第27話 王都

 三方を山で囲まれた平地に王都は存在する。面積はイストンゼムの倍はあるだろうか。高い外壁に囲まれた都がレス達の視界に入ってきた。


「あれが王都ロヌデロイか。初めて来たよ」


 レス達一行は、途中で『魔導装甲車まどうそうこうしゃ』から下車し、今は歩いて王都への街道を進んでいる。王都が見えてからしばらく進むと王都へ入る門が見えてきた。

 早速門番のところまで向かい、通行の許可をもらうため話しかけることにしたレス。王都では都の中に入るために門番の確認が必要なのである。


「通行を許可してもらいたいのですが」


「うん?では、身分を証明できるものなどはあるか?」


 一般都民であれば都民証、商人や冒険者、魔導技師等であれば職を証明するものがあれば有効だ。レスはイストン領の貴族を証明する家紋を提示した。


「イストン領の騎士爵様でしたか。からようこそ王都まで。どうぞお通りください」


「ありがとう」


(うーん。若干の見下した感じを受けるね)


 王都はイストン領から馬車で6日間くらいの距離だ。果てという表現を使うほど離れてはいない。それこそこの国から他の国を跨いで大陸の端まで移動すれば約2ヶ月ほどはかかることを考えると近い。レスは王都の王領貴族は自分達がこの国の中心であり、他の領の者を見下す傾向があると聞いたことがある。まさにそのとおりのようだ。この門番も貴族関係者なのだろう。

 レスは気にするのをやめ、一行と共に王都内へ進んでいく。


「ここが王都ですか?今の時代の王の都。随分とまあ..質素なのですね?」


 リムは王都の風景をみて、そう呟く。王都の中心に国を治める王城があり、そこに伸びる大きな通りは多くの『照明器しょうめいき』が柱の上に設置され、道を明るく照らせるようになっている。イストンゼムでは考えられない多くの照明系の魔導具設備が惜しみやく都中に設置されている。十分に豪華だ。


「リムさんや?何と比べてるのかな?」


「そうだぜ。姐さん。国一番の豪華さなんだぜ?」


「あらまあ。これで?さっきの門番から何かバカにするような感じを受けたので期待していたのに。よっぽどイストンゼムのほうが風情があって良いですよ?ねえ?ミーナさん」


「リム、ありがとう。気にしてないから大丈夫よ」


 リムはどうやらイストン領を擁護したかったようである。ミーナが嬉しそうにレスの頭からリムを奪い去り自分の頭の上に乗せた。


「でもさすが人が多くてすごい賑わってるね」


「そうね。何か面白いものはあるかしら」


 レスとミーナは門から入ってすぐの大通り沿いの商店街をみて、言葉を交わす。色々な商店に多くの人が行き交い、活気がある。


「少し王都でゆっくりするつもりだし、まずは宿みつけとこうかな」


「レス様、厨房を貸して頂けるところが良いです。皆様にお茶をいつでもお出ししたいので」


 レスが宿の話をするとエルが要望を伝えてくる。侍女としての役目は譲れないらしい。


「おう、レス。じゃあ宿探しといてくんねえか?俺とロンはちょうどそこが冒険者組合だから寄ってくるわ」


「良いけどなんか用事?」


「お前から譲ってもらった『収納袋しゅうのうぶくろ』と『照明器』の魔導具をさばいてくる。あとは情報収集だな。王都の最近の情報とかなんかあれば知っといて損はないだろ?」


 レスは契約の通り、定期的に作成した魔導具をゾーイとロンに譲っている。基本は流通させても騒ぎにならないレベルのものに限定している。


「確かに!ありがとう。それは助かる。あ、じゃあこれ持ってって」


 レスは10cm程度の長方形の魔導板のようなものをゾーイに手渡す。これは小型の通信用魔導具『魔通信まつうしん』だ。2台で1組になっており、お互いに音声と映像を届けることが出来る。元は転移魔導具の技術であり、小型化することで移動には使えないが双方間の音声と映像のやりとりを可能にしている。転移魔導具と同様に古代においても数の少ない試作型の魔導具であり、遺跡からは発見されていない超貴重品だ。今回の旅のためにレスがなんとか1組の作成に成功していた。


「おお、これ便利だよなぁ。離れてても会話出来るとかやべえやつだぞ?これ」


「傑作だよ。もっと増やしたいんだけどね。とりあえず、これで連絡を取り合おう。あまり人目につく所では使用控える感じでよろしく。用が終わったらゾーイさん達から連絡ちょうだい」


「了解だ。じゃあ宿のほうはよろしくな」



 ***


 

 ゾーイ達と別れ、まずは宿を確保するために大通りを進んでいくレス一行。少し進むと前のほうで人が争う声が聞こえてきた。


「なんでお前らの許可を取らなきゃいけないんだ!?」


「ここら辺はレティーヌ商会の縄張りなんだよ。獣臭えガキが勝手に客引きなんてやってんじゃねーよ」


「だったら看板でも立てとけってんだ!あとお前らのほうがクセーんだよ!ちゃんと水浴びしてんのか?」


 大通りのど真ん中で獣人の少年を取り囲む小汚い冒険者風の男数名がレスの視界に入ってきた。獣人の少年はまだ10代前半くらいに見える。小さな子供を大の大人が囲っている見ていて不快な状況だ。


