第3話
フワフワちゃんの水魔法は超便利だった。
まず、足場になる。
これまで登れなくて詰んでた場所が、フワフワちゃんの水階段で簡単に超えられる。フワフワちゃんの水魔法は、何もないところから水を発生させることができるらしく、沢から離れても水に困ることはなかった。しかも! ここが超すごいんだけど、お湯も冷水も自由自在。どういう仕組みかわからないけど、歩くウォーターサーバーだった。お湯も飲めるし、私的に一番助かったのは、お風呂。というか、シャワーになってくれたこと。ちょっと高い木の枝にフワフワちゃんを固定すると、いい感じのお湯をかけてくれるようになった。
ただ、あんまり簡単なことじゃないらしく、ムームー唸ってすごく頑張ってくれていた。ごめんねー。やっぱりお湯はいろいろ魔力とか使っちゃうのかな? 何だか悪い気がしたので、シャワーは2日にいっぺんにしておいた。毎日汗だくでベタベタだったけど。
それに、水魔法は武器にもなるのだ。
フワフワちゃんは、森に入ると、あっという間に鹿っぽい魔物を狩ってきた。狙いもプロ並みで、眉間に一発。アレかな。ウォーターカッター的なこと? 私はニュースかなんかでしか見たことないけど、確かアレ、金属も切れるらしいよね。ははは。フワフワちゃんを怒らせないようにせねばなるまいて。
実を言うと、生きてる人や動物の怪我や出血には弱いんだけど、死んでるなら大丈夫。おじいちゃんと一緒にニワトリ捌いたこともあるし、可愛いウサちゃんを捌いている某元SASのサバイバル番組も視聴済みだ。某自然科学番組や某発見チャンネルで鯨の解剖だって見たことがあるんだー! マジックテープバリバリ。
でも手術動画見てぶっ倒れたことはある。動いてる内臓見たり脈測って血流感じたりすると、アキレス腱の辺りが痛くなって手首の力抜けちゃうんだよね……
とりあえず、私の火魔法とフワフワちゃんの水魔法で、ご飯はOK。この辺りの森には、そんなに強い敵は居ないっぽくて、私も何だかこの生活に慣れた。何だかんだいってもう5日くらいは生き延びている。安定のサバイバル生活。とはいえ、天候に恵まれてるっていうラッキー要素もあるにはある。サバイバル暮らしって、ちょっと気温が下がったり雨が降ったりするだけで、簡単に崩壊するんだよね……そこは注意しているつもり。最近は栄養がなんだか偏ってる気がして、森の中にもっと食べられそうなものがないか探してみたけど、山菜も結構難しいんだよね。食べれそうな草に似てる毒草とか、美味しそうなキノコが実は毒キノコとか、よくある話だし。何より、専門家みたいにすごく詳しい人が間違えるレベルっていうのが、大自然の闇を感じる。その上ここは異世界ときてる。まいったね。
私も一応山育ちだから、何となく知識はあるんだけど、この知識は異世界で使えるものなのか? フワフワちゃんを見ていると、猫のようで猫じゃない生き物がいるんだから、食べられそうで食べたらヤバい植物とかがあるんじゃないかな? うん、自分の知識をあまり信じないようにしよう。価値観の崩壊。でも今んとこ、お腹は壊してないから、ギリギリのところで当たりを引いているのだろう。……ということにしておく。
もっと野草ばっかり食べてるオジサンの本を読んでおくべきだったかも。そういや、友達が急に滅亡主義者になって、地方に家を買って移住してたっけ。「みんなも早く仕事辞めて家買いなよ!」とか言ってたので、何となく疎遠になってしまった……はぁ、お金持ちでよろしいこって。こちとら仕事辞めたら生きていけねんだよ。貯金? ゼロだよ。
あー……現実世界の思い出で勝手にやさぐれてしまった。せっかく異世界にいるんだから満喫しないとね。私のオキシトシン発生装置はどこにいったのかな?
