第8話 仙術④

「いい天気アル。今日は魔獣と戦うアルヨ」


「僕、修行してから生き物相手にするの初めてだけど、どんな魔獣なの?」


「見てからのお楽しみアル」


 今日はアネラマの言う仙術の卒業試験らしい。僕はこの一年で仙術というものを学んできた。ただ、修行で相手にしたのは岩や木、水ばかりだ。


 僕が香を焚いて低級の魔獣を寄せ付けなかったこともあるが、魔獣とは不思議と遭遇しなかった。そのため、初の実践だ。おそらく強くなっているが、何せ無機物ばかりを相手にしいたから実感が湧かない。


「まずは、着いて来るアル」


 しばらく、走って辿り着いたのは山の頂上付近の断崖絶壁の道。比較的新しい崖崩れの跡があり、植物も何もない見渡しがいい所だ。何回か来たことあるが、生物の気配はない。


 ま、まさか!?


「いってらっしゃいアル!」


 アネマラに崖から勢いよく落とされる。嫌な予感がしたが、やっぱりだああああああああああ。


 彼女の行動は強引なところが多く、今まで僕は振り回されてばっかりだ。


「あ、痛て!」


 かなりの高さを投げ落とされたみたいだ。一年前なら確実に死んでいただろうが、『飛昇ひしょう』で勢いを殺したため、かすり傷程度で済んだ。この程度なら自己回復である『癒結ゆけつ』を使うまでもない。


「ガアアアアアアアアア!」


 やっぱりですよねえええええ。急に落とされたため。心の準備が全くできていない。この動物は何だ?


 僕の十倍ぐらいはある巨躯。大きな牙。眼光は鋭く光っている。確実に殺る気の目だ。体は白と黒の縞々の模様。凶悪な顔と荘厳なタテガミは真っ白だ。


 超巨大な縞々の猫科の魔獣。この威圧感は、おそらくホワイトマオタイガーに違いない! 僕が探している『四霊獣の秘方』の素材の一つはこいつの涙だ!


 そうとなれば、話が早い。僕はこいつから涙を頂戴する!


「ガアアアアアアアアア!」


 そっそく、僕に襲いかかってきた。気の早いやつだ。


飛昇ひしょう


 周りの大気の密度を変え、空中に避難する。


「ガアア?」


 さて、どうするか?


 僕の攻撃手段は至ってシンプルだ。『気砲きほう』と単純な身体能力による攻撃だ。だが、前者はダメだ。加減がわからない。僕のそれは巨大な岩ですら破壊するが、岩相手だったため加減をしてこなかった。


 今回のミッションは殺すことじゃない。泣かせることだ! そうと決まれば。


「ていやああああああ!」


 ドオオオオオオオオオオン


 僕は空中からの落下の勢いを使って、蹴りを繰り出すが軽く避けられた。巨体なのに意外と身軽なやつだ。『マグナスフレイム』の空中格闘家セレスティアの真似をしてみたが、まだまだ練習が必要だ。


 うーん。この状況をどうするか? いっそのこと『気砲きほう』を当てるか? 嫌だめだ! もし殺してしまったら涙を得られない。だからと言って僕の身体能力の攻撃は避けられてしまうし。


「ガアアアアアアアアア!」


 そうこう考えていると、待ってくれるはずもなくホワイトマオタイガーが突進して来る。そうだ!


気砲きほう


 ドゴゴゴオオオオオオオオオオン


「ガ・・・・・ア・・・・・」


 やった。成功だ!


 僕は地面に対して『気砲きほう』を放ち、落とし穴を作った。ホワイトマオタイガーも近づきすぎたため衝撃で気絶してしまったようだ。とにかく捕獲に成功した!


