第5話

 歌を披露することになった。




 もう一度言う、歌を披露することになった!!!




 我が名はアシ……じゃなくて。


 なぜこうなった? 魔国コワイ。


 お風呂で歌ったから? 勘弁してくれぇ……


 いや、歌は好きだよ?


 でも、カラオケだからさ。


 いいのかい? 良いんならまあ……


 よーし……十八番でも歌っちゃうぜ!


 あ、でもアカペラ……? む、無理ですスイマセン……ふわぁぁん……逃げたい。


 王様の前で歌うなんて、超有名オペラ歌手とかじゃないんだから。



 ずっとこんな調子で、ぐるぐるぐるぐる逡巡しながら、私は部屋の中に閉じ込められている。なかなかヨーロピアンな贅を尽くした感のある室内ではあるけど、今は全然堪能できていない。目の前には、ぶん殴りたいほど良い笑顔のヤギっぽい文官さんと、フワフワちゃんこと魔国の王子Aがちょこんと可愛く座っている。名前はまだわからない。王様も、なんか自己紹介してくれたけど、ロワってフランス語の「王様」って意味だよね。近所のパン屋さんの名前だったから知ってる。まあ、見知らぬ外国人にそんなホイホイ個人情報なんて教えないのだろう。呪いに使われちゃったら困るもんね。もしくは、“名前を言ってはいけないあの人”扱いのパターンかもしれない。



「やっぱり無理ですよ、歌うなんて」


「しかし、ミドヴェルト殿に歌をというのは、王子殿下たっての望みでございますれば……」



 チッ……フワフワテメエ……



 思いっきりフワフワちゃんを睨みつけてみるが、私の目が細められたことで、フワフワちゃんも目を細めながら返してくれた。んん? 何だ?? ああ……猫の挨拶じゃ、これ親愛の情を表す系の動きだったか。失敗失敗。つーか、マジで猫なのかね君は!! 可愛いな、まったくもう!


 フワフワちゃんは、どうして私が魔法の歌とやらを歌えるなんて思ったの? 全然記憶にないよ……寝てる間に寝言で?? いやいやまさか。というか何? なんの曲?? せめてジャンルを教えて。さすがにあの事務所の曲じゃないよね? それともジャズ系? クラシックの歌なんか知らんけど。小学校で習った歌かなぁ?


 もう歌うのは決定っぽいし、半分あきらめて受け入れては居るのだ。しかし、何を歌えっての? この世に歌がひとつしかねえとでも思ってんのか? あぁん? ……まさか、異世界じゃひとつなの? 困ったよー困ったよー。私のファイアーボールでこいつら全員倒せるか……無理だな。はあぁ……降参だぁ。



 できることを頼まれるのは全然いいんだよ。できないことを頼まれるのが嫌なのよ。



 そんでもって、命令ならまあ結果はどうあれ従うよ。そうじゃなくて、お願いされるのが本当に嫌なのよ。私の責任で、私の選択で、私の決断ってことになるでしょ。どうなのそれって。そりゃ、オマエラを全員消し炭にできる能力があれば気軽にNOと言えるけどさ。粛清されたくないとか考えると受け入れる以外ないけど、成功は約束できないよ……


 もうフワフワちゃんには頼れないので、私はできるだけ目を合わせないように窓の外を見る。たぶんまだ大きいガラスは作れないんだろうね。斜めに細かい枠があって、まさに中世の窓って感じ。どんなジャンルを歌うにしても、私が自由に調整できるバックバンドが欲しい。ピアノってあるの? まだチェンバロの時代かな? まさかパイプオルガンじゃないよね? それはそれで弾いてみたいが。



「それです、その歌だと王子殿下はおおせです!」



 急に、文官さんがズバリ指摘してくる。





 ……はぁ?


 歌ってませんけど?


 何だぁ? ブンカンコノヤロ……!






 無駄に気が立っている。ストレスのせいだろう。いやオキシトシン不足か。一旦落ち着こう。素数でも数えれば良いのではないだろうか。13ぐらいまでしか知らんけど。


 フワフワちゃんは一体何を言っているんだ? 歌?? 私、今、無言だったよね?


