第4話

「王子! よくぞご無事で!」

「王子、探しましたぞ。王もご心配の様子でした」

「早くこちらへ!」



 王子って誰のことなんだろうね……ははは。



 どうやらフワフワちゃんは、この魔国の要人だったみたい。何か森を抜けたところに天幕が張ってあって、トンガリ屋根にヒラヒラ旗がはためいていた。ちょっと可愛いかも。そんでもって、ガッツリ鎧を着込んだ、なかなかの規模の軍隊っぽいのがお迎えに来ていた。



 なんでやねん……猫ちゃうんかい……いや、確かに猫ではないけれども。



 思わず心の中でツッコミを入れてしまう。筋肉モリモリ系の騎士の皆さんがフワフワちゃんを丁重に扱ってらっしゃる……もう一度確認したいんだけど……「王子」という名のペットじゃないよね??


 魔国だからそんなもんなのか? まあ、フワフワちゃんはかなり強そうな感じだったが……そして今はプンスカ怒ってらっしゃるようだが。



「ム! ムー!!」



 フワフワちゃん語は全然わからないけど、語気が荒く、何となく顔が真っ赤なのでたぶん怒っているのだろう。一応、魔国の騎士団の方々は、フワフワちゃんと意思疎通ができているようだった。



「な、何と! しかしそれはですな……」

「ムー! ムー! ムー!」

「いえ、そんなことは……ですが王子……」

「ムー!」



 あれで通じてなかったら逆に怖いわ……しかし、何を話してるんだろうあの人たち。



「ミドヴェルト殿!」



 モコモコバイソン顔のモルドーレさんが、私に向かって呼びかけてきた。何かが間違ってるけど……面倒なので受け入れてしまう。どうせ偽名だし。



「はい、なんでしょう?」


「王子殿下が、どうしてもあなたにお礼がしたいとのことでして……このまま同道願えますでしょうか?」


「あー……す」


「す?」


「あ、いえ、構いませんよ。えー……と、大丈夫です」


「かたじけない! では!」



 モコモコモルドーレさんが、何やらテキパキと部下っぽい人たちに指示を出す。ここにいるのは文官か? 何だか書類っぽい束を抱えてる。よくあのヒヅメで紙とか持てるな。猫型ロボット的なこと?? 考えてみたら、フワフワちゃんも重力無視系の動きしてたし、磁気かなんかあんのかもね。私の知らない引力が。


 はぁ……とりあえず間違わないようにしないと。私の名前はミドヴェルト。……ということにする。アップデート完了。城行ったら面倒くさいことになるのかな。でも、意地張ってもなぁ……特に予定もないし、行くしかない。フワフワちゃんのお望みのままに。オキシトシンをくれよ。


 私はフワフワちゃんの特別な馬車……というか竜車? に乗せてもらうことになった。ほーこれは、なかなか豪華な良い仕事してますねぇ……え、竜ってそんな使い方できるんだ……え? 飛ぶの?! うわ、ほかの皆さんも?! あぁ、そっちワイバーン部隊?! うわぁ初めて見た! そんなことを考えながらも高所恐怖症でビビりまくっていると、フワフワちゃんがご機嫌でこっちを見ていた。



 何だ? スリスリしたいのか? 何なら膝に乗ってもいいよ? ……と言いたいけど、王子様に変なことしたら、隣りのモコモコバイソンさんに怒られるか……残念。


 この高度は……800mとかかな? 絶対に1万mとかではない。……と思う。たぶん。



 飛行機は2回ぐらいしか乗ったことないからなぁ……しかもその間ずっと耳鳴りで死にかけ状態だったし……でも一応、この高さだと全然問題ない。正直いって、高すぎるとあんまり高所恐怖症にはならないんだよね。梯子の3段目ぐらいが一番怖いかも。そんなわけで、少し余裕の出てきた私は、窓の外を眺めることができた。


 魔国は、なかなか平和な雰囲気の国らしかった。たとえば真下に見える農耕地っぽいとこは、しっかり区画分けされててなんだかパッチワークの絨毯みたいな雰囲気。黄緑と緑と茶色が組み合わさって、安心感がある。闇色で煤けた感じとか、紫色の雲とかは全然ない。え? ただのヨーロッパ?? みたいな。まあ、こういう異世界って大体ヨーロピアンな感じだよね……


 私自身もそういう雰囲気が好きで、そういう作品ばっかり選んでたしな。アジア風の雰囲気はそれほど好きじゃないし、特に和風設定は、本物なら好きだけど、変にアレンジされちゃうと……ほうほう作者よ、お前の知識はこんなものか? とか、何かちょっと変なほうに意識が流れていっちゃうから敬遠せざるを得ない。夏の柄の着物、秋に着てんじゃねーよ的ないじめられ方したことないんだろ? もちろん好きな和風の作品もあるんだけど、好き1に対して、ふざけんなゴルァ9ぐらいなイメージ。きっと関西の人がエセ関西弁を許せない的なことなんじゃないかと思っているんだけど、そうなると、ヨーロッパの人も今のこの状況をふざけんなって思ってるのかも知れない。ごめんなさいしとこう……