周囲を見渡すと、フワフワちゃんが遠くで何かと戦っていた。
え……デカくない?
ちょ……そんなにおっきいご飯はいらないよ……?
アレは何なのか? ちょっとよく見えない。距離にして100m? ちょっと待ってね……遠いはずだけど……おっきいね……鹿? いや熊? 倍あるね……え、ヤバくない? そんなことを思いながら、いつものようになす術なくフワフワちゃんのほうをただ眺める。フワフワちゃんが勝てない相手に、私が勝てるわけがないんだってば。
逃げて……どうにかなるのかな?? だって、結構なスピードでフワフワちゃんと互角に戦ってるよ?? 何だか恐怖を通り越して笑えてきた。これはマズいぞ。本気でどうしよう……
それでも、私の心にはまだ少し余裕があった。フワフワちゃんは見た感じ元気に跳ね回っているし、私にだって一応だけど火魔法がある。……自信ないけど。
ここで死んだら、さらに別の異世界に転生できるんだろうか? こんなこと考えるのは縁起でもないことなのかもなぁ……
でも遭難中にあんなでっかい強そうな……動物? 魔物? に出会ってしまうとは運がない。
そもそも私には運がないんだろうなぁ。だって運が良かったら死んでないよね。いや、死んだとは限らないんだった。まだ生きてる。生きてるぞ私!
邪魔になるかもしれないと思いながらも、一応戦闘地域に近づいてみる。だって状況知りたいし。……マズいかな?
「ほほう! そう来ますか! ならば!」
近づいてみると、敵っぽい生き物はなんか言葉を喋っていた。フワフワちゃんは相変わらずムームー言ってる。つまり、言葉を喋っているのは相手ってことだ。
嘘でしょ……? 人? 人なの……? 私は自分の耳が信じられず、安全な距離を無意識に超えて近づいてしまった。
「む! そちらが例の?」
「こ、こんにちはー……」
不審者には挨拶するに限る。シリアルキラーじゃなければ、話は通じるはずだ。……たぶん。何たって私はこの方法で何回かは怪しい人を実際に追い払ったのだ。目撃者アピール! ……後で消されなきゃいいけど……
そんなふうにビビりながら、私は二人に近づいていった。私の中ではフワフワちゃんも擬人化されてるのだ。二人はあんなに激しい戦闘中だったのにピタリと動きを止めていて、お行儀よく話をするモードになっていた。
人だと思った相手は、牛? バイソン? 動物園で見たことあるようなモシャモシャの上半身で、つぶらな瞳の持ち主だった。かなりデカい。3mくらいありそうな勢い。私が手を伸ばした指先の高さがだいたい2mだから……2.5は確実ですね、マジデカ。体も黒っぽいけど、服も黒っぽい。全体的に黒っぽいけど、ツノとか服の裏とかに赤や金が差し色で入っていて、なんか良いとこの人っぽい仕上がり。山賊とかではなさそう。
「自分は、魔国ジェヴォーダンにてべへモト騎士団に所属しております、モルドーレと申す!」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は、みど……ヴェルトといいます。よろしくお願いします」
フランス語で「緑」を意味する言葉。我谷緑という自分の名前をこの国に合わせてみた。フランスっぽいし。ジェヴォーダンの獣……だよね。元ネタ。てか、ここ魔国なの? 私大丈夫??
私は子供の頃からオカルト的なネタが大好きだった。だから世界中の地理も事件や事故に絡めて覚えているし、大学の課題にも取り入れて、教授に半目で見られたりしていた。悪趣味なのは分かってるけど。所詮好きなことしかできないんだよ人間は。「好きじゃないこともやるのが大人ってもんだ!」とかいう人もいるけどさ、そんなのは結局ただマトモぶりたいだけ。マトモぶるってことが好きなんだよ。好きなことやってんだよ、そいつも。単に価値観の違いだと思う。
しかし、魔国かぁ……
魔法あるし、そんなもんかなぁ……
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