第3話 仙女の誘い
えーっと、仙人ってなんだ?
僕は謎の少女の、謎の言葉に困惑してしまう。一応、田舎育ちにしては素養がある方だと思うが、いくら記憶を辿っても思い当たる節がない。
さっきまで仏頂面だったアネマラさんが太陽のような明るい笑顔で誘ってくれている。この愛嬌こぼれる笑顔を失いたくないので、話を聞いてみることにする。
「あの、仙人ってなんでしょうか?」
「仙人を知らないアルカ? 仙人は仙人アルヨ」
あれ? まるで僕に常識がないと言わんとばかりの返答だ。ただ、「仙人は仙人」と片付けてしまえるところから、とてつもなく説明が下手な気がしてならない。
「すいません。聞いたことがないです。仙人になると何ができるのでしょうか?」
「ちょっと待つアル」
そう言ってアネマラさんは森の上を見渡す。大木の間から少し空が見え、そこから一匹の茶色のドラゴン、ワイバーンが横切った。
『
アネマラさんはそう言うと、宙を浮く。空中格闘家セレスティアみたいな風魔法での風に乗る飛行と異なり、彼女は本当に重力がなくなったように浮いた。その後、ワイバーンに引っ張られているかの如く一気に加速する。
『
アネマラさんがワイバーンに触れると爆発した。一体、何が起こったんだ? 爆発は火の魔法。空を飛ぶのは風や闇のレア魔法。いや、彼女のはどちらとも雰囲気が違う。
しかも、ワイバーンはゴールドクラスの魔導士でやっと倒せる強さ、上級の魔獣だ。しかも、軽々倒していることからエンバルたち、
「見たアルカ? 私は仙人アル。女だから仙女言うアルヨ」
空から戻ってきたアネマラさんは鼻を膨らませながら語ってくれた。
「アネマラさんすごいです! 僕、感動しました!」
「ふーん。造作もないアル」
先ほどより、さらに鼻を大きく膨らませて言う。
「本当にすごいです! 他に何ができるんですか?」
「自分を回復したり、専用の武器を使ったりするアル」
すごい! 専用の武器も気になるが、回復は光魔法の一種である。そんな不思議な力があるなんて夢みたいだ。
「あと、動物に変身もできるアルヨ」
変身? 僕はその言葉で大切な事を思い出した。
「え、えええええ!? あの猫!? もしかして、アネマラさんって僕が介抱した白猫だった!!?」
「そうアルヨ。気付かなかったアルカ? ケイに助けて貰ったアルネ。そういえば、お礼を言ってなかったアル。昨日はありがとアルネ」
よ、良かった! 僕はあまりに非現実的な状況に頭から離れてしまっていたが、猫(?)が無事で本当に良かった。
変身というのは、にわかに信じ難い。ただ、それが現実にできるのであれば、この
「そ、それは良かった! 本当に。もう大丈夫? 悪いところは?」
昨晩の出来事が蘇り、熱いものが込み上げる。
「見た通り元気アル。ケイのおかげアルヨ。マズイ薬が利いたみたいアル」
マズイは余計な気がするが、昨日は有り合わせで薬を準備したので仕方がない。正直な意見だろう。せっかくの感傷が彼女の天真爛漫さに打ち消されてしまった。
「もう少しで死ぬところだったアルネ。昨日のことは薄っすら覚えているアルヨ。あ、あああ!!!」
アネマラさんは淡々とした口調から、突然声を荒げ顔を俯ける。よく見るとまた白い頬が赤らんでいるように見える。
あっ! そういえば、僕がした救命方法。く、口を。急場の出来事とは言え、ばつの悪さを感じてきた。顔の温度が一気に上昇する。
「せ、仙人って、みんなアネマラさんみたいな猫に成れるんですか?」
恥ずかしさを紛らわすように僕は言葉を紡ぐ。
「アネマラでいいアルネ。あと、敬語もいらないアル」
まだ頬を赤らめながら照れ臭そうに言う。僕まで、胸が詰まりそうだ。
「あの、アネマラみたいに仙人は猫になれるんですか? いや、なれるの?」