「さすがアルネ。その魔獣、結構強いアルヨ」


 僕たちの上空を浮遊しながら声をかけてくる。


「アネマラいつのまに?」


「私はケイと違ってゆっくり降りてきたアルヨ」


「僕、落とされたんだけど」


「そうだったアルネ。すまないアル」


 まあ、僕たちはいつもこんな感じだ。ちなみに彼女は微塵も悪いと思っていないのは言うまでもない。


「試験合格祝いアルヨ。ケイにこれをあげるアル」


 アネマラは僕に赤い紐状の物を手渡す。


宝貝ばおべいアル。一人前の仙人の証アルネ。『仙花鞭せんかべん』言うアルヨ。母が使ってたアル」


「そんな大事な物」


「私は父の『乾坤剣けんこんけん』があるアルヨ。その鞭は毒を使うアル。私には難しいアルネ」


「ありがとう。大事にする」


 卒業証みたいなものらしい。魔法学校に通えなかった僕には尚更格別な意味を持つ。しかも、母親の形見らしいから、大事扱わないとな。


「それにしても、こんな山奥の谷底にホワイトマオタイガーが住んでいたなんて。どおりで見つからないわけだ」


「なんのことアル?」


 彼女はキョトンとした顔で言う。


「ほらこれ。僕が探していたホワイトマオタイガーだよ」


「違うアルヨ。見てわからないアルカ? どう見てもライオンアル。こいつジブライオン言うアルヨ」


「え、ええええええ!」


 確かに、この魔獣のタテガミはどうみても虎ではなくライオンのそれだ。それに顔は白いが体は縞模様。伝承で書いていたのは真っ白な魔獣だった。


 僕は落胆する。『四霊獣の秘方』の素材の一つを手にしていたと思っていたが、魔獣違いだった。ホワイトマオタイガーは、もはやこの世にいないのだろうか?


「ケイ、落ち込んでいるアルネ。大丈夫アルカ?」


「いや。ダメだ。しばらく、立ち直れない。僕はこの魔獣をホワイトマオタイガーだと思っていたのに……」


「そんなことアルカ」


「そんなことって、僕は妹を助けるために」


 僕はアネマラの無神経な返答に少し声を荒げる。


「ホワイトマオタイガーは私アルヨ」


「え、えええええええええええええええ!」


 僕は驚愕の事実に顎が外れそうになるほど驚いた。


「気づいてなかったアルカ? 私の『形転けいてん』した姿がホワイトマオタイガーって呼ばれているアル」


「いや、だって、はらアネマラの『形転けいてん』って猫じゃん」


「きっと、私の強さを虎に例えたアルヨ」


「そ、そんなバカなこと」


 このコーロー山で、ずっとホワイトマオタイガーを探していた。しかし、どうやら知らない間に一年間も一緒に過ごしていたようだ。僕は自分の間抜けさにほとほと呆れてしまう。


「アネマラお願いがある」


「何アルカ?」


「君の涙が欲しい」


「ケイには悪いアルガ、それは難しい相談アル」


「え、なんで?」


「私強いアル。だから泣かないアルヨ」


 どうやら本気で言っているようだ。ただ、僕が追放された話をした時に大粒の涙をながしていた記憶がある。まあ、他の素材を集め終わってからでも問題ない。彼女はずっとあの洞穴に住んでいるのだから。


「アネマラ、僕は一度王国に戻ろうと思うんだ」


「行っちゃうアルカ」


 アネマラの顔から元気さが失われる。ただ、彼女は極度の人間嫌いだ。今までもずっと、人里離れて暮らしていた。無理強いできない。


「また、素材を集めたらここに戻るよ。約束する。僕も仙人だ。不老不死のはずだからまたいつでも会える」


「……」


 アネマラは小さい声で何かを呟いた。しかし、谷間を吹き抜ける風にかき消される。赤い目の縁が太陽の光を反射したように見えた。


「一緒に……行くアル」


 思いもしなかった返答に僕は驚く。彼女は常々人間は嫌いと言っていた。


「い、いいの?」


「ケイ一人だと頼りないアル。私がまだ付いててあげないと駄目アルネ」


 僕が不甲斐ないのは確かだ。アネマラは僕より数段強くとても頼りになる。僕の師匠であり、友達でもある。何より初めてできた本当の仲間だ。


「そうだね。師匠。助かるよ」

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