第7話 仙術③

『ケイ。いいか? 空気中には清気せいきと呼ばれるエネルギーがある。これを肺に届けることで食事の栄養と混ざって宗気そうきができる。体を動かす原動力だ。だから、呼吸を大事にしなさい』


 亡き父の言葉である。僕は薬師としてのイロハを父から叩き込まれた。しかし、父は薬師として大きな欠陥があった。


『薬を売らない薬師となれ』


 父の口癖だった。当時はおかしな事を言っているもんだと思った。それでは薬師として生きて行けないじゃないかと。


『薬は手段の一つに過ぎない。手段と目的を履き違えるな』


 別の時の父の言葉。これが父の薬師としての矜持だった。そのため、父は僕に薬の知識より、療養術の指導に多くの時間を割いた。



 ゆったり呼吸をして、自然の空気のエネルギーを肺に集める。それを今朝食べた桃の栄養と自然のエネルギーを肺で混ぜ合わせる。イメージはできた。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、ハァァァァァァァァァァ」


 肺に大きな力が宿るのがわかる。確か、その力の塊を全身に転がすイメージだったな。


「ケイ、すごいアルヨ。様になっているアル」


 アネマラは目を丸くして言う。


「私の指導がよかったアルネ」


「う、うん、そうだね」


 父の言葉のおかげもあるが、やっぱりアネマラを観察して得たものは大きい。説明はわからないことが多いが、ここは素直に彼女のおかげと受け取ろう。


 僕はここからコツのようなものを掴み、更に二週間、時が過ぎる。その間、父が言うというものを意識した。呼吸で生じたエネルギーを体の中で、大きくしたり、小さくしたり、体の至る所に転がしたりした。


 そこで、確信したことがある。


 魔法というのは、魔力という生来人間に備わっているエネルギーを消費するものと聞いた。食事や休息などである程度は補えるが、生まれ持っての素質が大きい。


 それに対して、仙術というのは呼吸により、自然界のエネルギーを利用するものだ。そのため、生まれ持って魔力がないものでも大きなエネルギーを扱うことができる。


 父の療養術はこの修行において何故か非常に有用だった。父は魔力を持っていたが何かしら仙術と関係があるのだろうか?


 今日も父との記憶を辿り、瞑想の中で、というエネルギーを体の中でグルグル回して増幅させることに成功した。


「私のおかげで上達が早いアル」


 アネマラは鼻を膨らませて、得意げにしている。


「そろそろ次の段階に行くアル」


 やった! 体操と瞑想以外の修行だ。僕は着実に成長しているようだ。


「次の段階って何をすれば?」


「とりあえず、着いて来るアルヨ」


 アネマラはそう言って、僕たちが住む洞穴から少し離れた川に来た。川幅は三十メートルぐらい、透き通った水が緩やかに流れる。川原には大小様々な岩石が敷かれている。


「ここで岩を割る修行アル」


 アネマラは大きな岩の前に立ち言う。ついに実践的な修行だ。


「岩を? どうやって?」


「私がやるから見ているアルヨ」


 そう言って、アネマラは僕の体より少し大きめの岩に掌全体で触れる。どうするのだろうか?


気砲きほうアル』


 そう言うと、岩がパカッと割れた。彼女は体や手を全く動かさずにやってのける。僕はこれを見たことがある。アネマラと会った日にワイバーンを爆発させた技だ。


「す、すごい! 今のは何を?」


気砲きほうって言うアル。一気にパッとやるアルヨ」


 そう言いながら、フンと鼻を膨らませる。いつものことながら彼女の説明はわかりにくい。


「こうかな?」


 掌大の石に手を添え、呼吸を整え、を練る。それを掌に一気に集中させ押し出すようにした。


 うん。全く何も起きない。


「もっとこう、スパって感じアル」


「わかった。やってみるよ」


 実際はよくわからないが、アネマラの表現的に、僕のやっている事の方向性は間違いではないらしい。


 まずは、呼吸を整え、自然界のを取り込む。それを肺の中でグルグル回す。回転でが四散しないように留める。


 そうすると高密度のエネルギーが出来上がる。これを僕の右手に滑るように転がしてみる。


 ピキッ


「やった、割れた!」


「も、もうできたアルカ!」


「すごい! 仙術ってすごいね!」


 思わず、アネマラの手を握って喜んだ。魔力を全く持たない僕が憧れた魔法のような力。僕には縁がないと指をくわえて見ていた力。喜びはひとしおだ!


