第20話 燃焼鳥①

 僕たちはンデラさんの魔法のホテルに入る。まずはホテルのロビー。もちろん、受付も従業員もいないのだが、細部まで凝った造りをしている。


「さあ、こちらだべ」


 ンデラさんに案内されるがまま階段を登り、レストランらしき部屋の中に入る。こんな高級なホテルにもちろん宿泊したことないのだが、実物もこれに近いのであろう。そう思わせるほど細部の装飾まで豪華だ。


「有り合わせで良ければ、僕がお食事を用意しましょうか?」


「いや、師匠たちはお客さんだ。先に席にかけるといいだべ」


「ンデラさん。師匠って?」


「私の弟子はケイ一人だけアルヨ」


「まあ、その話は後だべ。二人はここでゆっくりしておくだ」


 そういって、ンデラさんは遺跡内の水晶を削ったグラスを、僕たちの前のテーブルに置く。麻袋からボトルを一本取り出し、グラスに注いだ。


「お酒にしておきたけど、ここは戦場だ。ジュースで我慢して欲しいだべ。あと、料理を用意して来るから、ちょっとここで待っとくだべ」


 そう言ってンデラさんは部屋から出て行った。二人にしては広すぎるレストランでアネマラと一緒に取り残された。


「魔獣だらけのところだけど、せっかくだし。いただこうか」


「なんか癪あるが凄い所アル。毒はないアルカ?」


「嗅いでみたけど、全く問題ないよ」


 まあ、ンデラさんには失礼だが怪しいって言うのは仕方がない。特に服装で。しかし、ンデラさんは服装以外はしっかりした人だと僕は思う。


「乾杯!」


「乾杯アル」


「ンデラさんの魔法ってすごいよね。こんな立派な建物を創るなんて」


「確かにすごいアルガ、あいつは変態アル。私はそれが嫌アルヨ」


 アネマラはやっぱりンデラさんのことはよく思っていない。元々、人間嫌いな性格をしている上に、あの服装だ。仕方ないと思う。ただ、仲良くなれとまでは言わないが、少しは打ち解けて欲しいと願うばかりだ。


「そういえば、アネマラがドラゴンを戦っていた時に、乾坤剣で深い傷を負わせていたけどあれはどうやったの?」


「あれは乾坤剣の力アル。見えない刃出るアルヨ」


 どうりで。あんな短い剣では、ドラゴンの厚い皮膚に傷を負わせたり、黒炎の攻撃を防いだりできないと思っていた。


「それに、アネマラの『獣戯じゅうぎ』すごかったよね。僕も早くアネマラみたいになりたいよ」


「ケイは天才アル。見たことない速さで成長しているアルヨ。すぐに『獣戯』も使えるアル」


「だといいけどね」


 アネマラがお世辞を言ってくれる。仙人の成長の相場がよくわからないが、あのレベルになるには何十年、何百年かかるだろうことはわかる。


「二人ともご飯にするだべ!」


 しばらく、アネマラと話し込んでいると、ンデラさんが戻って来た。両手にはクロッシュで覆われた皿を持っている。


「さあ、召し上がるだべ」


 ンデラさんが僕たちの前に、お皿をサーブして、クロッシュを開ける。


「すごい! こんなところで、なんて豪華な料理だ」


 出て来たのは、ステーキに、野菜がたっぷりのパスタ。スープにも野菜がふんだんに使われている。デザートにイチゴのケーキまで用意する徹底ぶりだ。


 野菜がたくさんあるので少し身構えたが、奇跡的にオニオの実、ガリクの葉などアネマラに毒なものはなさそうだ。アネマラがまた死にかけでもしたら大変だ。あとでンデラさんにアネマラが食べられない物のリストを渡しておこう。


「たんと食べるだべ」


「はい。いただきます」


 僕はンデラさんのご馳走を食べようとするが、アネマラが食べようとしないので気にかける。


「アネマラは食べないの?」


「食事は私の仕事だったアル」


 アネマラがボソッと言う。そういえば、僕は彼女と出会って以来、食事と言えば用意してくれた桃やすももなどの果物を食べていた。僕が料理をすると言っても、何故か頑なにさせてくれなかった。


「せっかくだから食べようよ」


「はいアル」


 アネマラは少し不機嫌そうだ。ドラゴンと戦ったばかりで疲れているのだろうか?


