第15話

「まさか、ここまでするとは……」



 執事兼隠密の悪魔マーヤークさんは、何だか声を振るわせながら最高にヤバい顔で笑っていた。今回はまあ、全部執事さんのせいだ。……たぶんね。妖精王様があんだけ怒るってことは、色恋沙汰の問題か? 触れちゃいけない系か? セクハラ悪魔だからしょうがない、自業自得ですよ。……巻き込まれたこっちはいい迷惑。どうすんだ? これ……


 見たところ、この島は南国の無人島だ。あっち側の海も見えるし。かなり小さめだな。ホテルがあれば最高のリゾート地になりそう。


 今回一緒に来たのは、フワフワちゃんと執事さん、お馴染みのベヘモト騎士団の面々、文官さん多数だ。私たちと騎士団のみなさんは、まあいいとして、文官さん達は結構大変そう。突然のことにオロオロしている。可哀想に……全部この悪魔がやらかしたことなんです。私は関係ありませんよ。



 ダメ元で砂浜にSOSでも書くか……? こんなとこ通りかかる竜車なんてないか……



 そんなことを考えていると、モコモコモルドーレさんが部下達となんかやっている。部下さんが困り顔で首を振って項垂れたので、何かが駄目だったんだろう。座り込んだ私に、モルドーレさんが教えてくれた。



「ここからでは通信兵がまったく役に立ちません。ジェヴォーダンとの連絡は難しいですな」


「そうですか……」



 通信兵なんていたんだね。きっと電波じゃなくて魔法なんだろうな。魔力の届く範囲がどこまでなのかは知らないけど、近くに陸地はないってことね。うむ。ここはあのアイランドではなさそうだ。ということは、だ。



「じゃあ私、とりあえず王子殿下の休憩所でも作っときますか……?」


「は! お願いします!」



 やることさえあれば、人間結構冷静でいられるもんだ。私は騎士団のお邪魔にならないように、自分の仕事をすることにした。そんでフワフワちゃんと楽しくくつろごう。うん、それが良い。やっぱ流木でテント作って焚き火だよね。



 あれ? サバイバル生活再び……? 今度はマシュマロも焼けるよ!! は! ダッチオーブンの夢が!!



 フワフワちゃんは不安そうにしていたが、立ち上がった私の足元にスリッと寄ってきて、ムームー言ってる。任せて! フワフワちゃんは私が守る!! ……まあ、生活的な意味で、だけど……戦いは、任せた。



「フワフワちゃん、また焚き火しよっか?」


「ムー!」


「じゃあ一緒に流木いっぱい集めようねー」


「ムー!!」



 うんうん、可愛いね。最近癒しが足りなかったから、いいオキシトシンだ。ちょっと浜辺を歩いてきます、と騎士団の方に伝えて、私はフワフワちゃんと久しぶりに水辺で遊んだ。フワフワちゃんは波の上で高速回転して、ネズミ花火がサーフィンしてるみたいになっていた。楽しそうでなにより。私はまあまあな流木をゲットして、フワフワちゃんを呼び戻して上陸地点に戻る。


 騎士団の人たちは何とかして通信がつながらないか、まだ頑張っているようだった。数人が島の奥に調査に行ったっぽい。そういやセクハラ悪魔はどうした? 元凶のくせしやがって、何やってんだアイツ……あ!


 そこには、少し離れたところで体育座りをしながら、黒いモヤを垂れ流して落ち込むマーヤークさんがいらっしゃった……よし、見なかったことにしよう。なんとなく影が薄くなっている気がするけど、たぶん気のせいだ。とりあえず生きてるし、問題ない。ちょっと放置するぐらいが今はちょうどいいんだろう。……と思う。ま、かける言葉もないしね。ははは。


 とりあえず失敗したら嫌だから、誰もみてない隙にマシュマロを出す。


 マシュマロ〜マシュマロ〜マシュマロ〜マシュマロ〜!!


 うまく思い通りにマシュマロが出た。あとチョコ出してー。……うん、焚き火の準備はバッチリだ。


 そうなると……やっぱりダッチオーブン!! 


 ダッチオーブン〜ダッチオーブン〜ダッチオーブン〜ダッチオーブンンン〜……ダメか。ムズい。


 今はまだ軽くて小さいものしか出せないっぽい。マシュマロで納得しよう。いつか何でも出せるようになるといいなぁ……砂まみれで転がりまくっているフワフワちゃんを呼ぶ。フワフワちゃんは海を見るのが初めてなのか、とんでもなくはしゃいていた。あ、そっちの方に行くと落ち込んでる人との対比がエグいからこっちに来てー! そうそう……違うよ、いじっちゃダメだってば! ……あー連れて来ちゃったのね……まあ、いいけど。いや、本当はよくないけど。


 せっかくフワフワちゃんと出会った頃のサバイバル感とか思い出そうとしたのに、暗めのモヤモヤを全身にまとう執事さんが同席することに。……暗過ぎィ。仕方なく作り笑顔でマシュマロの刺さった串を渡した。えーと……焼けた人はチョコかけるから言ってねー! 


 3人一緒に無言で砂浜の焚き火に向かう。しかし暗!!



「……申し訳ございません、王子殿下」


「ムー? ムー! ム、ムー!」


「いえ、そんな、私めにはもったいないお言葉です」



 何を言ったんだフワフワちゃん……執事さんは、ポツリポツリと事情を話しはじめた。魔国と契約する前の執事さんは超絶サイテー悪魔で、ありとあらゆる種族の女性を喰いまくっていたらしい。その一環で、なんか2000年前に妖精女王様を喰ったんだとか。やっぱ悪魔ってロクなことしねーな! 今でもセクハラ悪魔だしな!!



