第31話 愚かな人
短髪黒上の人相の悪い男はゆるっとソファーから立ち上がる。腰に下げていた長剣を鞘から抜き、だらっと剣先を下に向けて構えを取る。血の色をした赤い刀身。おそらく魔導武具だろう。
(おお?あれはどんな魔導武具だ?知りたい、知りたいぞ!)
「くくく。おめえら。この俺が誰だかわかってねぇみてえだな。元2級ぼぅオ!!」
バコォォォッン!!っと空気弾が冒険者の額を綺麗に打ち抜いた。そのまま冒険者は仰向けに倒れる。..完全に意識を失っているようだ。
「「えぇ..」」
一瞬で撃退されたボス風の元冒険者を見て唖然とするゾーイとロン。レスの頭の上では目の前の惨事の犯人が胸を張っている。
「リムさんや。今の流れは俺は強えーぜ?の自己紹介からロンさんがコテンパンにする流れだったじゃん..」
「いえ。どう見てもよわよわです。外の男達とさほど強さも変わらないのに何を偉そうに喋ってるのか。隙だらけでしたし、時間の無駄です」
「姐さん..お決まりの流れってあるじゃん?せめて自己紹介くらいだな」
「あれ?何か私やっちゃいました?」
「..い、いや。さすがリムだ。頼りになる」
「そうでしょうそうでしょう。さすがロンさんですね。よくわかってます。ふふふ」
(..しかし、何であんなに威力がすごいのか。護身用程度の機能のはずなんだけどな)
苦笑しながらリム達を見つめるレス。リムはロンに肯定されて上機嫌だ。
『レスー。ミーナよ。ジロを助けたわ。ジロ以外にも2人ほど獣人の子が捕まってたみたいでみんなまとめて保護したわ』
『完璧だね。ありがとう。こっちも片付いたとこだよ。モルさんを安心させてあげたいし、急いで猫の宿り木に戻ろうか』
完璧なタイミングでミーナからの通信が入った。ひとまずここにもう用事はないと判断するレスは猫の宿り木に戻ることにした。
***
「ジロ!!」
「母ちゃん!!」
ジロ達を救出したレス達は猫の宿り木に戻ってきた。宿に入るとジロの存在に気づいたモルが急いでジロに駆け寄り、ジロを抱きしめている。
「よかった..よかった…」
「レスさん達が助けに来てくれたんだ」
「レスさん、皆さん、本当にありがとう」
「いえ、ジロ君も無事でよかったよ」
猛る獅子団の面々には他の子供達を親元に連れていってもらっている。ひとまずジロの救出に成功した。あとは..
次の日の朝、レスは倉庫の隣に併設されていた商店に訪れる。
「うん。ここにいるね」
「マスター?何をするんです?」
レスは『受信機』のモニターを眺めながら呟き、リムが反応する。
「ん?昨日のやつらはレティーヌ商会に雇われて、指示されてただけでしょ。あいつらと会話したってしょうがないから直接、雇い主に話を聞いてみようかなって」
「なるほど?でも話してどうするんです?」
レスは昨日のボス風の冒険者に『発信機』を取り付けておいた。朝確認するとこの場所に訪れていることがわかったので一気に解決してしまおうとやってきたわけだ。
「もうさ。この商会は黒でしょ?被害にあったのは昨日助けた子達だけじゃない。この先も続けるだろうし、ね」
「なるほどなるほど。私は理解しましたよ。いいですね。そうしましょう」
「..最初は話からだからね?」
過激派のリムが理解を示すが少しの不安を感じるレス。一応、注意はすることにした。
扉を開けて店の中に入る。店内は魔導具や雑貨など様々な商品が陳列されている。高価な物が多く、富裕層向けの商店であることが窺える。
「いらっしゃいませ」
レスが店内を見回していると店員の男性が話しかけてきた。
「今日は何かお探しですか?」
「商会長さんと商談がしたくてね。俺はレス・フォン・デルニと言います。会うことは出来る?」
「貴族様でしたか。ただいま確認してまいりますのでこちらでお座りになってお待ちください」
店員に店の奥にある商談スペースのような場所に案内され、待つこととなった。
待つこと10分ほど、身なりのよい痩せ型の男性が現れた。白髪を横に流してきちっとまとめた清潔感のある年配の男性である。立派なヒゲがトレンドマークだろうか。
「初めましてレス様、お待たせしてしまい申し訳ございません。私が当商会の商会長を務めております、カプシンと申します」
「急な訪問ですいません。レス・フォン・デルニです。よろしくお願いします」
2人は挨拶のあと、握手を交わし、ソファーに腰掛けた。
「それでレス様、本日は商談をご希望されてらっしゃるということで。当店を選んでいただけるとはお目が高い。早速ですが、お取引の内容をお伺いしても?」
カプシンが簡単に世辞を口にしつつ、揉み手をしながら早速と話を促してくる。
「はい、実は私は魔導具を取り扱っておりまして」
