薬師の仙術無双~パーティーを追放された魔力ゼロの薬師は純白の仙女と出会い仙術修行を始め、やがて国を救って大魔導師と呼ばれる。一方、追放したパーティーは勝手に没落していった~
雨井 トリカブト
第1話 追放された薬師と白猫
「ケイも仙人になるアル!」
天使の羽の色を思わす白い髪と肌。ルビー色の瞳。さっきまでの仏頂面から一転して、女性は鮮やかな表情で僕を誘う。これが魔力を全く持たない僕が大魔導師と呼ばれるきっかけだった。
◇
「ケイ、お前とはここでお別れだ」
突然リーダーから繰り出された言葉に僕は唖然とする。やはりというか、何となく僕も薄々解雇されるのではないかと思っていた。パーティーの僕に対する態度は明らかに冷たい。
だが、僕にも言い分がある。
「そ、そんな! 僕には確かに魔力がない。その代わり、薬の準備はもちろん、荷物持ちに、食事の準備、マッピングなどやれているはずです。それに僕の、」
「黙れ! それが何だと言うんだ!たかだが、雑用ができるだけだろ。お前の存在自体が邪魔なんだよ! お前がいるだけで俺様の格が下がる」
言葉を遮って冷たく絶叫するのは、長剣を携える赤髪の精悍そうな青年であるリーダーのエンバル。彼は現在、火魔導士で序列二位の魔剣士である。
彼の火を纏った剣は王国内随一の破壊力だ。破竹の勢いで序列を上げている彼は、現在は空席である『大魔導士』の称号に最も近い男と言われている。
「エンバルの言う通りだ。魔力が全てのこの王国で、お前は人であるかですら怪しい。例え、王の命令とは言え一緒にいるだけで吐き気がする」
続けて言うのは茶髪の大男、ガイアン。彼の巨躯よりも、更に大きな斧を使いこなす、パーティーの盾役である。土魔導士で序列七位の魔導重戦士だ。
パーティーでの戦闘では、真っ先に特攻してくれるおかげで安心していられる。同い年だが、とても頼りがいのある兄貴分だと思っていた。
「ギャハハハ、アンタのことなんて誰も認めているわけないじゃない。いつも薬草臭くて迷惑なの! さっさとどっかに行ってくんない」
空から毒舌を吐くのは、緑髪のポニーテールが特徴なセレスティア。この国でも珍しく魔法で空を飛ぶ。風魔導士で序列五位の魔導格闘家だ。
空中戦を得意としており、蹴りを主体とした拳法を扱う。僕に対してコソコソ何か言っていたのは気付いていたが、ここまではっきり言われたことはなかった。
「そうよ、そうよ! 自重しなさい。それに貴方はとてもダサいの。古臭い薬ばっかり使って。それに料理にも華がないわ。私たちはお洒落じゃなければいけないの」
黒魔導士のミリアーナ。伝統的な魔導士の衣装に金の装飾品を贅沢に飾る派手な、水色の髪の女性である。水魔導士で序列八位の黒魔導士だ。
彼女は遠距離攻撃が得意で、水の魔法で広範囲の魔獣を蹴散らす。いつも、お洒落に気にしており、僕に対しては常々ダサいだの、古臭いだの言ってくる。
「先輩たちの言う通りです。今時ポーションの一つも使えないらしいじゃないですか。とても田舎臭くて敵わないです。ヒーラーは私がいるのですから、安心して去って下さいです」
今回の遠征から加入した白魔導士のアリエル。修道女の衣装を身に纏う金髪の少女。光の魔導士の序列四位であり、教会でも権威のある人らしい。
彼女については、エンバルの好みの外見であること以外はわからない。回復など補助スキルに長けているようだが、パーティーを転々としており、謎が多い女性だ。
僕は困惑する。リーダーのエンバルだけならまだしも二年間連れ添ったメンバー全員から、こうも嫌われていたとは思っていなかった。いや、考えないようにしていたが正しい。
そして、僕の置かれた状況をだんだん理解し身震いする。まずい! 場所が最悪だ。広大な森林が延々と連なる秘境『コーロー山』。ここはすでに雲を見下ろせる位置。
「僕をよく思っていないのは、薄々感じていた。だけど、追い出すのであれば、せめて山を降りてからに。僕の妹はあと四年しか生きられない。僕は何としても『四霊獣の秘方』を完成させなければいけないんだ!」
「黙れ! お前の妹のことなんか知ったこっちゃない! 下民ごとき勝手に野垂れ死ねばいい。なんだったら先にあの世に行って、その妹やらを出迎えてあげればいいじゃないか」
