第29話 物騒な話

「こ、こ、こいつのどこがいいんだよ、モルちゃん!」


「さっき初めて会ったばかりだけど。雰囲気と声?ビビッときたの」


 ロン、春到来である。ちなみに今ロンは大剣を身につけていない。完全に実力。モルも中々にストレートに感情を表現する人物のようだ。


「モルは見る目がある」


 いつの間にかロンの肩に座っているテネがドヤっている。たしかにテネはロンに懐いていた。最初から見初めていたということらしい。


「え」


 ゾーイはまだ状況を飲み込めていないようだ。


「く、て、てめぇ。モルちゃん悲しませたら承知しねぇぞ!」


「..落ち着け。女将とは今さっき会ったばかりだ。まずは友人からということで」


(気になることはあるけど今聞くことではないかな)


 硬派な男ロン。レスとしても聞きたいことはあったがひとまずそういうことになり、場は落ち着いたのだった。


「え?」


 ゾーイを除いて。



「団長!ここにいたか!ちゃんと仕事してくれよ!」


「あ、やべ」


 ガストンの仲間と思われる数人の男女が宿に入ってくる。


「こっちに着いた瞬間にいなくなったと思ったら案の定だよ。俺らに仕事任せて何サボってんだ」


「いや、遊んでねーよ。ロヌデロイが最近物騒だっていうから心配で真っ先に猫の宿り木へ護衛に来てるんじゃねーか」


「だからそれが仕事じゃねーだろっていってんだよ。まったく」


 猫耳の獣人団員に説教されているガストン。どうも仕事中に抜け出してきていたらしい。


「とにかく団長、『よろず猫』に戻るわよ。荷物を店に搬入するのを手伝って」


「わーったよ。ち、じゃあな。お前ら」


「お仕事頑張ってください。あ、ガストンさん。その最近物騒ってお話。夜でもいいんでお話聞きたいです」


「あん?いいぞ。じゃあ、夜にまたくるわ。じゃあモルちゃん、また後で」


「はーい。また後でね」


 レスは最近物騒という会話が気になったため、あとで聞くことにしたのだ。王都に滞在する以上、厄介ごとは事前に把握して損はない。


「ロンさん、テネが懐くだけあるってことか」


 レスはロンのほうを見やりながら呟く。ソファーで寛いでいるロンだが、膝の上にはミミがいる。ミミがすでに懐いているのだ。安心感なのだろうか。

 一方、ゾーイは、


「俺とロン、何が違うんだ..」


 腕を組み、仁王立ちになりながら窓の外を眺めてぶつぶつと囁いている。そっとしておいてあげようと思うレスであった。



 ***



 夜になり、ガストンが団員を連れて猫の宿り木に戻ってきた。ガストンを含めて5人でロヌデロイにやってきたようだ。


「おう、レス。来たぜ」


「お仕事お疲れ様です。ガストンさん」


 定番になりつつあるエントランス横のくつろぎスペースにて合流する一同。

 レス側はレス、リム、ゾーイ、ロン、ミーナ、エル。ガストン側はガストンと獣人の女性が一名同行し、その他のメンバーはすでに宿の部屋に向かったようだ。


「紹介しておくな。副団長のララだ」


「ララだ。よろしく」


 茶色いショートヘア、スレンダーな体型の美しい女性がレス達に挨拶する。おそらくガストンと同じ獅子族の女性だ。レス一行も自己紹介でそれぞれ挨拶を交わす。


「皆様、お茶を淹れましたよ」


 エルが皆へ飲み物を差し入れてくれた。


「..エルちゃんだっけ?あんたうまい紅茶淹れるな!」


「ふふ。ありがとうございます。ガストン様」


「俺相手に敬語はいらねえぞ」


「いえ、私はこれが普通なので」


「そ、そうなのか」


「はい」


「..団長、舞い上がってないで話を進めろ」


「う、わ、わかってるわ」


 エルの対応にガストンがタジタジしているとララの鋭いツッコミが入る。


「そ、それでレスよ?物騒な話の件だったか?」


「そうですそうです。教えてもらえますか?」


「おう。これはギュンガで護衛の依頼をよろず猫のやつに頼まれた時に聞いた話なんだがよ。どうも最近ロヌデロイで獣人が行方不明になることがが多いみたいでな?特に子供が多いらしいんだ」


