第2話 純白の少女

 僕の膝で安らかな顔で眠っている裸の女性。


 こ、これはどう言う状況だ!? た、たしか僕は昨日、猫を助けたような? あ、あれ? 人を助けた? それとも僕は死んでしまった? え、ならここは天国??


 目覚めた直後で回らないが頭が、余計に思考を混乱させる。まずは深呼吸からだ。そして、どこかの偉人が言っていた。落ち着く時は素数を数えるといいらしい。


 一、二、三、五、七……。違う! 一は素数じゃない。ますます頭が混乱してきた。


 そして、この状況を整理しようと僕は女性の方に目を落とす。


 とても綺麗だ。


 改めて見ると、まるで天使のような美しさを持っている。首まで伸びた癖毛の髪。肌も髪も透き通るような白さ、まるで絹の織物だ。華奢な体つきは思わず守ってあげたくなる。


 身長は僕より少し低めだ。歳は同じぐらいに見える。ただ、見た目の年齢の割に妖艶な色気を放つ女性だ。


 一瞬だが時間が止まったように、この謎の女性に目を奪われていた。


「う、うーん」


 彼女は突如、僕の膝の上で体を伸ばす動作をする。どうやら、目を覚ましたらしい。


 ややややや、やばい。この状況はどう説明したらいいものか? い、いや、僕に説明できる箇所は一つもない。猫を介抱したつもりが、裸の女性を侍らせていましたなんて、頭がおかしい奴に思われるに決まっている。


 ま、まずは一切、手を出していないことから説明しなくちゃ。場合によっては僕の命はここまでかもしれない。妹よ。馬鹿な兄を許してくれ。


「あれ? 私生きているアルカ? あなた、誰アル?」


 起きあがった女性は、寝ぼけ眼をこすり、自分の姿を気にする様子もない。聞いたことのない独特な訛りで僕に話を投げかける。


「ぼぼぼ、僕はケイ・シーフェドラと申します。薬師をしていまして、猫を助けたつもりが、何故か、あなたが膝の上で寝ていて。僕もこの状況さっぱりでして」


 僕はよくわからない状況を、よくわからないなりに説明しようとする。しかし、自分で言っていて、何を言っているかわからないから世話がない。


「あなた人間アルカ!?」


 彼女は赤い瞳をぱっと見開き、突如として声を上げた。怒っているのだろうか? まあ、状況からして当然だな。


「す、すいません。人間です。別に怪しいものではなく、ましてやあなたを襲ってなどいません」


 僕はこの状況下で、全く言い訳になりそうにない、言い訳を吐く。


「まあ、助けられたのはわかったアル。薄れゆく意識の中で聞いた声と同じアルヨ。驚かせてすまないアルネ」


 よ、よくわからないが、不貞腐れた声で、何かを納得してくれたようだ。実際に濡れ衣だが、あらぬ疑いは晴らしておきたい。


「は、はい。それよりも服はどうしましたか? 僕のでよければ、お貸ししましょうか?」


 彼女は裸で胡座をかいている。僕の言葉で、自分の体を確かめるように見渡す。


「ああ、そう言うことアルネ。この姿、久しぶりアルヨ。まぁ、襲っていないのはわかるアル。もし、そうなら命はなかったかもしれないアルネ」


 ど、どういうことなんだ? 彼女は恥ずかしがる様子もなく、慌てて隠すこともなく、曇った声のまま、殺していたと言う物騒なセリフをさらりと言う。僕は訳のわからない状況にさっきから混乱しっぱなしだ。


 ただ、いつまでも、この姿のままにしておくことは、僕の中の何かが危うい。とりあえず、問答無用で替えの服を貸すことにする。


「す、すいません。僕なんかの上着。嫌ですよね」


「まぁ、実際人間の施しを受けるのは気が進まないアルガ、あなたは特別アルヨ。助けてくれたアルネ」


 さらに、訳のわからないことを言う。僕は彼女を助けた記憶が全くない。知らずに幻覚作用のある野草を食べてしまったのだろうか? それとも死後の世界か? いずれにしてもここが現実とは信じ難い。


 そして、服を無理やり羽織らせたことで、彼女の顔をようやく直視することができるようになった。まず目に入ったのはルビー色の瞳だ。真っ白い髪と肌で更に際立つ。


「す、すごく綺麗な目ですね」


「この目アルカ? 冗談はよすアル。鮮血みたいで怖い目と言われるアルヨ」


「いや、そんなことないです。宝石みたいで素敵な目だと思います」


 僕は彼女の瞳に対する素直な第一印象を言う。


「変な人間アルネ」


 冷たい声だが、少し白い頬が赤らんで見える。


「今更ですが、名前を伺っても?」


「こんなところ一人で何をしているアルカ?」


 どうやら僕の質問は無かったことにされたようだ。やっぱり、嫌われているのだろうか?


「ちょっと仲間割れをしてしまいまして。ここで一人取り残されてしまったみたいです」


「ここは魔獣が多いところアルヨ。お礼に送ってやりたいアルガ、私人間嫌いアルネ。人里行けないアル」


 お礼? お礼はよくわからないが、とりあえず人と接することが苦手なのだろうか? それならば、通りで言葉から距離感を感じる訳だ。


「あなた強いアルカ?」


「僕は多少、身体能力がいい方ですけど。魔力が全くないもので、どうしたものか、途方に暮れてしまっていた所なんです」


 僕は照れ隠しに頭を掻きながら言う。


「魔力ないアルカ!?」


 彼女は突然驚く。そして、急に僕が貸した上着で肌をしっかりと隠そうとする。


「なぜ、それを先に言わないアル!」


 慌てふためいた彼女は恥ずかしそうに理不尽な疑問を投げかける。


「すいません。言うタイミングがなくて」


「ま、まぁ、しょうがないアルネ。あなた名前は何て言うアルカ?」


 一度、自己紹介をしたつもりだったが、再度名前を尋ねられる。少しもどかしくもあるが、僕の名前を覚えてくれるようになったということで前向きに捉えるとしよう。


「僕はケイ。ケイ・シーフェドラです。十八歳で、薬師をやっています」


「ケイ、アルカ。私はアネマラ、アル。アネマラ・ヘナプラスター言うアルヨ。よろしくアルネ」


 どう言うわけか、急に友好的になってくれた。顔の表情もぱっと晴れやかになり、美しさが眩しい。僕はぼーっと目を奪われる。


「ケイも仙人になるアル!」

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