「すごいアル! ここまで早くできた人見たことないアルヨ! 私の指導もすごいアルネ」


 アネマラも手を握り返して、一緒に喜んでくれている。


「もう少し試してみるよ」


 僕はその日から、普段の体操と瞑想に加えて、石割りの修行も並行して行った。石割りは日に日に大きな石を破壊できるようになり、一層と修行に身が入るようになった。



「うげ。蛇アル。私、蛇苦手アルネ」


 アネマラが苦虫を嚙み潰したような顔で僕を見下ろす。彼女と出会ってから、季節がちょうど一回りした。僕は今、自身の体を青いマムシに変身している。


 この一年間で体操と瞑想をひたすらやって来た。それとは別に、応用技の訓練も行った。できるようになったことは、『気砲きほう』、『癒結ゆけつ』、『飛昇ひしょう』、そして変身する『形転けいてん』の四つだ。


 必殺技となる『獣戯じゅうぎ』はこれから覚えていかないといけない。



――今から三十分前、修行の最中


「まずは『気砲きほう』アル!」


「はい!」


気砲きほう


 バアアアアアアアアアアン


 僕は身の丈の五十倍はある大岩に掌を当て粉砕した。初めは小さな石しか破壊できなかったが、この一年間で僕はこの大きさの岩をも破壊できるようになった。


「アイヤあああああアル!」


「うっ!」


「次は、『癒結ゆけつ』アルヨ」


「はい!」


癒結ゆけつ


 僕はアネマラの手刀で腹に傷を負った。傷の箇所にを集中させると、傷は一瞬で止血し傷跡も目立たなくなった。『癒結ゆけつ』は自己回復の技で、他にも修行後の疲労の回復などにも利用できる。


「傷を治したら、『飛昇ひしょう』アルネ」


「はい!」


飛昇ひしょう


 僕は自身の周りのを操作し、密度を変化させた。次第に体は宙を浮く。そのまま、上下左右に飛び回る練習をした。セレスティアのように風に乗るのではなく、浮く技術だ。


「最後、今日こそ『形転けいてん』を成功させるアル!」


「はい! やってみます!」


形転けいてん


 僕はまだ完全に成功したことがない技だ。僕は集中し、内面にある『こん』の形を探す。それを自分と由来の深い動物に変化させる。


 それから、変化させた『魂』を、肉体を形成する『はく』に反映だ! 何せ、肉体ごと変化させるため凄まじい集中力が必要とする。かれこれ、半年以上失敗を続けてきた。


 ボン!


(できた!)



 今日ついに『形転けいてん』を習得した。僕の場合は、その動物がマムシだった。薬としてよく扱っていたし、毒を好んで摂取していたことも影響しているのだろうか? 欲を言えばもっと強い生物がよかったが、こればかりは相性があるみたいだから仕方がない。


「ケイはすごいアル。私が教えているのもあるアルガ、天才アルヨ」


「シャァァァァァ」


 僕は尾を挙げて喜びと感謝の意を示している。マムシになった僕は言語を発する器官がないので、この姿での精一杯の表現だ。


「ケイも喜んでいるみたい良かったアル」


 彼女のこういう抽象的な表現を捉える能力には素直に感心するものだ。


「これが出来たら最後の段階ネ。明日は試験アル」


「シャァァァァァ」


「魔獣と戦うアル」

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