「オラが師匠たちに丹精込めて作った料理だ。美男美女にはやっぱり、ご馳走が似合うだべ」


「アネマラはともかく、僕はそんな美男とかじゃないですよ」


 ンデラさんのわざとらしい褒め言葉に浮き足立つが、僕はただの田舎者だ。こんな豪華な食事が似合うような男ではない。ましてや、顔は超絶イケメンのンデラさんに言われてしまうと、なんとなく惨めな気持ちになる。


「そんな謙遜することないだべ。はたから見たら、どう見てもお似合いのカップルだべ」


「へ、変態も意外とわかるやつアルネ。気に入ったアル」


「恐縮だべ」


 アネマラは自分を美女と褒めてくれたことに喜んでいるのだろうか? 急に態度を一変させた。まあ、願ってもないことだ。それにしても、ンデラさんは自分が変態と言われても全く動じていない。この人の器のデカさを伺える。


「いただきますアル」


 ようやく、僕たちはンデラさんのご馳走を食べ始める。


「おいしい!」

「おいしいアル」


 ステーキは絶妙な焼き加減で肉の旨みを活かしている。それに、果物をベースとしたソースだろうか? 肉の濃厚な油をスッキリさせ、旨味を倍増させる。

 

 パスタやスープも絶品だ。ふんだんに使われた野菜の彩りが眼福を得る。種々多様な旨味や甘味が複雑に絡み、僕ね舌を喜ばせている。


「ンデラさん。この野菜やお肉ってどうしたんですか?」


「これだべか? 野菜はさっきそこで育てただべ」


 育てた? こんな岩だらけの遺跡の中で?


「育てたってどういうことですか?」


「そのままの意味だべ。そこに畑を作って育てた。オラの土魔法で畑を作り、野菜の成長を促しただけだべ」


「そ、そんなことが! 土魔法を使う人は何人か見て来ましたけど、ンデラさんの魔法は何というか規格外ですね」


 ンデラさんと喋っていると、魔法の常識がどんどん覆っていきそうだ。土魔法で野菜を育て、あんな短時間で収穫できるとは。僕がアネマラと修行している間にギルド長になったみたいだが、それまで名前を聞いたことがない。今までどこにいたのだろうか?


「二人には折り入ってのお願いがあるだべ」


 しばらく、ご馳走に舌鼓を打っていると、ンデラさんが急に改まり、僕たちに言う。


「なんでしょうか?」


「弟子にして欲しいだべ」


「無理アル」


 アネマラは即答した。まあ、アネマラがンデラさんをよく思っていないのもあるが、僕たちとンデラさんとでは、力の体系が異なる。師匠に成り得ようがない。


「ンデラさんすいません。僕たちの力は魔法のようであって、魔法じゃないんです。なので、教えられることがないと思いますが?」


「分かっているだべ。それでも構わない」


 この人の目的は何だろうか? 魔導士としては若くして大成している。実際、この王国における土魔導士で一番だ。


「私は嫌アル。料理は美味しいアルガ、これとそれでは話が別アル」


「何か、事情がありそうなのでこの遺跡を出た後にでも話しませんか? まずは、この探索クエストで、お互いをもっと知った方がいいかと」


「それもそうだべな。検討してくれるっと助かるだべ」


 とりあえず、今回の件は一旦保留にしておいた。どうにかしてあげたくはあるが、アネマラと上手くやって貰わないと話にならない。


「お肉は何アルカ? 柔らかくて美味しいアル」


「それはさっき倒したやつだべ」


 さっき倒したと言えば、インフェルノボルケーノドラゴンの肉か。アネマラが八つ裂きした物だ。ドラゴンの肉って硬いイメージがあったけど、これは調理法によるものか、すごく柔らかい。噛んだ瞬間口の中で液体になるような食感だ。


「ドラゴンの肉ってこんなに柔らかくなるんですね! 僕こんなに柔らかいお肉初めて食べました」


「ドラゴン? 何言っているだべ。これはレッドコックローチのお肉だべ」


「「ぶうううううううううっ!」」


「な、なんてものを食べさせるアル!」

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