「それで、妖精女王様はどうされたんですか?」


「ですから、私が食べてしまいましたので……消滅いたしました」


「え?」



 



 れ、恋愛的な話じゃなくて……物理? 怖。


 やはり目の前にいるのは悪魔だ。危険人物だ。いや人じゃない。危険概念だ。



 



「そ、それで……妖精王様はあんなに怒っていたんですね……」


「あいつは母親にベッタリでしたからね。せっかく親離れさせてやったというのに……」



 オメーだって孫離れできてねえだろ!! ……まったく理解が追いつかないが、要するに妖精王様は、お母様を殺されて激怒りってことなのね。うん、お前はもっと罰されろ。ただし単独でな! しかし……そんな理由じゃ、謝罪ぐらいでは許してもらえそうにないね。戦争一択じゃないの? この流れ。マズい……非常にマズいですよ。目の前の被害者ヅラした悪魔のせいで、俺たち全員ヘイトの対象だぜ!! はぁ、加害者はいつだって物事を軽く見るよね……とりあえず事情聴取を続けてみる。



「あの、どうして……妖精女王様を、その……食べちゃったんです?」


「どうしてって……」



 極悪危険悪魔マーヤークは、チラリと私に怪しい目を向けながら、当たり前のように答えた。



「美味しそう……だったからでしょうか?」



 何かを思い出したように舌舐めずりしながら微笑む執事さん。ハイ確定。この悪魔、私のことも食べる気ですね。物理的に。今後はこれまで以上に気をつけなければいけないだろう。魔国との契約ってやつがどんなものかわからないけど、今のところフワフワ効果で私の身の安全は保証されてるっぽい。でも森でセクハラされまくったし、その安全保障は絶対ではない。そう考えると、西の森での特訓はかなり危険だったんじゃないだろうか……? フワフワちゃんが王様についていかなきゃいけないタイミングで、執事さん主導で訓練なんて……少し変だと思ってたんだよね。いや、おかげさまで新しい魔法は覚えられたけども。



「ムー!!」



 何となく気まずい雰囲気になったところで、フワフワちゃんのマシュマロが焼けたみたい。トロッと溶かしてココナッツミルクと混ぜたチョコソースをかけてあげると喜んで食べていた。熱いから気をつけるように! 猫っぽいフワフワちゃんだけど、猫舌ではないらしい。私のマシュマロもいい感じに焼けたのでチョコたっぷり。……ハブるわけにもいかないので、執事さんのにもちゃんとかけてあげた。いや、本当はマシュマロごと没収したかったんですけど。


 しかし、いきなりぶっ込んでくるなぁ。私の部屋で急に泣いたときもビックリしたけど、なんでそんな個人的なこと急に喋るんだろ……? 過去のこと秘密にしたいとは思ってないのかな? 精神的にも結構不安定なとこあるし……だからこそか? 昔の知り合いにもいたんだよな……ゼロ距離系の人。出会って三日ぐらいなのに「あたしと世界中、敵に回すならどっち?」とか聞いてきて答えに困ったわ……まあそいつは変な男に引っかかってフラれて見事にメンヘラ化していたが……やっぱ悪魔もメンヘラ系多いってこと……?? なんつーか、すぐ精神的ストリーキングみたいなことするんだよなぁ……


 最初はイケオジど真ん中って思ってたけど……もしかしてお子様なのかな?? まあ、何千年生きてても他人に気を使ったことないんなら、成長なんてしませんよね。トロトロの焼きマシュマロをチューチュー吸ってる悪魔を見ながら、私は取り留めもなく考えた。……キモい食い方してんじゃねえ!!








「本日は、この島で一泊するしかないでしょうな。通信兵には引き続き、どこかに繋がらないか探らせておりますが……」



 陽が落ちかけてきた頃、隊長のモルドーレさんが報告に来た。フワフワちゃんも私も、お泊まりは大賛成だ……けど、一泊で済むのか?? 帰れる可能性はあるのかな? 魔国に連絡がついたら竜車で直帰なんだろうけど、それは連絡がつけばの話だ。それどころか、定時連絡ができなければ、魔国のほうでも大騒ぎになってるんじゃないだろうか? 



「どのくらいこの島に居ることになるんでしょうか……?」


「そうですな、状況が確認できないことには何ともいえませんが……」


「あ、すみません、わからないこと聞いてしまって。あの……時間があるなら明日、島を見て回ってもいいでしょうか?」


「王子殿下とですか? そうですな……マーヤーク殿と一緒なら大丈夫でしょう」



 執事さんが復活するかどうかわからんけど、明日は無人島探検が決定! 調査に行ってた騎士さんに聞いた限りじゃ、食料になりそうなものいっぱいあったらしいし、最悪私が何か出せばいいし、足止め食ってもなんとかなるでしょ!!


 浜辺の夜。フワフワちゃんとココナッツジュースを飲みながら、焚き火を眺める。はあぁ、のんびりリラックス……見様見真似で作ったティッピーテントは結構カタチになってるし、暇だったから貝殻とかお花を飾ったりして、いい感じにフォトジェニックだ。何となく寝るのが楽しみ。何たって公式にフワフワちゃんと一緒に寝られるんだもんね!! 不謹慎だけど、遭難最高〜!!


 実は私、現実世界で沖縄とか行ったことなかったんだよねー。




 ハワイ感とかガッツリ堪能したい!!



 



 ◇◆◇◆



文官A「ミドヴェルド殿って……王子殿下のこと『フワフワちゃん』て呼んでないか……?」

文官B「もう6回は聞いてる」

文官C「死にたくなければそれ以上思考するんじゃない!」


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