第3話 人の血通ってねぇなぁ

「台風クソやばいって予報なのに営業するんすね」

「まあねぇー」


 今日は例の新人バイトこと大倉くんとのシフトだ。台風は夜あたりが本格的に危ないということである。果たして今日は帰ることができるのだろうか。店長や本部の意向で的に店を閉めるという選択肢がなかったため元々シフトが入っていて家が比較的近い距離にある2人での営業となった。


「正直こんな日にピザ頼むやつとかいるんすか?」

「普通にいるよ〜」

「そいつ、正気じゃねぇっすね。」

「いやほんとに」


 などと軽く雑談をしていたら電話が鳴った。


「あ、私とるわ〜」といいながら電話に出る。正気じゃない奴からの注文だ。

 オーダーと配達先を確認し電話を切る。

 

 大倉くんが「・・・。マジで配達するんすか?」と引き気味に聞いてきた。


「うん。営業してるからね。」


「笹島さんて意外と社畜精神ありますよね。」


「いや、別にそんなことないよ。ほら、オーダーこれ。さっさと作っちゃお。」


「はい・・・。」


 私たちは会話もそこそこに作業に取り掛かり始めた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ピザが出来上がったので配達に向かう準備をする。外の様子を伺うとまぁまぁな嵐になっていた。ごうごうと強い風の音なり、木がそれなりの角度になびいている。配達ができないほどではないが少し気をつけながら配達した方が良いだろう。


「ほんとに大丈夫すか?普通に危ないっすよ。」

「う〜ん、まぁ仕方ないし。配達できるの私しかいないし。」


「まぁそうっすけど女の人一人行かせるのも…。配達変わろうにも配達先歩いて行けるような距離でもないですけど。」


 少し申し訳なさそうな顔をしながら大倉くんが言ってくる。こいつ、人を心配するとかできる奴だったんだなと少し思った。



「じゃ、言ってくるね。」

「うす…。なんつーか…。こんな日注文する奴、人の血通ってないっすね。」

「血の変わりにピザソースが流れてるんだろうよ。仕方ない。」


 全てを“仕方ない”で諦めた私は配達を出発した。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 無事に客にピザを届け帰路に着く。かなりの雨風だが配達は滞りなく終わりそうだ。大倉くんも心配しているようだったしさっさと帰ろう。


「ミコト!!!」と雨合羽のポケットからミミィの声がする。


「え?なに・・・?」


「『セカイの敵』が西の方に出現したミィ!!!!」


「っち、こんな日に…。」


 こんな悪天候な日にわざわざ出なくとも…。普通に大変だろうお互い。そう思いながら渋々方向を変えてミミィの指定する方へ向かった。


 『セカイの敵』が少し離れたところに見えたので敵の視覚になる場所でさっさと変身し敵のいる方へ向かう。すると敵の近くに中学生くらいの女の子が地面にへたり込んでおりその辺りを小さなぬいぐるみが飛んでいた。


「この状況をどうにかするには君が魔法少女になるしかないっぴ!!『契約して魔法少女になってっぴ!!』」


「ま、魔法少女・・・・?」


「細かいことを説明してる暇はないっぴ!悪をプリズマパワーで制する正義の存在魔法少女!早く契約を!」


「わかっ・・・」


 女の子が返事をしかけていたのを遮るように空飛ぶぬいぐるみもとい魔法少女のパートナー妖精にビームを打った。


「ごめ〜ん。そこの『魔法少女の敵』目掛けて打ったんだけど外しちゃった。」


 プスプスと焦げたぬいぐるみが私の姿を見るなり「伝説の魔法少女プリズマガール・コトミ?!」と驚いている。それを聞いた『セカイの敵』も私を知っているようでガタガタと震え始めた。業界認知率高すぎだろ。そいつらを無視して私は女の子に話しかけた。


「ねぇ。今軽い気持ちで魔法少女になるって言ったけど・・・それどういうことかわかってる?」


「え?えっと・・・?」


 女の子は困惑した表情を浮かべながら言い淀んでいる。まぁいきなり異形の化け物に襲われて、喋るぬいぐるみに魔法少女勧誘を受けてその後コスプレ女がビームを打ったのだ。無理もない。


「教えてあげるよ。魔法少女はね!365日昼夜問わず敵が出たら戦いに行かなきゃいけなくて!授業中も!テスト中も!関係ない!夜も満足に寝れないから背も全然伸びないし万年寝不足!誰にも相談できないし、感謝もされない!いつも急に居なくなるから周りにいる友達もどんどん減るし彼氏もできない!!わかる!これがどういうことか!人生棒に振るって言ってんの!!!だからやめな!魔法少女になるのなんて!」


 一息に捲し立ててしまったが全て本当のことだ。ここまで言えば未来ある少女も思い止まってくれるだろう。目の前で道を踏み外して様を黙って見ているのも忍びない。


「で、お前!」


 視界の端で『セカイの敵』がコソコソと退散しようとしていたので声をかける。


「どさくさに紛れて逃げるな!『プリズマビーム!!』」


 思いの外感情が昂っていたようで想定以上の出力が出てしまった。『セカイの敵』は一瞬でチリになりビームの余波は台風の雲を晴らした。やりすぎた。早く退散しないと人が集まってきてしまいそうだ。


「じゃ、私はこれで。君も早く逃げたほうがいいよ。人が来る。」

 私は魔法少女の変身を解いてささっとその場を後にする。女の子は放心しているのかその場から動けずにいるようだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 原付を走らせて店に戻る途中ミミィが話しかけてきた。

「あの女の子…ミコトほどじゃないけどかなりのプリズマエナジーの持ち主だったミィ…。あの子をミミィと契約させてくれてたらミコト引退しても良くなるくらいの才能だったミィ…。」


「…まじ?」


「あんなこと言っちゃった手前魔法少女として勧誘するのは難しいだろうから他の子をまた見つけるしかないミィね…。」


「でもまぁ…。未来ある子を魔法少女にさせるのって罪悪感すごいし…。これで良かったんだよ…。私も辞めたかったけど。」


 そう言いつつも若干、いやかなりの後悔を感じながら原付を走らせた私だった。




 例の一件から半月後、私は配達に行くため店舗の駐車場から原付を出していた。今日は程よい曇り空。暑くも寒くも眩しくもない。非常に配達日和だ。


「あ、センパイいた!!」


 大きな声に振り返ってみるとこの前助けた女子中学生がいた。心底嬉しそうに微笑んでいる。方や私は魔法少女の私を知る人間に職場がバレて絶望である。


「ここでバイトされてるんですね!!やっと見つけました〜!変身解いた後の制服見て近所のピザ屋さんを探して回っていたんですよ〜」と朗らかに彼女は言う。なぜあの時この子の前で変身と解いてしまったのか。本当に迂闊だった。


「あの時は助けてくださってほんとにありがとうございました!」

「うん…。どういたしまして。でさ、先輩ってなに?」


 彼女は少しもじもじとした後、覚悟を決めたように私に耳打ちしてきた。


「実はあの後…。あなたに憧れて魔法少女になったんです。」


「は?」


「だからこれからよろしくお願いします!!色々教えてくださいね!センパイ!」


 と言いながら女の子はにこりと微笑んだ。私はこの子の未来どうこう考えず強引にミミィと契約させるべきだったと強く後悔をしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る