第28話 傭兵団

 猫の宿り木に一泊した次の日の朝。レス達は宿のエントランス横に設置されたソファーに腰掛け、ゆったりとした朝を過ごしていた。

 昨日は美味い食事にお風呂とゆったりとした時間を堪能することが出来た。レスは途中でゾーイ達に宿の場所を教えるために『魔通信まつうしん』で連絡を取ったが野暮用ということで朝に宿で合流することとなった。いつものあれであろう。


「どうぞ、皆様。紅茶を淹れましたよ」


 エルが厨房から皆の飲み物をトレイに乗せて運んでくる。エルの淹れる紅茶は皆に好評だ。


「ありがとう。エル。いただくね」


「そうやってみるとお貴族様なんだね。様になってるわ。昨日、自己紹介してもらった時は驚いたわよ」


 女将のモルが声をかけてきた。


「いえいえ、俺なんて最近封爵を受けたばかりの元平民です。騎士爵ですし、平民の皆さんとそうかわらないですよ」


 ここロヌス王国において、地方貴族は支配階級ではあるが、領主家を除いて比較的平民との距離感が近く、あまり高圧的な態度を取ったりしない。レスにおいては最近まで平民だったのだ。感覚は平民のままである。


「そんなものなのね。でも接しやすくてありがたいわ。ミミの面倒まで見てくれて。ゆっくりしていってね」


「はい、ありがとうございます」


 レスはお礼をするとミーナの膝の上に頭を乗せて寝ているミミの様子を微笑ましく見つめる。昨日、テネとミミは何か無言と唸りのみの応酬を続けたあと、一緒にお風呂に入り、いつの間にか仲良くなっていた。


「レス」


「んん?!」


 レスがぼーっとしていると影の中からテネが現れる。その姿に衝撃を受けるレス。なんとではないか。まさに黒猫だ。


「ん!」


 レスに向かって頭を突き出してくる。


「その姿のテネもかわいいね」


 昨日のレスのミミへの反応を見て、羨ましかったようだ。レスはテネの頭を撫でながら察する。テネの『望み』は変わらない。


「あらまあ。子猫ちゃんね」


「このポジションはテネの物」


「「か、かわいい..」」


 関心するリムに、お馴染みの反応の2人。テネは満足そうにレスの肩に収まるのだった。



 ***



 王都で何かしなければいけないことがあるわけではないのでレス達はゆったりとした時間を過ごしている。と、


「おい!そこのタコ頭!何してやがんだ?」


「ああ!?なんだてめぇ。このネコにゃんにゃんが。今なんてった?」


 外から騒々しい言い合いが聞こえる。ゆったりとした時間は終了しなければいけないようだ。


「いまのタコ頭って」


「あら。ゾーイさんですね」


「ゾーイね」


「ゾーイ様ですね」


「ゾイ」


 満場一致でゾーイである。


 

 レス達が表に出るとロンが腕を組みながら立っていた。


「ロンさん、これはどういう状況?」


「..ん?レスか。わからない。いきなりあの獣人に絡まれたんだ」


「ええ?それでこの、殴り合い?」


「..そうだ」


「どこのもんだ?このタコ野郎!」

「効かねぇな?お前はパンチも猫だな!この猫パンチが!」

「ああ?俺は獅子族だ。タコ助が!」

「いきなり絡んできてなんなんだこのネコ助!」

「店の前で怪しい動きしてただろうが!何してやがった?」

「仲間が泊まってる宿か確認してたんだよ!」

「何?俺の勘違いじゃねえか!」

「そうだな!じゃあ謝れや!」

「今更引けるか!タコ助が!」

「上等だ!このいかれネコ助が!」


 なぜか交互に一言添えながら殴り合っている、拳自慢の男2人。片方はゾーイ。もう片方はたしかに獅子を彷彿とさせる茶色のたてがみのような髪を首元まで生やした獣人の男。体格はロンより大きく2mを超えているのではないか。筋肉だるまだ。ゾーイと殴り合いが成立している時点で尋常ではない。