 などと取り止めもないことを考えていると、竜車の角度が変わって着陸態勢っぽくなった。脳内のドラゴンの着地イメージって、雑に城壁とか崩して掴まり立ちするみたいな感じだけど、この竜車はどうやって止まるのか? 軽くジェットコースターっぽいGを体に感じて、顔が青ざめる。



 え、慣れてるんだよね? プロだよね? 落ちないよね……お願い! 機長ーーー!!!



 私の心配をよそに、フワフワちゃん専用竜車はお城の上を器用にぐるぐる回って高度を落としていき、思いのほか滑らかに着地した。これは竜がすごいの? それとも機長……じゃなくて御者さんがすごいの? とにかくありがとう。心からの拍手を送ろうではないか。生きてるって素晴らしい!!


 ちょっとフラフラしながら魔国のお城に降り立つと、お出迎えの執事っぽい人たちが並んでいた。


「お帰りなさいませ、王子殿下」

「ムー!」


 マジこいつ王子なんだ……いまだにフワフワちゃんに関するこの情報だけアップデートできていない私。一応失礼のないように、言われた通りに動く。マナーとかちょっと自信ないし……外国人扱いをいいことに、後出しジャンケンでカンニングしようかな的な感じでおりますですよ。王宮の中は、まあまあ明るいけど少し魔国っぽい趣味だった。絨毯が青系。とはいえ、現実のヨーロッパの城も普通にガーゴイルとか飾ってて、グロテスク芸術のとこも多かったはず。むしろ魔国のわりには普通のお城だといえるかもしれない。あのランドよりは昔っぽいというか、基本的に石作りで無骨な雰囲気がある。どちらかというと、あのクエストのお城。



「失礼ですが、お客様はこちらに……」



 そのまま王様のところに連行されるのかと思ったが、流石にそれはなかった。ですよね……普段着にスニーカーの怪しいやつなんて、謁見できるわけありませんよね……ザリガニ獲ったりして汚れてたし……お風呂ください……


 執事さんは、なかなかの腰の低さだったけど、たぶんすごく偉い人っぽかった。スマート系悪魔? ちょっとわからん。理想の片眼鏡みたいなやつを装着していて、若いようなおじいちゃんなような。とにかくザ・執事キャラ。魔国にも結構、人間に見える人いるっぽい。変身中なのか?


 どうしよう、私ひとりだけ別室で生贄とかにされたら。今の雰囲気だとそれはなさそうだけど、人間と魔国の関係どうなってるのか知りたい。最新のトレンド情報を今すぐ。そんなビビリの心中などどこ吹く風で、執事さんはメイドさん達に私を引き渡した。無事、お風呂に到達してひと安心。とりあえず、塩とクリームは塗り込まれずに済んだ。注文ゼロ。あまりにいい感じに声が響くので、うっかり湯船に浸かりながら歌ってしまったのは失敗だった。でもメイドの皆さんはポーカーフェイスで仕事に徹していらっしゃる。何でしょう……恥ずかしいものですね。いっそちょっとイジってもらえたほうが、個人的には助かるんですけど。







「余がこの魔国の統治者たるロワである。王子を見つけてくれたこと、感謝する」


「見つけたというか……見つけられたというか。私は特に何もしておりませぬゆえ」



 謁見の広間。何となく語尾に「ゆえ」ってつけてみた。中世感出るかと思って……これからはこの語尾でいこうかな。謎の綺麗な服着せてもらっちゃったもんだから、コスプレ気分で浮かれてるのかな私。でもせっかくだから、自分でキャラ設定決めていこう。もっと古典とか勉強しとけばよかったかも。王様だって「余」とか言ってるし。


 この王様はそんなに怖い感じじゃないけど、一応は魔王ってことなんだよね? フワフワちゃんと全然似てないけど、お母さん似ってこと?? 種族は謎だけど、超フツーの人間ぽいおじさんだ。トランプの絵柄みたいな。ウイスキーのラベルみたいな。何があったら、こっからフワフワちゃんが生まれてくることになるんだよ……知りたくないよ。怖いよ。



「ん? 聞いた話と違うな。そちが魔法の歌で王子を見つけたのではなかったか?」


「はいぃ??」



 魔法の歌? 何じゃそら、知らんがな。何かが始まってるぞこれ……イベントか? イベントだな? 私は慎重に行動する必要があるようだ。でも、何したらいいか全然わかんないよー! うわぁぁん!!




 はぁ……異世界楽しいね。





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