第6話

「ムー!! ムー!!」



 目の前の高級ソファの上で、白いフワフワしたものがご機嫌で飛び跳ねている。何を隠そう魔国の王子。控えおろう! フワフワちゃんのお通りだ!! ……なんてね。


 どうやら実験は成功だ。……と思う。


 それなりにわかったこと。フワフワちゃんのおっしゃる『歌』とやらは、私が音楽に関係するものを頭に浮かべると聞こえるらしい。ちなみに私には聞こえない。なので手探りで行くしかない。現状はフワフワちゃんの反応から察するのみ。……非常に不安。


 やっぱり魔国の王子だから、なんか特別なセンサーとか付いてんのかな? ……と、思ったらそんなことはなかった。外で待機してくれていた文官さんにも試したら、フツーに『歌』が聞こえたようだ。



「な、なるほどこれは……確かに素晴らしい!」



 魔国の人にはみんな聞こえるのかな? それともフワフワ王子に次いで、この文官さんも優秀なだけとか? ヤギっぽいし、魔王の直属の部下なら高位の悪魔なのでは?? もし全員に聞こえるとすると……ちょっと待ってくれ……私、今までずっと『歌』を垂れ流しまくっていたんじゃないか……? 今さらながら羞恥心がヤバい。パッシブスキル的なこと? だって歌ってるつもりなかったし……アレか、常時魔物を引き寄せる効果が発動するやつか? それでフワフワちゃんが引き寄せられたワケか。ああ……そういう……これからはできるだけ高尚な歌を思い浮かべよう……スタンダード系で。


 何となくは理解したけど、念には念をってな感じで、近くに立ってた警備の蛇男くんにも念を送る。急にお偉方の前に引き出されて緊張してたっぽい蛇男くんだったけど、しっかり『歌』が聞こえたようで、やはり脳に直接何かが伝わっているらしい。初めての感覚にうねっていた。いいね、可愛いね。若いね、蛇男くん。脳に直接……(白目)



 はあぁ……じゃあもうバックバンドいらねえなあ! はい、解散解散!!



 ……じゃなくて。なんかもっと役に立つ能力欲しかったなー。脳に直接歌を送り込んで何かいいことあんのか?? あ、でも、選曲によっては混乱系の攻撃ができるかも知れないなぁ。デスメタルとか平沢進とか……などと考えていると、ドアをノックして例のイケオジ執事さんがやってきた。何だか取り乱した雰囲気があって、さっきよりも風情があるような。



「失礼いたします、今こちらで何かされていましたか?」


「ああ、はい。私がちょっと歌を……」


「歌……ですか」



 執事さん、目が怖いよ。これはアレだね? 怒っているね? なぜだか暗殺者の目でどんどん近づいてくるけど……でも待ってほしい。私はこの国の王子に強制されただけなんだー!!! 言い訳をしようとすると、フワフワちゃんがぽいんと跳ねて、事もなげに執事さんをぶっ飛ばした。





 ええええええええええええええええええええええ?!!





 何そのゼロ・グラビティ・キック!?!?!? 


 ほわんて浮かんで、なんか凄いの繰り出したね?! 


 そんでアンタ、全然反動ないの? 怖!



「ムー!!!」



 いやおめえ……ムーじゃなくてさぁ……もしかしてここ……超ヤベえとこなのか?? フワフワちゃんはそのまま弧を描くように私の膝の上に着地する。久々のフワフワ。ふわぁ……やっぱりいいわぁ。オキシトシン〜! 何やらひと仕事終えて、フンス! となっているフワフワちゃんを抱っこしていると、廊下のかなり遠くのほうまで蹴り飛ばされたらしき執事さんが、落ち着いて咳払いをしながら帰ってきた。あまりのオキシトシンに軽く存在を忘れていた……スマン。どうやら大丈夫そうだけど、見た目はボロボロになっている。まあそうよね……この部屋の高級そうなドアも粉々に壊れているし、ここから見える範囲だけで長く伸びる廊下の柱も2、3本いってるっぽい。そういやフワフワちゃんは森で騎士団の人と会ったときも戦ってたし、ムーしか言わない分、肉体言語で会話するのかなあ……? とか考えて軽く呆けていると、ムームー言われて手元に目をやる。やだーカワイイー! 何この白いフワフワー!



「ムー?」



 うんうん、あざと可愛い。よくはわからないが、褒めて欲しそうな目で見上げてきたのでナデナデしておいた。フワフワちゃんは頭をスリスリ擦り付けてご満悦だ。まるで猫のようだ。もう猫になりたまえよ。執事さんはさっきとは打って変わって冷静な態度になっていた。完全お仕事モードって感じで、ちょっと残念。つい出ちゃう地みたいなの、大好物ですよ。執事さんはホコリを払って服装を軽く整えると、フワフワちゃんに向かって頭を下げた。



「失礼いたしました、ですがその歌をこれ以上歌われるのは、少々問題がございます」


「ム! ムム、ムー!」


「左様ですか……それではそのように申し伝えます」



 執事さんは軽く私を一瞥すると、去り際にドアの破片に向けて手をかざし、何事もなかったかのようにすべてを完璧に修復して出ていった。すごい魔法だ……欲しい(白目)


 とりあえず歌はもうやめ。怒られてしまったし、私には聞こえないけど、実家で大騒ぎしてお母さんに叱られる的な雰囲気になってしまったんだろうきっと。流れでフワフワちゃんを抱っこしてしまったけど、その点についてはまだ怒られていない。これはOKってことなのだろうか?? モフモフを堪能してその日は終わった。









 後日、王様の命令を伝えにきた文官さんは、『歌』の発表会が中止になったことを教えてくれた。


 せっかくやる気満々だったのに、つまんないなー。まあいいけど……面倒くさいとも思っていたし。それよりも、あれから何だか、みんなが目を合わせてくれなくなったんですけど……私、なんかやっちゃいました?? すっかり顔馴染みになったつもりの蛇男くんにも何だか避けられて、軽く凹む。魔国ムズカシイ。



 いや、若干1名、私をガン見してくる執事さんはいらっしゃるけども。



 まあ、私のせいで王子殿下に蹴り飛ばされたも同然だし、逆恨みとかされてるのかもね……気をつけよう。というか、歌会なくなったんなら、もうお城にいる意味ないよね? さっさとお暇しようかな……怖いし。と思って、その辺にいたカエルっぽい文官さんに声をかけると、驚愕の顔をされて急に城内が慌ただしくなった。よりにもよって、凄惨な笑顔で怒り心頭のオーラをダダ漏れさせている執事さんがやってきて、私は王様の元に連れて行かれてしまったのだった。魔国やっぱりムズカシイ。



「ミドヴェルトよ、実はそなたに相談があってな……」



 王様の話は、フワフワちゃんの教育方針に関して、私に一任するというものだった。


 なぜ……魔国もはやイミフメイ。




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