第15話 火山遺跡①

「ああ。雲一つない、いい天気だべ。いや〜、昨日はギルドのみんなに泣きながら送って貰ったな。しばらく、寂しくなるべ」


 爽やかな朝だ。ンデラさんはこの朝日に負けないほど爽やかな笑顔を振りまく。麦わら帽子に、首にタオルを巻き、右手に鍬を携え、左手に麻袋を持つ。服装はもちろん、赤褌のみだ。


「泣いて喜んでたアル」


「しっ。言っちゃ悪いよ」


 アネマラがボソッと呟いた。ンデラさんには聞こえていなかったようだ。白い歯をこれでもかと輝かせて、僕たちに微笑みかけている。


 昨日、僕たちはさすがにギルド長を連れて行くわけにはいけないとギルドの各所に事情を告げた。そしたら、帰ってきた言葉が、「是非」、「ありがとう」、「頼んだ」だった。


 しまいには、僕たちを蔑んでいたクロムさん達まで「今まで誤解していた。君たちは何ていい奴なんだ」と言ってくる。グラドックさんからも「ギルドのことは気にしなくていい。思う存分行ってくれ。長くなってもいいぞ!」と返された。


「オラたち『毒猫ドゥーマオ』の清々しい門出だべ。張り切って行くべ」


毒猫ドゥーマオ』は僕たちのパーティー名だ。これを決めるのにも一悶着があった。


 ――昨日の夕方、ギルドの食堂にて


「パーティーを組むなら、名前が必要だぺ。何か素敵な名前を付けるべ」


「なんでもいいアル」


 アネマラは全てを諦めたのか投げ槍な返答をする。


「そうか。では、オラが素敵な名前を考える。んー『サンシャインレッド』とかどうだべ?」


「うん、そのパーティー名すごくい、」


 僕はもう少しで重大な過ちを犯す所だった。


 サンシャイン。……麦わら帽子。


 レッド。……赤褌。


「だ、ダメ、アルううううう! それはだけはいけないアルヨおおおおお! 私が考えるアルううううう!」


 アネマラはかつて見たことないほどに発狂していた。そうして、アネマラが考えたのが、僕とアネマラの特徴に由来した『毒猫ドゥーマオ』というパーティー名だ。ンデラさんの要素を排除したいというアネマラの願いが込められている。



「それにしても、君たちは目の下にくっきりとくまを作ってどうしたんだ? 冒険前はしっかり寝るのが基本だべ」


「はい、二人で修行していました」


 僕はまだ眠たい目を擦りながら答える。


「なんと。その強さで、まだ上を目指しているべか。感心だべ」


 そう。僕たちは昨晩徹夜で修行をしていた。その甲斐もあり、新技『伝心でんしん』を身につけていた。これには訳がある。


 ――昨晩、ギルドの宿舎にて


「こんな綺麗な宿舎に泊まらせてくれて助かったね」


 ンデラさんは僕たちにギルドのお客様用の宿舎を貸してくれた。一部屋しか空いてなかったのでアネマラと一緒だった。まあ、洞穴で一年間ずっと一緒だったから、お互いそこに違和感はない。


「嫌アル。嫌アル。嫌アル……」


「あ、アネマラさん!?」


「変態アル。変態アル。変態アル……」


「アネマラ! しっかりして!」


「はっ! ケイ、私嫌アル。ケイと二人が良かったアルヨ」


 アネマラはンデラさんとの同行に錯乱しているようだ。僕にすがるように言ってくる。


「アネマラ。仕方ないよ。僕たちが許可証を貰うにはあの方法しかなかった。それに、ああ見えてもンデラさんは最強の魔導士の一人だ。……たぶん」


「ケイ。今から特訓アル!」


「と、突然どうしたんだ?」


「『伝心でんしん』を修得するアル」


伝心でんしん』というのは、言葉を使わずに会話する技だった。で言葉を飛ばし、それを聞き取る。送る側と受け取る側の、波長を合わせるのが肝であり、高度なテクニックとのことだった。


「それを修得してどうするの?」


「遺跡入るアル。『形転けいてん』するアル。逃げるアル」


 アネマラは許可証を使って遺跡に入ったら、さっさと動物に変身して、逃げるという作戦を語った。運が良ければ『形転けいてん』に、びっくりしてンデラさんのほうから逃げるだろう、という算段だ。


 そのためには、『形転けいてん』した動物の状態でコミュニケーションを取る手段『伝心でんしん』が必要である。そして、僕たちは徹夜で修行を行い。見事、『伝心でんしん』を修得した。


 本来はお互いの波長を合わせるのに一年以上の修行を要するらしい。だが、僕たち、特にアネマラが、とにかく必死だった。



 僕たちは、王国の南の方に向かって森を歩いている。先頭を歩く、ンデラさんは鼻歌混じりの上機嫌だ。僕は下級の魔獣を避けるロズマの香を焚きアネマラと歩幅を合わせて付いて行く。


