第6話 仙術②

 瞑想……


 知らない。またアネマラから未知の単語が発せられる。とりあえず、まずは体を鍛えるのか? 疲労は残るが、妹のため体に鞭を打つ。


「アネマラ、瞑想ってどうしたらいい?」


「瞑想も知らないアルカ? しょうがないアルネ。私を真似するアルヨ」


 そう言って、アネマラは胡座をかき、脱力した手を膝に添え、静かに目を閉じる。これが修行なのか? キツイ修行を想像していたため拍子抜けしてしまう。僕にもできそうだ。


「これでいいのかな?」


 僕はとりあえず格好を真似した。


「違うアル! 集中が足りないアルネ!」


 叱られた。この格好で何かを集中するようだ。言われるがまま、集中しようする。しかし、漠然としすぎてどうしようもない。


「これは何に集中する修行なの?」


 そう尋ねるが、アネマラは微動だにしない。まるで岩のように無機質な静けさを持つ。僕も負けじとやってみるがどうも意識が定まらない。


 ……しばらくすると、ふと僕の顔の前に何かの気配が感じる。何だ? 僕は思わず目を開けてしまった。


「うわあ!」


「何アルカ。びっくりするアル」


 何せアネマラの顔が僕の顔の近くにあるから、それは驚くに決まっている。こ、この状況はなんだ?


「うーん。何か違うアルヨ。私の説明通りにできてないアル」


 やっぱり、違うらしい。しかし、僕は彼女から説明というものをされた覚えがないから釈然としない。


「なんか、こうサーとするアル。わかるアルカ?」


 うん。全くわからない。説明が抽象的すぎる。説明が下手なのか?


「がんばってみてはいるけど、やっぱりわからないよ。何か意識を集中するものがないと」


「うーん。スーとかハーでヌーっとするアル」


 なんだこの説明は? だが、かなり抽象的だが、まだヒントになりそうな言葉だ。息をゆっくりすると言うことだろうか?


「わかった。また試してみるよ。」


 僕は先ほどの姿勢で今度はゆっくりと息をすることに集中してみる。集中する対象があるだけで、まだやりやすさを感じる。空気を体に巡らすように大きくゆったりとした呼吸をする。


 そうすると、わかって来ることがある。風や虫、動物たちから奏でる音。洞窟や枯れ葉の臭い。空気の流れや重さ。視覚以外の五感が研ぎ澄まされていくのがわかる。心地いい。体の疲労も忘れられそうだ。


 そういえば、エンバル達に追放されてから丸一日経った。僕の人生で一番濃い時間だった。白猫を助けて、それがアネマラで、僕は仙人になっていて、アネマラの家に行って。そういえば、ここは彼女の家だ。そう思うとなんとなく吸う空気も格別な気がする。


「アイヤあああああアル!」


「う」


 何故か腹を思いっきり殴られた。


「何か邪念を感じたアル」


 全て……お見通しか……



「う、うーん」


「起きたアルカ?」


 洞穴の入り口から差す光が眩しい。どうやら、朝まで気絶していたようだ。僕の体が枯れ葉に覆われている。彼女がかけてくれたのだろうか?


「ケイも食べるアル?」


 そう言って食べさしの桃を手渡そうとする。アネマラの食べかけだから、ちょっとだけ躊躇とまどう。だが、渇きで喉が張り付くので、ありがたく頂くことにする。


「ありがとう」


「昨日はやりすぎたアルネ。ごめんアル」


 アネマラは少し萎れている。不意を突かれたとは言え、凄まじかったな。


「そんなに、気にすることじゃないよ」


「そうアルネ。よかったアル」


 間髪置かずに立ち直ったような返事をされた。解せない。ただ、エンバルからは毎日のようにやられていたから、本当に殴られ慣れてしまったようだ。気にすることじゃないと思うのは本音だ。


「まあ、前の仲間からは毎日のように殴られていたから、本当にたいしたことないんだ」


「それって仲間割れって言っていたやつアルカ?」


「そう。よく覚えているね」


「私、頭いいアル」


 本当に頭がいい人は自分で言わない気がするが口に出すのも無粋なので仕舞っておく。


「ケイはイジメめられていたアルカ?」


「うーん。隠すことじゃないか……」


 僕はアネマラにパーティーを抜けることになった経緯、僕の旅の目的を包み隠さず話した。


「……そうだから、僕は妹を助けるため秘薬『四霊獣の秘方』の残りの素材となる『ホワイトマオタイガーの涙』、『レッドホンバードの羽』、『ブラックミンタートルの脱殻』を探さないといけないんだ。」


「うー。ケイは不憫アルネ。私やっぱり人間嫌いアルヨ」


 僕の話を聞いて、大粒の涙を流してくれている。ちょっと大袈裟だと思うが、やっぱり感情表現豊かな人だ。


「聞いてくれてありがと。なんだかスッキリしたよ。それに僕も人間だけどね……」


「ケイはもう仙人アル。私の仲間アルヨ」


 アネマラは涙を拭きながら言う。


 彼女は仙人と人間の間に明確な一線を引いているようだ。僕は同じだと思うが、過去に何かあったのだろうか? いつか話してくれるのを待とうと思う。


 それに改めて仲間と思ってくれていることに嬉しさが込み上げる。僕のことを本当にそうと思ってくれる人は数少ない。


「アネマラ、ありがと。今日は何をすればいい?」


「まずは一緒に体操するアルヨ。それから、また瞑想アル」


 そう言って、アネマラはゆっくりとした動きで手や足を上下左右に動かす。これも難しくなさそうだ。僕も真似しながら体を動かす。


 それから、僕たちは三ヶ月間、朝起きて体操をし、朝食にアネマラが採ってきた木の実を食べる。そこから、晩までひたすら瞑想する。こんな代わり映えのない生活を続けてきた。


 これで本当に強くなっているのか?


 日が経つに連れ、僕のこの疑念がどんどん大きくなる。一体、何をしているんだと。体は全く鍛えていない。むしろ若干筋肉が細くなった気さえする。


 アネマラは教えてくれようとしているのはわかるが、抽象的な説明過ぎてもどかしさを感じる。永遠にこのままだろうか? それはまずい! 僕には妹を助けるリミットがある。


「アネマラ。今更こんなこと言うのもあれだけど、僕って強くなっているの?」


「まだ基礎アルヨ。強くなっているわけないアル」


 まあ、そうだろうな。実際僕も強くなっている気が全くしていない。仕方ないが、そろそろ山を降りる腹積りだ。


「僕は妹を救うため、時間がない。あと四年以内で探さないと」


「駄目アル。今のままだと死ぬアルヨ。コーロー山は危険アル」


 アネマラは困った表情で返答する。至極当然な意見だ。今の僕の実力では『四零獣の秘方』の素材を探すどころか、山を降りることすら叶わない。


 焦ってはいけない。


 今の僕は焦りで修業が疎かになっている。弱い僕が理想を語るには、まだまだ未熟だ。アネマラはこんな僕に対して、彼女なりに一生懸命教えてくれている。まずは、基本に立ち返りアネマラがやっていることを観察するんだ。


「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ、ハァァァァァァァァァァ」


 大きくゆったりとした呼吸だ。息を吸った時に胸とお腹が大きく膨らみ、吐いた時にゆっくりと萎む。大気中の空気をいっぱい肺に届かせるようだ。呼吸一つの動作をとって優雅な美しさがある。


 待てよ。これって何かに似ている。いや、記憶にある。小さい時に父に習った療養術。幼さゆえに、退屈でほっぽり出したあれに、とてもよく似ている。

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