リーダーの残酷な言葉に他の四人も冷たい目で頷く。
ああ、最悪だ。嫌われていることは分かっていたつもりだったが、何も死んでも構わない程だったとは。
「女王が使えると言うから、俺様の『マグナスフレイム』に加えてやったが、魔力を持たないとは、とんだ大ハズレだったな。女王も女王だ。こんな魔力ナシとパーティーを組んでいたなんて狂ってやがる。俺が『大魔導士』の称号を得た暁には、女王を娶り、この王国の王になる予定だ。その時には、女王にも躾が必要だな」
エンバルが続け様に、あまりにもふてぶてしい野望を語る。
「持っているアイテムはありがたく貰っておく。もはや、お前には無用の長物だからな」
「……」
僕はただ呆然とする。ガイアンが僕のカバンを漁るところを、黙って見ておくことしかできない。
「じゃあね。ケイ君。また会うことはないと思うけど、死ぬまで元気でね」
セレスティアがウインクをしながら最後の毒舌を吐き捨てる。その後、みんな僕から遠ざかってしまった。
「本当に行ってしまった」
魔獣がうずめくこの秘境でアイテムを全て奪われた上で、取り残されてしまった。
「さて、これからどう生き残るか?」
取り残された僕はこれからのことを考える。
いや、ダメだ。しばらく、僕たち以外のパーティーは入山許可の申請をしていない。
僕は『マグナスフレイム』で雑用を任されていたので、今の状況の不味さを痛感する。きっと、僕たち以外が来ないことを見越して今日の日を選んだのだろう。
「あ! あ、あれはまさか!」
今後を考えて歩いている僕の目線の先に現れたのは、猛毒のキノコ、フレイムマッシュだ。これは匙加減が非常に難しいが薬となる。何よりとても珍しい。僕は思わず涎を垂らす。
ああ、なんてことでしょう! その燃えるような赤は、仄暗い森に輝く神秘の炎を思わせる。宝石のような見た目とは裏腹に内包する邪悪な毒。その矛盾を許容してしまう天然の芸術だ。自然とは何て素晴らしい。
……いけない。いけない。こんな状況でこれを毒味して当たりでもしたら僕は死んでしまう。
だ、だけど。少しだけ、ほんの少しだけ、食べてもいいかな?
「グガアアアアアアアアアアア」
グサッ
突如背後から、額に角の生えた大きな兎型の魔獣アルミラージに襲われるが、僕はたじろぐこともなく、手刀でこれにトドメを刺した。
あ、危ない。思わず毒物にうつつを抜かして、警戒を怠ってしまった。中級の魔獣でよかったが、気を引き締めなければならない。
……毒キノコは帰ってから毒味しよう。
そう、僕は薬師だから普段は戦わないが、必要な薬を自分で調達するためそこそこ戦える。魔力を持たない分、素の身体能力は恵まれたようだ。
このことは多分、エンバル達は知らない。戦闘ではいつも邪魔者扱いをされていたので、僕は彼らと一緒に戦ったことがなかった。
ただ、特級以上の魔獣に襲われたらこうもいかないことは重々承知している。憂鬱だ。明日どころか、今日の自分の命ですら保証できない。
病の妹は心配するだろうな。僕の方が先に逝ってしまっても、許してくれるだろうか?
パチ、パチ
そうこうしている間に、日が落ち、山は闇に染まる。僕は先ほど仕留めたアルミラージを焚き火で焼いて食べるが、全く味がしない。今は味を噛み締める程の心の余裕がないみたいだ。
「ニ、ニャゴォォォォォ……」
一瞬、焚き火の音に微かな唸り声が混ざった気がした。気のせいか?
「ニ、ニャゴォォォォォ……」
いや、やはり気のせいではない。とても苦しそうに聴こえる。自然の摂理か、一つの命が今まさに途絶えようとしているみたいだ。
「僕と一緒だな」
僕はポツリと呟き、腰を上げた。焚火から松明を一本手に取り、その鳴き声が聴こえた方に足を動かす。僕はきっと同情しているのだろう。墓の一つでも掘ってやろうと思う。
「な、なんて綺麗なんだ!」
足を運んだ先で目に飛び込んだのは、小さな猫。フサフサした純白の毛が、闇に塗り潰された山を照らすように輝いて見える。
ピク……ピク……
その見た目とは対照的に、不様に白目を剥き痙攣していた。既に鳴き声を上げる元気もないようだ。
何故苦しんでいるか疑問に思い、死に向かう白猫に近づいた。そして、近くに転がったある植物に気が付く。
オニオの実だ。どうして?