「テネ、お願い」


「ん」


 テネは瞬時に2人の頭上に移動すると、そのまま浮遊しながら腕を組んで仁王立ち。足から『黒の手くろのて』を放ち、そのまま2人の頭を鷲掴みした。


「テネちゃ?くあああぁぁぁぁ」

「が?なんだこれあぁぁぁ」


 魔力を限界まで散らされた大男2人はそのまま膝から崩れ落ちた。


「さすがテネね」


 テネの手際の良さにミーナが関心している。やはり凄まじい魔術である。


「さて、静かになったし、みんな中に戻ろう。ささ、ロンさんも中入って。エルの紅茶が淹れてあるよ」


 騒々しかった2人を放置して猫の宿り木の中へ戻る一行。再び平和が訪れた。


「..女将。世話になる。よろしく」


「あら..レスさんがお話ししていたお仲間の方ね?猫の宿り木へようこそ」


 レスがロンを紹介すると2人が挨拶を交わす。女将のモルが少し顔を赤らめながら挨拶を交わしているのが印象的だ。



「ロンさん、何か冒険者組合で面白い話あった?」


 ソファーにくつろぎながらロンへ話しかけるレス。ロンは紅茶を飲みながら答える。


「..そうだな。レティーヌという商会の依頼が噂になっていたな。4級以下の冒険者にとっては結構実入のいい仕事らしい」


 ここでレティーヌ商会の名前がまた出てくるとはと考えるレス。かなり勢力的に活動しているようだ。


「そうなんだ。実は昨日この宿にお世話になることになった経緯にその商会絡んでるんですよ」


「..ん?そうな・」


「おおい!お前らおかしいだろ?倒れたまま放置はおかしいだろ?」


「おい!てめえの仲間は一体どうなってやがんだ?放置はおかしいだろ?」


 大男二人組が復活し、宿の中へ入ってきた。


「あらまあ。ゾーイさん、キャラが被ってるわ」


「そうね。ゾーイ。被ってるわよ」


「く!」


「お、おい?いまそこの白いヒヨコが喋んなかったか?」


「はじめまして猫さん」


「おお!?喋った!喋ったぞ!?おかしな生きもんだな!」


「..あらまあ。この私の至高の姿を見て、おかしな生き物などと。?」


「おお..すげーこえぇな」


「おい、姐さんを怒らすんじゃねぇぞ」


「おかえり、ゾーイさん」


「レス?普通にいま会ったみたいな挨拶してくんじゃねぇよ」


 今日もゾーイはキレキレである。


「お前がこの群れのボスか?」


「ボスになるんですかね?はじめまして。レス・フォン・デルニといいます」


「おお?お貴族様だったか。随分と若いな。貴族の倅か?」


「そんなに若く見えます?年は23になるのかな?僕が一応家の当主ですよ」


 ロヌス王国の平民は誕生日を祝うという風習がないため、年には無頓着である。自分がいくつであるのかを把握している程度だ。


「ほう、当主だったか。それは失礼した。俺はガストン。ギュンガで活動している傭兵団、『猛る獅子団たけるししだん』の団長をやってる。よろしくな」


 ギュンガ王国。ロヌス王国の西、大陸中央に位置する獣人中心の国家だ。傭兵業が盛んな武装国家としても有名である。


「獣人の。お前、王族か?」


「ん?よく知ってんな。国の王は俺の叔父だな。だが俺に対して畏まる必要はねえからな?」


 ギュンガでは世襲による王の継承は行われない。一番力のある者が王となりその一族が王族となる。王が崩御すると次代の王を決めるための『王座戦』が国を挙げて行われる。地位は力で手に入れる、まさに戦闘民族な国家である。


「それで一応聞きますけどなんでゾーイさんと言い争い?殴り合い?してたんです?」


「そうだ!聞いてくれよ、レス。こいつ、勘違いで俺に突っかかってきやがってよぉ」


「がっはっは!いやいやすまねえな。途中から楽しくなっちまった。いやな、さっきギュンガからロヌデロイに護衛の仕事できたところでよ。最近ここらが物騒だって話を聞いてて、知り合いの宿に来てみたらこいつが宿の前でうろうろしてたんだよ。こんな頭のやつ、怪しすぎるだろ?」


「てめぇ。表出ろや」


「お?いつでも大歓迎だぜ?」


「テネ」


「ん」


「いやー!ゾーイっていったか?その頭は斬新だな?よく見るとイカしてるぜ」


「おうおう!わかればいいんだよ!ガストンっていったか?お前もなかなかつえぇな!見所あるぜ」


 2人は息ぴったりに和解の握手を交わす。ロンも同じ頭なのだが、何か違うのか。


「相変わらず騒がしい人ね。久しぶり、ガストンさん」


 モルがカウンターから出てきて、ガストンへ話しかける。


「お!モルちゃん!元気だったか?」


「元気よ。ジロもミミもね」


「そりゃよかった。しっかし相変わらず綺麗だな。俺と結婚しようぜ」


 いきなりのプロポーズである。


「それがちょっと気になる人見つけちゃったのよね」


 チラリとを見やるモル。


「「「「え」」」」


 言葉を失うレス、リム、ミーナ、そしてゾーイ。


「な、なん、だと?」


 モルの目線を追い、その相手がロンであることに気付くガストン。


「..ん?」


「こ、こいつもタコじゃねーか!」


 同じだったらしい。

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