第8話
……わかっていた展開だった。ただ、ここまで凄惨な現場になるとは思わなかっただけだ。
「クッ……!! 左前方注意!! マリシ、壁だ!!」
「あいよ! あたしに任せな!」
ヒャー!! あのイノシシの人、レディだったのねー!! ヘラジカ騎士さんの影に隠れながら、私は周囲の状況を何とか把握しようと焦りまくっていた。急な吹雪に巻き込まれて、ホワイトアウト状態になってしまったのだ。フワフワちゃんは一応、私が抱えている。モコモコバイソンのモルドーレさんは、落石的なものをものすごい勢いで受け止めながら、矢継ぎ早にいろいろと指示を飛ばしている。マジこれ、雪崩もあり得るのではないか?
お天気は良かったはずだった。でもここは魔国。何だかわからないけど、吹雪を巻き起こす魔物がいたっぽい。いやぁ、山の天気は変わりやすいって聞いてたけど、能動的に変えられてしまうとはね。ははは。こいつも大自然のひとつといえるのだろうか……風が強すぎて息が吸えないよ。中学んとき、田んぼの真ん中でこんなんなったことあるわあぁぁぁっぷ……冷たい風が足に刺さるぅ。
「ムー!! ムー!!」
「ひゃあ! だめだよフワフワちゃん!!!」
私の腕から逃げようとするフワフワちゃんを必死で抱きしめる。試練ていうくらいだから、この吹雪を出してる魔物を倒すってこと?? わりと無理ゲーなんですけど! 私、一応、非戦闘員なんですけど!! フワフワちゃんの実力はかなり高いと思っているけど、無敵ではないだろう。無敵だったら騎士団の方達も私も必要なく、フワフワちゃんひとりで攻略できているはずだ。つまりそういうこと。私はたぶん、やる気にあふれ過ぎた王子殿下をセーブする役目。
騎士さんたちの前では、必死にミステリアスな無口キャラにしてたのに、一気に崩壊する。オイコラ! フワフワ!! 大人しくしてろやあぁぁ!!!
その時だった。
「ウッ……」
ゴッ!……と、鈍い音がして、視界の脇で、モルドーレさんが崩れ落ちるのが見えた。まずい……滑落する!!
「掴んで!!! 早く止めて!!!」
思わず周囲の騎士さんに命令口調で叫んでしまった。みんなそれぞれ大変なのに。そんな中、黒いモヤモヤの人が、素早く細長いモヤモヤを触手のようにモルドーレさんに伸ばす。とりあえず滑落は免れたが、モルドーレさんは意識がないっぽい。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!
なんか結界とかできないの?! 結界だよ!! 防御結界!!!!
アドレナリンが出まくってる感じ。考えが高速で回転しているみたいな感覚になったと思ったら、私を起点にピンクの半球がグワッと広がった。急に吹雪が止まって、何だか変な感じ。ハッと我に返ると、みんな不思議な顔でこっちを見ている。これは……また何かやってしまったようですね。フワフワちゃんだけが通常営業で、私の足元を8の字にスリスリしている。安定のカワイイ担当。
とりあえずモルドーレさんの安否を確認。脳震盪っぽいけど大丈夫とのこと。魔物つよ。まあバイソンは現実世界でも普通に強いか……むしろこの人が倒れるほどヤバい岩が頭部にヒットしたということだろう。ほかの人は無傷のようだった。ふぅ……良かったよかった。
「……失礼ですが、ミドヴェルト様」
黒モヤさんが話しかけてきた。おま……喋るキャラだったの? てっきり無口系かと……
黒モヤさんが言うには、登山隊隊長のモルドーレさんがあの状態なので、副隊長の黒モヤさんが指揮をとるとのことだった。マジか……何にも喋らないから、新人か見習い的な立ち位置の人かと思ってた……
「つきましては、この魔法、どのくらいの時間維持できるものでしょうか?」
「そ、そうですね……」
わからんよ! 急に出たんだもん!! でも、そんなこと言われても困るよね……普通どんくらいなの? でもモルドーレさんが復活するまでは維持したい。だってそうしないとみんな死ぬ。もちろん私もヤバい。死ぬ気で頑張るしかない!