この実は、人間の一般的な食卓に並ぶ野菜だ。しかし、猫科の動物にとってこれは猛毒となる。通常は猫の本能で食べるはずもないのだが。
毒は専門分野だ。原因がわかれば理論上、治すこともできるかもしれない。薬師としての矜持がこの小さな命を放っておけないと、体を突き動かす。
呼吸が止まっている。だが、さっきまで確かに声を上げていた。今ならまだ間に合うかもしれない。
僕は念のため近くのアルコの木の樹液で消毒し、人工呼吸と心臓マッサージを行う決意をする。
知識はあるが、人間にすら実践したことはない。体の小ささを考慮して、肺が破裂しないように、肋骨を折らないように。慰りながら、目の前の命を慈しむように行なった。
「ニ、ニャゴォォ……」
「や、やった。息を吹き返した。」
続けて僕は、猫の口に慎重に手を突っ込み、嘔吐を促す。胃に残ったオニオの実を吐き出させるためだ。この時も喉が傷つかないように、嘔吐物が気道を塞がないように、蓄えた知識をフル稼働させた。
「ニウゴォォォォォ……」
白猫は嘔吐物を撒き散らす。やはり、オニオの実を食べていたようだ。だが、安心してはいられない。続けて僕は近くの植物から使えそうな生薬を探す。
僕は自身の身体能力の限りを尽くす。早く見つけなきゃ。途中、また先ほどのアルミラージに出くわすが、相手をしている暇もない。一瞬で相手を投げ飛ばし、力の差を見せつける。
このギザギザの葉っぱは解毒に使える。こっちの赤い果実、これは体力の回復に使えるものだ。樹液に群がる黒光りする虫、これは血液を増やす。あの古木の根は弱った胃を助ける働きがある。
だめだ。薬の核となる心臓の鼓動を復活させる薬が見つからない。
いや、そうだ! 僕はすでに持っている。フレイムマッシュがある! 扱いはとても難しいが強く心臓を動かす働きを持っている。
全部見つかった! あとは、これを飲ませるだけだ。
集めた生薬を川で汲んだ水で煮詰める。焦ってはダメだ。九十度で十分。フレイムマッシュはそれ以下だと減毒処理できず、それ以上なら薬効を失う。日中に見た雲の高さ的に、ここは高度三千メートルない所、沸点がちょうど九十度になる。
白猫はと言うと、疲れ切ったのか、寝ているようだ。煎じている間に何度も息を確かめる。
かすかな息が今にも途絶えてしまいそうで、焦燥感を覚える。泣きそうになりながら、猫の背中をさすって介抱した。
やっと煎じ上がった。僕はその辺の葉っぱでパタパタと扇ぎ、喉を火傷させないように煎液を冷ます。この時間ですら惜しい。猫は何とか息はしているようだ。
そして、できあがった薬液を猫の口から漏れないようにそっと移す。
飲んでくれたらいいが。
フレイムマッシュは薬効を発揮する量と、毒性を生じる量が極端に狭い。吐き出しでもしたら、量を知る術がなくなる。それに、体力を奪われた猫にとって
だが、その心配をよそに、猫は静かに喉を動かす。気のせいかもしれないが、猫は先ほどよりも穏やかな表情をしている。
「良かった。元気になってくれよ」
そう口から溢すと、一気に緊張の糸が切れた。膝に猫を抱えたまま、僕も強い眠気に襲われる。
ね、寝ちゃダメだ。魔獣に襲われるかもしれない……
頭ではわかっていながらも、意識は遠のいていく。
猫、元気になるといいなぁ。
抗いも虚しく瞼を閉ざし、白猫と一緒にすやすやと寝息を奏でる。
◇
「ま、眩しい」
朝焼けが目に染みる。どうやら、幸運にも魔獣に襲われることなく、朝を迎えることができたようだ。
「ね、猫は!?」
頭がはっきりしない中、まず思い浮かべたのは昨日介抱した白猫のことだ。目覚めたら亡くなっていましたでは、立ち直れる気がしない。
「あ、あれ?」
膝の上にいたはずの白猫が忽然と姿を消していた。
そして、何故か替わりに美しい裸の女性が僕の膝枕ですやすやと気持ち良さそうな寝息を立てている。
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