レスはそう言うと魔導袋から直径10cmの3つの球体魔導具をテーブルの上に並べる。『
「ほう。これは見たことがない魔導具ですな」
「そうなんですよ。この魔導具はこうやって魔力を込めるとですね」
「ふむふむ」
『鉄射砲』は魔力を供給されたことで2人の目の前で浮遊を始める。
「このように空中に浮遊し、魔力を供給するものの意識で移動させることが出来るんです」
レスは『鉄射砲』を右へ左へと移動させてみせる。
「!!ふ、ふむ。珍しい魔導具ですな。これ以外にも何か機能が?」
カプシンは一瞬、驚愕の表情を見せるがすぐに冷静を装い、説明を求めてくる。
「はい。さらに」
チュイン!という音と共に『鉄射砲』より放たれた小さめの鉄杭がカプシンの顔の横を通り過ぎる。カプシンが驚愕の表情になりながら背後を振り向くと壁に穴が空いているのを発見した。
「え?」
「すごいでしょ?こんな感じで鉄鉱石製の杭を打ち出すことが出来るんですよ」
「え?いま私の事を」
困惑の表情でそうカプシンがレスに尋ねる。
「ん?はい。狙って打ちましたよ?ちなみにちょっとお伺いしたいのですが、・・・攫った獣人の子供達はどうしたの?」
「・・は、はい?」
単刀直入に本題を切り出すレス。カプシンはいきなりの商談とは関係ない質問に唖然としている。
「ああ。ごまかしとかやめてね。これは疑いではなく、確信していることなので。ということでもう一回繰り返すけど、誘拐した獣人の子供達はどこに?」
「い、一体なんなのだ?意味がわからない。貴族だからと、いきなり横暴だぞ!うちの商会のバッーーーーえ..」
チュイン!という再びの音と共にカプシン自慢?のヒゲの片方が削ぎ落とされる。再度『鉄射球』より放たれた小さめの鉄杭が顔の横を掠め通ったのだ。
「おい!どうした?大きい声を出して」
すると、騒ぎを聞きつけて昨日のボス風元冒険者の男が奥から慌てて駆けつけてきた。
「おお、ヤズ!何とかしてくれ!いきなりこの男が奇妙なもので襲ってきたんだ!」
「て、てめえは昨日の…」
「やぁ。昨日ぶりだね。今日も悪巧みの相談かな?」
カプシンが駆けつけたヤズと呼ばれた元冒険者の男に助けを求めるが、レスの姿を見て、ヤズが言葉を呑む。レスはそっと机の上に出していたもう一台の魔導具を操作しヤズの後ろに忍ばせた。
「ヤ、ヤズ?どうしたんだ。早くこの男を取り押さえてくれ。貴族とはいえ、横暴すぎる」
「..き、昨日のは不意打ちだったんだ..よし。今日こそ俺の剣のさびびがぁぁ」
ヤズが昨日の事を思い出すも自身を肯定し、気合を入れる。
しかし、ヤズが腰に下げた剣に手をかけた瞬間、レスが忍ばせていたもう一台の魔導具『
これは雷属性の光線を発射し、相手を感電により一時的に麻痺させる魔導具である。球シリーズの内の一台だ。
「これでわかった?こっちは全部わかってるんだ」
「..昨日の襲撃犯とは貴様か」
すっと雰囲気が変わるカプシン。もう言葉も取り繕うのをやめたらしい。
「何が目的だ?」
カプシンが目的を聞いてくる。
「さっきから言ってるよね?いままでもたくさんの獣人を攫ってたでしょ?その子達はどこ?」
「ふん。もうこの国にはいない。とっくに奴隷として売り捌いてやったわ」
ロヌス王国では、奴隷制度というものは法律上存在しない。しかし、他国では制度として導入している国も存在する。そのような国への販路がレティーヌ商会にはあり、すでに引き渡した後だということをカプシンは言っているのだろう。とはいえ、誘拐自体この国でも立派な犯罪である。
「..そう。想像したとおりの悪党でドン引きだよ。もう遠慮はいらないね」
レスはそういうと『麻痺球』を操作してカプシンを撃ち抜く。
「ぎぁ」
電気ショックで仰向けに倒れるカプシン。
「残念だけど、俺たちがしてあげられるのはここまでか。あ、そこの店員さん、どこまで事情を知ってるか知らないけどそこから動かないでね?」
「…は、はい..」
レスは一部始終を見ていた店員の男性に話しかけ、ここに留まるように促す。店員の男性が動かないことを確認したレスは、『
『あー。ゾーイさん?』
ゾーイに連絡をとると、少し待ってゾーイから返答が返ってきた。
『おーおー。レスか。どうしたー?』
『ガストンさんと一緒に昨日の倉庫の隣にあった商店に来れるかな?』
『む?なるほど。ちょうど一緒にいるから連れて向かうわ』
『よろしくー』
ゾーイとの通信を終了するレス。
「..マスター。人はいつの時代も愚かですね」
今日は大人しくしていたリムがそうレスに語りかけてくる。
「そうだね..」
倒れる2人を見やりながらレスは悲しい表情でそう返すことしか出来なかった。
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