 何が歌なの? この異世界……何かこう、意味する言葉が違うのかな? だとしたらもう、何にも意思疎通できませんね。終わりですよ、こんな国。はぁ……ストレスが凄い。哲学の先生みたいに、まず言葉の定義から始めなければいけないのかしら……?


 なんかアレかな? あの沢で寝てるうちに何らかの歌とやらが無意識に発信されていた? それをフワフワちゃんが察知して、私のところまでたどり着いた的なこと?? 何でしょう……わかりませんねぇ……いや待て。これはアレか? 裸の王様的なパフォーマンスで乗り切れる可能性があるのではないか? この感じ。そうだよ、絶望にはまだ早い!!



「わかりました。その代わり、私の希望を叶えてもらってもいいでしょうか? 歌うために必要なことです」


「は! こちらとしましては、できる限りご要望に沿うつもりでございます」



 そうかい。できるかなぁ……ふっふっふ。まあ良い、自重はしないぜ。こういうのってやり切ったほうがいいんだもんね。それに私も自分の可能性を探りたい。敗北を知りたい!! ……いや、敗北はしまくってるんですけど。



「それでは……早速ですが、王子殿下と二人きりにさせていただけますでしょうか?」



 いきなりぶっ込んでみた。私の要望はどこまで叶うのか? 怪しい外国人と王子殿下を二人きりにできるのか? 通訳の文官さんが居てもいいんだけど、はじめにどこまでやったら怒られるのか、そのラインが知りたい。



「承知いたしました。では、人払いをいたしましょう」



 え、マジかい……文官さんは躊躇なく腰を浮かせながら、そそくさと部屋を出ていった。アレかな……? 絵画の目んとこに覗き穴とか、そんな感じかな? でも魔法があるんだから、どんな方法でも監視できるか。ま、どうせ私じゃフワフワちゃんを害することなどできないと思われているのだろう。実際そうだもんね。それに、見られても別にいいし。


 重厚感のあるドアが閉まってしばらくすると、私はフワフワちゃんに向き直った。どうしよう、抱っこしてみる? なんかコイツ、スンッてした抱っこ待ちみてーな顔してやがるぞ? いやいや、その前にだね、君。ハッキリさせておこうじゃないか。



「ビックリしちゃったよー。フワフワちゃんて、王子様だったんだねー!」


「ムー!!」



 私が思いっきり笑顔で話しかけると、フワフワちゃんは嬉しそうにフンス! とポーズを決めた。ソファの上でポヨンと丸い体が揺れる。なるほどね……こっちが話す内容は、どうやら理解できているようだ。じゃあ聞いてみようかな? 答えが私に理解できるかどうか自信はないけれど。



「ところでさぁ……フワフワちゃんが言ってる『歌』って何なのかな? ちょっと私にはわからないんだけど……」


「ムー! ムー!」



 やべえわかんねえ……やはり通訳の文官さんを再度INするか?? でもなあ……もうちょっと粘りたい。フワフワちゃんは悪気があって私に負荷をかけているわけではなさそうだもんね。こんなに可愛いんだもの、悪い子なわけないじゃない。そう、絶対。カワイイは正義。よくはわからないが、フワフワちゃんは一生懸命ジャンプして、とにかく何かを訴えているようだった。それが何かってことを、ダイレクトに知りたい。









「タラララ〜♪ ラルル〜♪ ……こんな感じ?」



とりあえず適当に歌ってフワフワちゃんの様子を見る。当の王子殿下は、ぷいんぷいんとジャンプしながら、こちらの歌には反応していないようだ。やっぱり声に出して歌うんじゃなくて、私の脳内で起こる何かにフワフワちゃんは反応しているんじゃないだろうか……?


 あの夜、私がみていた夢とかにフワフワちゃんは反応していたのかも知れない。それか……θ波? フワフワちゃんはただの魔物じゃないっぽいし、脳波をメロディとしてとらえているのではないだろうか。でも脳波なんて自由自在に出せないんですけど……


 よし、実験あるのみ。



「ちょっといいかな? 今からテレパシー……じゃなくて、音楽のイメージを頭に思い浮かべてみるね。歌が聞こえたら教えてくれる?」



 私は、自分の一番好きな曲を、無言のまま思い起こしてみた。



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