第5話 仙術①
「すでに丹薬を飲んでいるアル!?」
アネマラは顎が外れんばかりに驚愕した。それはそうだろう、こんな猛毒を常用する馬鹿は普通いない。
丹薬ことエリクスは赤色の鉱石だ。遥か昔、初代国王はこれを不老不死の薬と誤解して死んだと記録がある。実際、服用すると魔力が枯渇し、五感を奪われ、狂い死ぬ。非常に危険な猛毒だ。
「いや。びっくりしたよ!」
僕自身も正直、驚きを隠せない。そんな偶然ってあるものかと。
「ケイ! すごいアルヨ! もしかしたら、すでに仙人になっているかもアル。そもそも何で飲んでいたアルカ!?」
アネマラは非常に興奮した様子で僕の方に前のめりになって質問をした。距離の近さにドキッとしたが、僕は平静を装って回答する。
「僕が丹薬を飲むようになったきっかけは、病の妹のためだったんだ」
「ど、どういうことアルカ?」
「僕の妹は流行病ラトに罹っている。ラトは魔力を吸い尽くす病なんだ。僕はこれの治療薬を探すため、あらゆる書物を探した。それで、魔力を吸い取るエリクス、いや丹薬に行き着いたわけだ」
「い、言っていることがわからないアル」
「要するに僕はラトの症状と似た毒性を持つ丹薬が治療薬を作るヒントになるかもしれないと考えた。それで、自分の体で試してみたってことなんだ。つい出来心で」
「ついって何アル! なんで出来心で猛毒を飲めるアルカ!?」
アネマラは激しくツッコミ入れた。まあ、僕でも他の人が同じことを言っていたらそうなるだろう。
「初めは出来心だったけど、僕には魔力がないから毒性が生じないっていう仮説があったんだよ。そうなると薬師として止められないよね。てへ」
「てへ、じゃないアルヨ! 気持ち全くわからないアル!」
「丹薬ってさ。赤い宝石のようだけど、脆くて儚いんだ。加熱すると、神様の血液を思わせる液体になって、冷えるとまた宝石に還る。その流転する美しさに宿る惨虐な悪魔。ああ、素敵だと思わないかい?」
「ケイ! 大変アル! 顔が気持ち悪いアルヨ!」
いけない。いけない。ついだらしない顔をしてしまった。僕は顔の弛緩しきった筋肉に力を込めて続ける。
「それで丹薬を飲むと体が、軽くなる気がして。なんと言うか五感が研ぎ澄まさるような感じで、早く走れたり、疲れにくくなったり、それで毎日飲むようにしたんだ」
「それ死ぬアル! 一歩間違うと死んでたアルヨ!」
「そうだよね。僕の魔力がないから大丈夫という仮説が間違っていたら死んでいた。本当に危ないことだったと思うよ。他の人にはもちろん薦めていない」
僕は毒を飲んできた若干の背徳感から頭を掻きながら言った。
「私、何人か丹薬で死んでしまった人見たことアル。とても悲惨だったアルヨ」
「う、うん。気を付けるよ」
僕はつい反射的に思ってもいないことを口に出す。
「その顔は反省していないアルネ。今後は毒を飲まないことアルヨ!」
どうやら反省がないことを悟られたらしい。意外とよく観察しているようだ。少し怒っているようにも見えるし、今後、毒見は止めておこう……アネマラの前では。
「それより、いつから飲んでいるアルカ?」
「ちょっと待ってて」
僕はカバンをまさぐり、一冊の帳面を取り出す。
「それ何アルカ?」
「これは僕が試した薬や毒の記録だよ」
僕はそう言って、びっしり書かれた帳面からエリクスの記録を探す。そのそばで、アネマラはぬっと覗き込むように見てくる。
「こんなに試したアルカ!? 本当に死んでしまうアル。これからは禁止アルヨ」
また怒られてしまった。僕の体調を心配してくれているのだろうか? 僕を心配してくれる人は数少ない。意外な反応に驚きと感謝の念が込み上げる。
「わかったよ。心配してくれてありがとう」