 目指すはボルケーノ遺跡の奥にいるとされている霊獣『レッドホンバード』。この羽は『四霊獣の秘方』の素材の一つである。


 因みに霊獣とは、長い年月をかけて人に化けることのできるようになった魔獣。アネマラは正確には霊獣ではないが、僕も含めて似たような物だろう。


「んへへへアル」


 道中アネマラは不気味にほくそ笑む。最早、彼女は精神が保てていないようだ。まずい! 僕は辺りを見渡し、使えそうな薬草を探す。


 あった! これだ。


「アネマラこれを食べて」


「んへへへアル。これ何アルカ?」


 僕はアネマラに摘んだばかりの一枚のハートの形の葉っぱを与えた。


「食べて見たらわかるよ」


 アネマラは錯乱状態のまま、小動物みたいに、むしゃむしゃと葉っぱを食べてくれた。かわいい。


「なんか落ち着いてくるアル。ケイ、ありがとアル」


 僕がアネマラに食べさせたのは、さっきそこで摘んだ『エスティージョン』の葉だ。これはストレスを軽減する作用がある。飲み合わせが非常に難しい生薬だが適切に摂取したら効果は抜群だ。


 アネマラが少し落ち着いたので、歩みを進めた。太陽が沈みかけた頃、僕たちは巨大な火山の麓にある大きな穴の前に着いた。ボルケーノ遺跡は人口の洞窟。かつて、ここにあった文明の名残だ。


「ほら、許可証だべ」


 ンデラさんは遺跡の前にいるギルド職員に許可証を見せる。


「ギ、ギルド長! なんでこんなところにいらっしゃるんですか? ギルドは?」


「グラドックに任せている。オラたちは今パーティーを組んで冒険中だべ。なんて、素晴らしいことだ!」


 ンデラさんは、すごくキラキラしたオーラを発しながら話しかけている。


「ご苦労様です」


「ありがとうだべ。君もお仕事ご苦労だ」


 そう言って、ンデラさんはギルド職員に少し多めのチップを渡す。こういうことは、しっかりしているんだなと少し感心した。こうして会話だけ聞くと人格者のように思えてしまう。しかし、赤褌は全てを台無しにする。


 僕たちは早速、遺跡の中に入る。遺跡の中は蒸せるように熱い。道の横にはゴオオオと音を立て、ゆっくりマグマが流れている。これが光源となりほのかに明るい。


「あ、暑いアル」


 アネマラの肌に汗が滲み、とても暑そうだ。


「アネマラ。ちょっと待っててね。いい物がある」


 僕は鞄からミトの葉を溶かしたスプレーを探す。これは体温を冷やす効果があり、この遺跡でも有効だ。


「ほら、君たちにも、もし良ければこれをどうぞだべ」


 僕がスプレーを探している間に、ンデラさんは僕たちに赤い何かをくれた。何だろうか? 何かのアイテムのように見える。僕は早速、それを拡げてみる。


「いやあああああアル!」


 アネマラは絶叫した。ンデラさんが僕たちにくれたのは二着の赤褌。いったい、何なんだこの人は?


「ここは非常に暑いだべ。これならある程度、涼しくなるから、履くといいべ」


 どうやら、親切心のようだが、なんて不器用な親切なんだ。ギルドの人の反応を見る限り、ギルドでもこんな感じだったのだろう。これで僕たちが本当に赤褌を履くと思っているのだろうか? 思考回路が謎である。


(ケイ、今アルヨ)


 耐えられなくなったであろう、アネマラが『伝心でんしん』で話しかけてくる。作戦決行だ!


形転けいてん

『形転アル』


「何だべ? 君たちも変身できるだべか? それはびっくりだ」


 ンデラさんはそうは言うが、言葉とは裏腹にびっくりした様子が微塵もない。一体、この人は何者だろうか?


(ケイ、私に巻きつくアル)


(わかった!)


 僕は白猫になったアネマラの胴体にマムシの体で巻きつく。そして、アネマラは一気に駆ける! は、疾い。僕も振り落とされまいと必死で巻きつく。


(ここまで来たら安心アル)


 アネマラはしばらく走って撒いたのを確認すると、歩みを緩める。


「君たちはとても速いだべ。もう少しで、置いて行かれるところだった」


(何!?)


(なんでアルカ!?)


 ンデラさんは僕たちに追い付いている! 猫のアネマラはかなり疾さだったはずだが!?


(ケイ、また撒くアル!)


(承知した)


 僕はまたアネマラに強く巻き着く。アネマラはすごい勢いで洞窟の奥に向かって駆け抜ける。


(も、もう大丈夫アルカ?)


(多分さすがに着いてこれないんじゃないかな?)


僕たちはしばらく走った後歩みを緩め、恐る恐る後ろを振り返る。


「君たちはすごいだべ。とても疾い。やっぱり只者じゃないだべ」


 ンデラさんは息一つ切らさずに、余裕で着いてくる。マグマからの光の反射で白い歯が輝く。さすが、円卓の魔導師ラウンデルズのメンバーだ。


(はあ、はあ、はあアル)


 僕たちの作戦は失敗に終わった。

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