読心少女さとり

@_pp28_

第一章 出会い

第1話 おはよう

目が覚めた。いや、まだ正確には目を開けていない。というか開けたくない。瞼という壁を一枚挟んでも明るすぎる日光は防げない。朝っていうのはもっと穏やかなものだとありがたいのだが。それでも俺は一時の感情で生活リズムを崩すほどの愚かな人間ではないはずだと意を決し……待て。なんでカーテンが開いてる?


目を開き、上半身を勢いよく起こす。日光がどうとか言ってる場合じゃない。まだ寝ぼけた視覚と触覚を使って眼鏡を探し、手に持ったところで、ふと落ち着く。


「カーテンを閉めなかっただけでは……?」


こういう時は口に出すことでちゃんと現状を認識できる。そう、普通に考えて昨日の俺が、「カーテン?めんどくさいしいっか」とか言って閉めなかっただけの話。確かに昨日の寝る直前はかなり眠かったし、全然あり得ない話ではない。やはり睡眠の前後というのはどうも脳が正常に働かないらしい。寝ぼけた状態から解放されるためにもひとまず水を飲もう。


ベッドから降り部屋の扉を開け……開いてる?いやいや落ち着け。これも昨日の俺が怠慢で扉を閉めなかっただけだろう。過去の自分に怒りすら覚えつつ階段を下る。水を飲んで、なんらなら少し散歩でもした方がよさそうだ。階段を下り終わりリビングの扉を開ける。


寝ぼけてると幻覚まで見えてしまうんだろうか?見慣れたリビングに一つ見慣れないものがある。いや、居る。見たところ小学校高学年あたりの女児。しかもまるで当たり前かのようにソファに座って、リンゴをかじっている。


「んお?あぁ、おはよう」


あろうことか慣れ親しんだ家族かのように朝の挨拶までしてきた。


「……誰だお前」


本来なら挨拶し返すのが常識だが、目の前で非常識な出来事が起きてる奴に常識を求めてはけない。俺は思っていた疑問をそのまま口にした。自分で思考するほど頭はまだ覚めてないし、そもそも思考しても意味ないだろう。俺の知り合いに小学生女児はいない。


「あぁ、私の名前はさとり。君の名前は?というか、挨拶返してくれないの?」

「えぇ……。……おはよう……?」


この"さとり"という少女は人の立場になって考えるということが出来ないらしい。誰だって寝起きで赤の他人が不法侵入しているのを目撃して、さらには「おはよう」なんて言ってこられてもまともに返答できないと思うが。


「それで、君の名前は?」

「……一ノ瀬いちのせ なぎさ……」


この"さとり"という少女は脳を整理する時間すら与えてくれないらしい。



~~~~~



階段を上り、扉を開ける。青白い月の光が私の部屋を照らしている。特に意味はないが、ベッドに座ってみる。今日は満月だ。満月には特別な思い入れがある。


2年前のある満月の日、このベッドにはがいた。非日常に対する高揚感。自分の部屋パーソナルスペースに想定外がいるという不安感。他にもいろんなことが私の中で巡っただろう。今じゃもう詳しいことは思い出せないけど。でも、これだけは覚えている。私は、先客さとりあかい瞳から目を離せなかった。


「アリス!どうしたの?」


声のする方を向くと、さとりがいた。今日もどこからともなく現れたらしい。今となっては見慣れた、当たり前の光景。二年前、さとりと出会ったときの私も、まさかこうなるとは思わなかっただろう。


「おーい。アリス?」


いつの間にか、さとりは私の目の前に来ていた。かなり近い。心臓の鼓動が大きく、早くなる。


「どうしたの?考え事でもしてた?」

「あぁうん。そんなところかな……」


「あなたとの出会いを思い出していた」とは恥ずかしくて言えず、濁すようになってしまった。でも、さとりは私の答えを聞くと満足げに頷き、私の隣に座った。


「ねぇ、こっち向いて」

「え?うん」


私は言われた通り、さとりのいる右隣を見る。見つめ合うような形になってしまって少し恥ずかしい。不意にさとりの瞳があかく輝く。あの時と同じ、どこか吸い込まれるような瞳。


「うーん……。やっぱりアリスの心は読めないや」

「そ、そっか……」


さとりは私から目を逸らすと「なんでかなぁ……」思案し始める。私はその様子をじっと見守る。


あなたの美しい横顔から目が離せない。あなたの指先、唇、髪、息遣い、全てが愛おしい。私は半ば無意識的に手を伸ばす。私の指とあなたの指が触れる。


「ん?どうしたの?」


だめ、ここで止めなきゃ。頭ではわかっている。でも、体は止まらない。私はそのまま指を絡める。あなたの指先は冷たくて、ひんやりとした感覚が手から伝わってくる。いや、もしかしたら私の体が火照っているのかもしれない。ううん、そんなのどっちでもいい。お互いの体温が混ざり合うこの感覚が心地よくて、私の思考と理性が解けていく。もう一度見つめ合う。もう、恥ずかしさはない。


「アリス……?」


私はあなたと唇を重ねた。

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