また、僕はこの場を誤魔化すように会話を続ける。
「まあ、変身できるのは人それぞれアルネ。私はたまたま猫だったアル」
「他にはどんな生き物に?」
「鳥とか、鹿とか、象とか、本当に人それぞれアルネ。龍になれるのもいたアルヨ」
それはすごい! 龍って確かドラゴンのことだよな。魔力を持たない僕にとって、魔法というものは憧れそのものだ。魔法とは違う別の不思議な力があることに、ワクワクが止まらない。
「アネマラ! どうしたら仙人になれる?」
僕はつい前のめりなっている。
「ちょっと、近いアル」
「あ、ごめん」
興奮しすぎてつい近づき過ぎてしまったようだ。彼女は頬をまた赤く染め、気まずさを覚える。
「まあ、いいアル。ケイも仙人になりたいみたいで私も嬉しいアルヨ。仙人になるには
「丹薬?」
僕には初めて聞く単語だ。一応、ある程度この国にある薬なら効能効果を覚えていなくても、聞いたことがあるはずだ。
そんな強い効果を持つ薬って何だ? 僕の薬師としての好奇心をくすぐりまくる。きっとまだ見ぬ未知の物質に違いない。
「そう、丹薬アルヨ。まずは、丹薬で不老不死の体を手に入れるアル」
「え! 不老不死!? そんな夢みたいな薬効いたことないよ!」
不老不死の薬とは古来より、権力者が欲してきた薬だ。かつて、不老不死の薬とされたものは数多くあるが、どれも噂に過ぎない。それどころか、実際には毒であるものばかりだ。
「そうアルカ? ただ、丹薬は魔力が少しでもある人に使うと死ぬアルヨ。最期は鬼神のようになるアル」
なるほど。現在、この国で魔力が非常に少ないという人はたくさんいるが、魔力が全くないというのは、おそらく僕ぐらいだ。
そんなものがあれば、通常それは薬なんかではない。完全に毒だ。どおりで薬として僕が知らないわけだ。
「あの、アネマラも魔力がないの?」
「そうアルヨ」
「仙人は他にはいないの?」
僕が、そう尋ねるとアネマラの表情が一気に曇った。どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。
「昔はいたアル」
やっぱりこの質問は地雷だった。
「ごめん」
とりあえず、謝ることしかできない。
「いいアル」
彼女の内に秘めた暗闇があるのだろう。僕は詮索をする術も資格も持たない。
「ケイも仙人になれば仲間アルネ」
アネマラの表情がまた少し明るくなる。他に仙人がいないということはずっと一人で生きてきたのだろうか? それは孤独なことだ。
それに僕は仲間と思っていた人たちに見殺しにされた。こんなに美しい女性と仲間になれるのなら僕は仙人にだって、悪魔にだってもなれる気がする。
「あの丹薬って一回飲んだら、仙人になれるの?」
「そんなわけないアルヨ。五年は飲み続けるアル」
……五年
ダメだ。今の僕にとっては長すぎる期間。僕には流行病に罹った妹がいる。猶予はあと四年ほどだ。
そもそも、このコーロー山に来たのも特効薬『四霊獣の秘方』の素材の一つ『ホワイトマオタイガーの涙』を探すためだ。
やっぱり淡い期待だった。目の前の誘惑に惑わされてはいけない。僕は早くここから去って、また素材を探しに戻らなければ。
「アネマラ、ごめん、」
「ちなみに丹薬は少し持っているアルヨ。これアルネ」
僕の言葉とアネマラの言葉が重なってしまった。気に留めることなく、彼女が取り出したのは朱い石と砕かれた砂。それを見て僕は驚愕した。
「あのこれ、僕たちはエリクスって呼んでる」
そう、僕はこれを知っているんだ。知っているどころじゃない。
「知ってるアルカ?」
「非常に強い猛毒だ」
「普通はそうアル」
「僕、これを毎日服用している」
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