第17話 火山遺跡③

「今日はなんて素晴らしい日だべ。こんな素敵なパーティーと巡り合えるなんて。オラは幸せ者だ」


 さっきから、ンデラさんはこんなことばっかり言っている。


「はい。そうですね」


 僕はとりあえず、適当に相槌を打つがアネマラはションボリしている。この二人が分かち合うことはないのかもしれない。


 いや、待てよ。僕は逆にンデラさんにきちんとした服を着てもらえるようにしたらいいじゃないか。


 この人は顔もスタイルも抜群にいい。この赤褌の服装だけでも直せば、なんとかマシになるかもしれない。そうしたら、変態度が一気に下がり、まともに見える。


「ンデラさんってなんで、その赤褌なんですか? もしよければ僕の替えの服を譲りますが」


「ケイ君は優しい人だべ。その気持ちだけでも受け取って置こう。ありがとうだべ」


 丁重に断られてしまった。


「あの。失礼なことを伺いますが、なんでその恰好なんですか?」


「これのことだべ? これには深い大人の事情があるだべ」


 ふ、深い大人の事情!? 赤褌になることに対して深い事情があるとは思ってもいなかったので、僕はあっけにとられてしまう。


「おらの魔法を見てなんか感じたことはあるだべ?」


 感じたこと? あのバカでかい城を作った魔法。思うところはたくさんある。


「僕はプラチナクラスの魔導士の人をたくさん知っています。だけど、ンデラさんの魔法はどの人よりも威力や範囲が桁違いに大きい。これに関係しているってことですか?」


「そうだ、その通りだべ」


 な、なんだと……あの格好に、あの巨大な魔法の秘密が。


「詳しく教えて下さい」


「ケイ君も履いてみたらわかるだべ」


「駄目アルうううううう! ケイを変態にしては駄目アルうううううう!」


 アネマラが酷く動揺している。僕はほんの一瞬、赤褌を履くことに心が揺れてしまったが、アネマラの言葉で目が覚めた。あれはダメだ。いろんな物を捨ててしまっている。


 そして、違うんだ。僕は魔導士じゃない。魔力がない。だから、ンデラさんと同じことをしても強くなりっこない。僕は仙人だ。これからもアネマラに師事する。


「ンデラさん。すいません。僕の師匠はアネマラなのでその恰好はできません」


「そうか。わかっただべ。また、興味があればいつでも言うだべ」


「嫌アルうううううう!」


 カサカサカサカサカサ


「何だ?」


 アネマラの絶叫ん呼応したのが、急に周囲が騒がしくなってきた。


 カサカサカサカサカサ


「これは奴らが来るだべ」


「奴ら?」


「このボルケーノ遺跡に巣食う悪魔だべ」


「あ、悪魔!?」


 ンデラさんが言う悪魔とは何なのか? 僕は迫ってくる何かに身構える。


「見えてきただべ」


 カサカサカサカサカサ


「い、嫌アルうううううう!」


 穴の奥から出てきたのは身の丈ほどある赤い魔獣。火を噴く巨大ゴキブリ、レッドコックローチだ。レッドコックローチは上級の魔獣だが、数が多い。百匹、いや二百匹はいるか?


「私、ゴキブリだけは駄目アル。……訂正アル。変態も駄目アルヨ」


 アネマラが腰を抜かして、僕の足に縋り付く。今回はアネマラの力を期待できそうにない。数は多いが、ンデラさんと一緒にやる!


「ンデラさん。僕は右から来るやつを払います。左をお願いします」


「承知だべ。検討を祈るべ」


 そう言って、ンデラさんは地面の岩に鍬を当てる。すると、岩が柔らかくなりそこに潜って行った。さっき、ロックリザード踏みつぶされたように見えたのはこれだったのか。ンデラさんの魔法は本当に驚嘆させられる。


「では、僕もやるか!」


 貝宝ばおべい仙花鞭せんかべん』。今回は虫型の魔獣のため、いつも使っている毒では効かない。今回は『バグマム』の毒を付与させてもらう。


 因みに、『バグマム』は別名「殺虫菊」。太陽の光を浴びて輝く金色の花から放たれる濃厚な芳香。この甘い香りは人々に安らぎを与え、生活を彩る。しかし、虫たちにとっては死神の誘惑に等しいもの。人成らざるものへ贈る安寧と死。これも植物の神秘だ。ああ、なんて美しい。


「ケイ、私ゴキブリ無理アル。ど、どうしたアルカ!? また気持ち悪い顔しているアル!」


 アネマラが僕の足にしがみついたまま、涙を流して言う。僕は毒の魅力を噛み締めつつ、表情筋に力を込め直す。


菊芳撃きっぽうげき


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 ドドドドドドドドドド、ドン!


 僕は毒の鞭撃でレッドコックローチを次々に屠る。しかし、四分の一ぐらいは倒れなかった。おそらく、レッドコックローチが吹く火によって毒の成分が減弱してしまったためだろう。


 困った。毒が効かない場合、僕の攻撃手段は『気砲』のみになる。僕はアネマラのように遠距離から当てられないため、一匹ずつ触れて攻撃する必要があるが、何せ数が多い。


 僕の足元のアネマラにも危険が及ぶ。かと言って、他の僕が持って来ている毒は、虫の生態的構造上、効かない。どうしたものか?


 そうだ! あれを使えばいいじゃないか! 僕は鞄の中から葉っぱを取り出す。


 アネマラを落ち着かせるのに使った「エスティージョン」の葉だ。この葉っぱの成分は他の薬のあらゆる毒性を増大させるため、基本的には単独で用いられる。今回は逆に毒の作用を増大させる目的で併用させて貰おう!


菊芳撃・改きっぽうげき・かい


 ビュン、ビュン、ビュン、ビュン、ビュン


 ドドドドドドドドドド、ドン!


「やったアル! ケイ、よくやったアルヨ!」


 アネマラはまだ僕の足にしがみ付いたまま喜んでいる。こっち側のレッドコックローチの駆除は済んだ。ンデラさんは大丈夫だろうか? 僕はンデラさんが行った方に目を向ける。


「な!?」


 砂の城やら、寺院が建っている。さっきの攻撃を見た限り、ンデラさんの戦った跡に違いない。ンデラさんが見当たらないがどこに行ったのだろうか?


「ケイ、これはチャンスアル! 先を急ぐアルヨ」


 アネマラはこの機を逃すまいと、先を急ごうとする。仕方ないのでとりあえず、僕も仙花鞭を片付ける。それにしても、すごい数のレッドコックローチだ。群れを作る習性ではあるが、ここまでたくさんのレッドコックローチは見たことがない。


「まずいだべ」


 突如、どこからかンデラさんの声が聞こえた。


「生首アルうううううう!」


 ンデラさんの首がここに転がっている! まさか!? やられたのか?


「驚かしてすまんだべ」


 ンデラさんは、地面からニョキニョキと浮き出る。仁王立ちした姿で現れた。あの地面を泳ぐような魔法でも使っていたのだろう。


「そんなことよりも、まずいだべ。さっきの虫は逃げて来ただべ」


 逃げて来た? 先ほど感じた数の違和感はそのためか。


「それで、何から逃げて来たんですか?」


「超特級の魔獣、ボルケーノドラゴンだべ」

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