「..それは本当の話よ。ここら辺は獣人が集まって暮らしてるからよく聞くわ。それもあって本当はジロも客引きなんてしてほしくないんだけど言うこと聞いてくれなくて..」


 仕事がひと段落着いたのか、モルがやってきてガストンの話を肯定する。


「俺は大丈夫さ!人が大勢いる場所に行くんだし、問題ないよ」


 ジロがカウンターから出てきて話に加わる。


「このヒョロ助が!若造が甘く見てんじゃねえ」


「う..わ、わかったよ」


 ガストンの鋭い叱責に縮こまるジロ。


「モルちゃんのためにってのはわかってるが心配ばかりかけるんじゃねーぞ」


「でも獣人ばかり行方不明というのは気になるね..」


 レスはきな臭さを感じていた。


「まあ、それもあって商会の護衛として俺たちも来たわけだ。レテーなんたら商会だっけ?あいつらも調子に乗って嫌がらせしてきてるみたいだし、いっちょ凹ましてやんぜ」


「団長、殴り倒せばいいって問題ではない」


「そうか?大抵はこれで解決よ」


 ガストンが握り拳を作ってアピールする。ララは首を振って呆れていた。


「ガストン、今度私と模擬戦しましょう」


「お?なんだ嬢ちゃん。イケる口か?」


「ボコボコにしてやるわ」


「ほほーう。おれも力には自身があるんだ。いつでも大歓迎だぜ」


 ミーナの相変わらずの戦闘狂発言にガストンも乗り気である。


「ミーナ様?今はレス様が大事なお話をされているのに。自粛してください」


「う、ガストン、模擬戦の件はまた今度」


「おうおう。また今度な」


 すかさずミーナを諌めるエル。エルが着いて来てくれてよかったと思うレス。


「ガストンさん、行方不明者の件、俺も何かあれば探れるようにしときます」


「助かる。同胞達が行方不明というのはほっとけなくてな」


「そりゃそうでしょう」


 レスは何か気づくことがあれば情報を共有するということでガストンとの協力を申し出た。

 この後は他愛無い会話を楽しみ、ガストン達との情報交換はお開きとした。


 ガストン達が部屋に戻っていった後のくつろぎスペースにて。


「ロン、今日は一緒に寝る」


「ミミ、ロン兄はまだ俺に冒険の話をしてくれてるんだからまだ待って。順番な」


「ふふふ」


 ミミに続き、ジロにも懐かれるロン。それを微笑ましく見つめるモル。家族団欒のようなほんわかとした空間が作り出されていた。


「ロンさん、すごい馴染んでる」

「ええマスター。違和感がありません。モルさんはかなり強かです」

「そうね。昔から家族だったよう」

「これは認めるしかねぇ。ロン、よかったぜ」


 反対側のソファーでその様子を優しく見守る一行。


「モルさんモルさん」


 レスが小声でモルに話しかける。


「どうしたの?レスさん」


「聞きづらいことではあるんですが、モルさん、旦那さんは?」


「ええ、そうよね。..ギュンガで傭兵をやっていたんだけど、ミミが生まれてすぐに仕事中にね..」


「そうだったんですね。すいません、不躾な質問をしてしまって」


「いいのよ。それは気になるわよね。主人が亡くなったあと、よろず猫の商会長に誘われてこっちに来たの。で、この宿の経営をやってみないか?って。サポートもしてくれるってことだったし、この子達を育てるにもお金を稼がなくちゃいけなかったしね」


「..モルさんは強いですね」


「母親ですから」


 モルの強さに感心するレス。何か手助けができることがあればしてあげたいなと思える程度にここの人達が好きになっていた。


「じゃあ、みんな。今日はお開きにしようか。俺は部屋で休むね」


「おう、明日はどうするよ?」


「もう一日くらい気ままにゆっくりして明後日はよろず猫にちょっと行ってみたいなーって思ってる。どう?」


「いいな。ちょいちょい話に出てくるもんな。俺も気になってたとこだぜ」


「あら。じゃあ、商会長を紹介するわね」


「ありがとう。モルさん。じゃあみんなおやすみ」


「「「おやすみなさい」」」


 明日以降の予定を話し合い、今日は解散することになった。



 翌日、いつものように客引きの仕事に出かけたジロ。

 いつもなら夕食前には帰ってくるはずなのだが、この日は夕方になっても猫の宿り木に帰ってこなかった。

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