「べ、別に心配してないアル」
「あ、あったこれだ。十二歳の時から飲んでいるから、六年ぐらい飲んでいることになるね」
「そんなに飲んでいたアルカ!?」
「ご、ごめん」
叱られた気がして、反射的に謝ってしまった。
「ま、まあ今回はいいアル。ケイはもう仙人と言っていいアルネ。あとは修行アルヨ」
「仙人に!? それに修行って?」
「まずは私の家に来るアル」
僕は突然の仙人になっていた宣言に戸惑い半分、ワクワク半分、いやもっと言い表せない感情が複雑に混ざる。
今日の僕は思考が現実に付いて行けていない。突然の非現実的な話に、なかば思考を放棄して彼女の後を追うことにする。
◇
「ここが私の家アル」
彼女が案内した先は山の上の方の崖の前。入り口を草木で隠した洞穴だった。
「はあはあ、やっと、やっと着いた」
「これぐらいでへばったアルカ?」
僕たちはかれこれ半日以上、山の中を走らされた。しかも、霧の中で彼女を見失わないようにと、かなり必死だった。
僕の体力は人並み以上にあるはずだが、アネマラはそれ以上だ。彼女だからか? 仙女だからか? どちらにせよ凄い身体能力だ。
「少し中で休むアル」
僕は全く自慢ではないが、女性の家に誘われた試しがない。初めて女性の家に招待され、バクバクと心臓の鼓動が速くなっているのを感じる。
これが女性の家かぁ。
洞穴の中はちょっと手狭い民家ぐらい広さだ。斜め上にある入り口から光が零れ落ちて照明となっている。中は殺風景であり、物といえば枯れ葉をほんのり山盛りに集めたところがあるぐらい。
「これが私のベットアル。横になっていいアルヨ」
人ひとり座るのがやっとの枯れ葉の山がアネマラのベッドらしい。猫の姿で寝ていたのだろう。だが、普段彼女が寝ているところとなると、流石に気が引ける。
「ちょっと枯れ葉を集めて来るね」
恥ずかしくなった僕は疲れた体に鞭を打って、急いで枯れ葉を集める。
「すごいアル! いっぱい取って来たアル」
「はあはあ、うん。が、頑張った」
「これだけあれば一緒に寝れるだけアルヨ」
「い、一緒に?」
僕は戸惑うが、アネマラも自分で言ってしまったことに気まずさを覚えたらしい。
「そ、そんなわけないアル。ケイはそっちアルヨ。私も少し葉っぱ欲しいアル」
もちろん初対面の女性と一緒のベットで寝るなんて度胸があるはずもなく、少し離して二つ分のベットを作った。というか、当たり前のようにベットを作ってしまったが、泊まり込みで修行をするのだろうか?
「あのさ。修行ってどのぐらいかかるの?」
「うーん。ケイ次第アルヨ。私あまり教えたことないから、わからないアル。しばらくは、ここで修行アルネ」
やっぱりここで泊まり込みでの修行のようだ。アネマラと、もうしばらく一緒にいられることに少し浮き足が立ってしまう。
「さっそく修行したいアルカ? やる気あっていいことアル」
少ししか休めていないが、先を考えるとゆっくりもしていられない。
仙人になる修行とはどのようなものだろうか? 特別な力を持つには過酷な訓練が必要であることが、容易に想像が付く。バシンと自分の両頬を叩き、気合を入れる!
「師匠! 修行をお願いします」
「し、師匠アルカ? いい響きアルネ。もっと言うアル」
思わず発した「師匠」という言葉をえらく気に言ったようだ。アネマラは目を輝かせ、鼻を高く上げる。
「師匠! まずは何からしましょうか?」
「いい気合アルヨ。さっそく修行を開始するアル」
「はい!」
覚悟を決め、気合いを込めた返事する。
「まずは瞑想アル」
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