだ?」


「え? 僕が?」


 思ってもいない反応だった。僕は『形転けいてん』をしてからの記憶がない。何かをしでかしてしまったらしい。


「私はもう怒ってないアル。この小鳥はケイを抑え込もうとしていたアルヨ」


 アネマラは涙を拭きながら話す。疑って悪いことを言った。それならば、ダフネが怯えている対象は僕ってことなのか?


「アネマラ、疑ってごめん。僕、『形転けいてん』してからの記憶がないんだ。何が起きたか教えてくれないか?」


「ケイは脱皮して進化したアル」


 脱皮? 進化? 言っていることがわからないが、そういえば、ダフネに会う直前にも脱皮という単語を使っていた。『獣戯じゅうぎ』を使ったってことか?


「進化ってどういうこと? 僕は『獣戯じゅうぎ』を使えていたってこと?」


「違うアル。大きな蛇になったアル」


「あ、あれは蛇なんかじゃないのだ」


 大きな蛇? 蛇じゃない? どういうことだ? 僕の『形転けいてん』はマムシ。体長は一メートルほどだ。


「あれは、おそらくミズチだべ」


 ンデラさんが話を切り出す。というか、余りの状況に、この存在感の塊を完全に忘れていた。


「ミズチって何ですか?」


「伝説の魔獣で、水を操る龍の一種だべ」


 龍に? 僕が?


「一説には泥水で育ったマムシが長い年月を経て進化した姿と言われるだべ」


「どうしてそれを知っているんですか?」


「オラの村の伝承だべ」


 僕はンデラさんの言う、ミズチと呼ばれる龍に成れるようになったらしい。ただ、全く記憶がないから暴走したのだろう。


「それで、僕はダフネに勝ったんですか?」


「ま、まだ私の方が上なのだ」


 それはそうか。アネマラもダフネが僕を抑え込んだと言っていたから、僕はまだ彼女に勝ててないってことになる。


「じゃあ、羽はまだ無理か」


「妾に勝てるまで、何度でも挑戦するのだ。ンデラは五年も懲りずに妾に挑戦して来ているのだ」


「ンデラさん、そんなに前から」


「結局勝ててないだべ」


 やはり、ダフネはかなり強い。


「そうなのだ。余りにも諦めが悪いから、妾が赤褌を授けたのだ!」


「な、なんでアルカ!?」


 そ、そうだ! この娘は何て余計な事をしでかしてくれたんだ!


「衣服は自然のエネルギーの取り込みを妨害するのだ。修行なのだ」


 ンデラさんの格好にそんな秘密が!? 良かった。理由もなく、その格好だったら、ただの変態じゃないか。


「ケイはその変態な格好しないアル!」


 アネマラが突如割り込んだ。それはそうだ。その理屈だと、自然のエネルギーだけを扱う僕は赤褌を履かないといけない。それは嫌だ。


「仙人は別にいいのだ。魔力を持つ者が自然のエネルギーの一部でも扱うと言うことは、それだけ繊細なことなのだ」


「良かったアル。ケイが変態になるところだったアル」


 アネマラは安堵の表情で言う。ただ、今では変態という言葉も、ンデラさんに対して不憫としか言いようがない。


「じゃあ、これから僕は勝つまで、ダフネに挑めばいいんだね?」


「そうなのだ! 勝つまで一日一殺してやるのだ!」


「一日一殺!?」


 確かに、よくよく考えればダフネの炎は一回仮死状態にしてから、再生する力。僕はこれから毎日殺されるってことか? むしろ、ンデラさんは五年間挑み続けたってことは、五年間殺されているってこと? どうりで、規格外の強さとメンタルを持っている訳だ。


「そんな回りくどいことしなくてもいいアル。私がそこの小鳥の羽を引き裂けばいいだけアルヨ」


 アネマラが怒気を帯びた声で指を鳴らしながら、ダフネに言い寄る。


「ひっ! なのだ」


 ダフネは完全にアネマラに怯えている。


「アネマラ。僕からも頼む。『形転けいてん』する度に暴走していたら、みんなに迷惑がかかる」


「そ、それもそうアルネ。ケイが言うならそうするアル。ただし、ケイがもし起きて来なかったらどうなるかわかっているアルカ?」


「ひっ! なのだ」


「アネマラ」


「ごめんアル」


 こうして、僕はこれから百日間、苛酷な日々を過ごすこととなり、ついに羽を手に入れた。ついでに、ンデラさんも毎日ダフネに挑んだのは言うまでもない。

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