「……隊長のモルドーレさんが回復するまでは持たせたいです」
黒モヤさんは黙ってうなずいた。
「ならばここはお任せいたします。自分は残りの者たちと王子殿下をお守りし、試練へ!」
「ムー!!」
おいおい本当に大丈夫なんだろうな……まあ試練だからねえ……死なない程度に頑張ってくれ。そんなわけで、私はこの場でモコモコモルドーレさんと結界の中に待機することになった。はぁ……
あの黒モヤさんは、かなり余力を残してるっぽいから、任せても安心だろう。フワフワちゃんも、見方によってはイエティみたいなヴィジュアルだし、雪には強いのではないだろうか……? 王様もあんまり深刻な感じじゃなかったし、この試練は乗り越えられるレベルなんだと思う。油断は禁物だけど、私にできることはもうない。とりあえずリュックからお茶セットを取り出し、ランプに魔法で火をつけてお湯を沸かす。フワフワちゃんがいたら一発だったのになぁ……いやいや、今は無事成功を祈るのみ。
10分ほど経ってお茶のいい香りが漂うと、モルドーレさんが目を覚ました。いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたが眠っていたのは……10分です。ふふふ。お茶を渡すと普通に飲んでる。うん、大丈夫そう。
「面目ない……自分としたことが……」
「いえ、あれは仕方ないです。むしろ守っていただけて感謝しています」
落石事故で死者が出ないなんて奇跡みたいなことだ。吹雪にばかり気を取られていたけど、モコモコモルドーレさんとイノシシのマリシさんがいなければ大変なことになっていただろう。タンク役ってやつ? ありがたや。
「しかし……この魔法は、ミドヴェルト殿が?」
「ええ、まあ……」
「騎士団にもシールド魔法を使える者はおりますが、このように広範囲なものは……」
「あー……ははは……」
「して、王子殿下とほかの者たちは?」
「あ、副隊長さんと一緒に、試練の続きをするとのことでした」
「なんと、マーヤーク殿が。ならば、任せたほうがいいということか……」
な ん で す と ??????
マーヤークって……執事さんの名前だよね?!
は? え?! あの人付いて来てたの?!!
執事かと思ってたけど、なんかアレかな? 隠密的な何かなのかな……? 王様も名前で呼んでたし……フワフワちゃんの護衛でどこにでもついていく人なのかもしれない。
あれ? ……じゃあ、あの沢で、何でフワフワちゃんはひとりだったんだろ? 喧嘩して家出とか……?? 謎だ。
しばらくすると、空が晴れて淡い水色の光が広がった。大丈夫そうなので、結界を解く。なんだかんだで30分はいけるようだ。もし次に聞かれたら、自信を持って「30分ですね……」と答えよう。クール&ミステリアスにね。しかし、これはアレか、吹雪の魔物とやらを無事にやっつけたということかな? みんなはこっちに帰ってくるの? それとも私たちが追いつく感じ?
「さて、我々も行きますか!」
あ、行く系なのね。私は逆らわずにモルドーレさんの後を追った。はあぁ……アウトドア派じゃないのになぁ……
ぜえはぁしながらみんなと合流すると、マーヤークさんはすっかり執事姿に戻っていてボロボロだった。え、そんなに激しい戦いだったのか……呑気にお茶とか飲んじゃってて悪いことしたかな? ほかの人は……無事っぽい。フワフワちゃんは?? あ、あそこで飛び跳ねてる。うん、元気だね。
「マーヤーク殿! 申し訳ない!」
さすがにモルドーレさんも、ちょっと焦って執事さんに駆け寄っていた。執事さんて、強いの……? 弱いの……? よくわからん。まあ、見たとこ元気っぽいから大丈夫だろ。傷つきやすいけど超速再生、みたいな感じなのかもしれない。ヘラジカさん達に軽く声をかけて安全確認。登山は続けられそうとのこと。うへぇ……私はリタイアしたい……
ただ、地図を囲んでみんなが難しい顔をしている。吹雪でホワイトアウトになったときに、登山ルートから外れたらしい。目印は、ちょっと遠くに見える四角い岩。あれ? ……岩……四角……うっアタマが……
有名な遭難事件の、偽四角岩っぽい可能性あるんじゃない……?
「何ですと! うーむ……そのような幻惑術が……」
幻惑じゃねえと思うが……まあ……幻惑なのかな? ある意味、自然の罠だもんね。一応、隊長のモルドーレさんに話をすると、騎士さん達が調べてくれることになった。そして、まんまと違う岩を見ていたことがわかり、私たちは無事に登山ルートに戻れたのだった。いやぁ……偽岩どころの話じゃなかった。10個以上同じような岩があって、よく目標にしたなってレベル。しかも、その岩たちは生きていて、後の調査で毎日数cm動いていることがわかった。……魔国コワイ。
「ムー!!」
何とか火口につくと、カルデラっぽい内側全部が溶岩だった。まさに地獄の釜。ひとつ理解できないのは、そこに肩まで浸かっている人っぽいのがいる。なにゆえ……
「お! 坊主、来たか!」
溶岩でできた人っぽいのは、割とフランクに話しかけてきた。親戚のおじさんか???
「ムー!!!」
「えぇ?! 本当か?! よかったなあ!!」
「ムー! ムー!」
「おー! 良いぞー! 任せろー!」
「……ムー!」
な、何やら盛り上がっていらっしゃる……とにかくこれで試練は終わったのかな? フワフワちゃんが溶岩のおじさんに本物の火山の石をもらい、私たち一行は無事下山することができた。
◇◆◇◆
モルドーレ「フ、フワフワちゃん?」
ヘラジカ 「フワフワちゃん?」
イノシシ 「フワフワちゃん?」
牛 「モワモワちゃん?」
ラクダ 「フワフワちゃん?」
マーヤーク「フワフワちゃん……だと……?」
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