「こっのガキが。痛み目みないとわかんねーみたいだな!」


「は、離せよ!この野郎!」


 小汚い男が少年の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げて威嚇し始めた。周囲の王都民は巻き込まれたくないのか、遠目で様子を伺うのみである。


(大の大人が子供相手にそれはないわ)


『リムバズーカ』


 と、レスが少年を助けようと前にでた時、少年を掴んでいた小汚い男の横にリムが現れ、クチバシから空気弾を発射。男の顎を狙うように撃ち抜き、男は膝から崩れ落ちるようにその場に倒れこんで痙攣した。あれはレスが念の為のにとヒヨコに搭載した機能で、風魔術で圧縮した空気の塊を弾にして射出する。殺傷力は低いはずなのだがあの倒れ方は大丈夫だろうかと不安になるレス。同時にミーナも男の仲間の一人の近くに立ち、すでに剣を抜いて首筋に突きつけている。リムを頭に乗せたまま、雷魔術で移動して一気に近づいていたようだ。


「動かないで」


「な、なんだ!?てめーら」


「リムさんや、その人大丈夫?なんかすごいピクピクしてるけど」


「人は一瞬で脳を揺らせばこうなるのです。子供に暴力を振るう人など、地面でピクついてればいいんです」


 レスは近づきながらリムに話しかける。一応大丈夫らしい。


「で、あなた方。流石に子供への暴力は見過ごせないよ。見た感じ冒険者の人かな?事情は聞かないからここは解散にしない?それとも大事にしたい?」


「ちっ!今日のところは忠告だけにしてやる。おい、行くぞ!」


 小汚い男達はレスがそういうと、倒れた男を抱えて捨て台詞を吐きながらその場を去っていった。

 レスは地面に尻餅をついている獣人の少年を手で引っ張り起こしてやり、そのまま話しかけた。


「君、大丈夫かな?怪我は?」


「あ、うん。大丈夫。ありがと、兄ちゃん達」


 茶色い髪に猫耳?だろうか。ちょこんと頭に小さな耳がある。尻尾が股の間で縮こまっているので内心は怖かったのだろう。怪我がなくてよかったとホッとするレス。


「事情はわからないけど気を付けないと。あいつらは多分冒険者だよ?」


「うん。普段はうまくやってるんだけど、今日はたまたま見つかっちまって。あいつらを雇ってる商会は俺たち獣人が嫌いみたいでさ。何かといちゃもんを付けてくるんだ」


(常人至上主義者の商会かな?)


 常人の中には自分たちの種族が一番優れており、その他の人族を亜種と決めつけ、見下す思想を持つ人々がいる。


「そういえば客引きって言ってたっけ。なんか商売してるのかい?」


「お?そうだ兄ちゃん達。俺んち宿屋なんだ!あまり見ない顔だから旅の人だろ?泊まるとこは決まってるの?」


「ちょうど探しているところだよ。即決は出来ないけどせっかくだから紹介してもらおうかな」


「よしきた!いい宿だから絶対気に入るよ!部屋も清潔だし、飯もうまい。あとは拘りの風呂があるんだぜ。まずは見といでよ」


(獣人は綺麗好きっていうもんなぁ。嗅覚が優れてる人多いから匂いにはうるさいんだろうね)


「それは期待しちゃうな。じゃあ案内してよ」


「エル。お風呂があるなんて良いじゃない?ちょっと期待しちゃう」


「そうですね!ミーナ様。久しぶりで私も嬉しくなってきました」


「ふふ。2人とももう決めちゃったような感じだね」


 レスは2人の様子を見て微笑む。相当我慢していたようだ。


「兄ちゃん達ー、おいてくよー」


 獣人の少年はお店に案内しようとすでに歩き出していた。レス達についてくるように催促してくる。


 先ほどの場所から少し進み、中央通りから脇道へ入っていく。周囲を見てみるとここら一帯は獣人達が多い。獣人達が中心の区画なのかもしれない。そんなことを考えているレスの前に暖かい雰囲気の木造2階建の建物が見えてきた。『猫の宿り木ねこのやどりぎ』と看板に書かれている。


「ここが俺んちがやってる宿だ!いい感じだろ?」


「いいわね。落ち着く雰囲気ね」


「さあさあ、中に入ってよ」


 獣人の少年がレス達を宿の中に招き入れる。


「母ちゃーん、お客さん連れてきた!案内お願いー」


「あら、ジロが常人の人たちを連れてくるなんて珍しい。『猫の宿り木』にようこそ」


 カウンターから茶色い髪を肩まで伸ばし、サイドアップでまとめた綺麗な女性が声をかけてきた。獣人の少年の母親のようだがそれにしては見た目が若い。

 宿の中は清潔感があり、木の素材を活かした落ち着いた雰囲気が感じられる。すごく居心地の良さそうな空間だ。


「こんにちは。ジロくん?っていうんだね。ちょっとの間、滞在する宿を探してます。ちょっとした縁でジロくんに紹介されまして」


「あら、そうなんですね。ちょっとした縁って、この子、失礼なことしてないです?」


「レティーヌのやつらにちょっと絡まれちゃったんだ。それを兄ちゃん達が助けてくれて」


「え!?そ、そうだったの!?なんてお礼を言えばよいか。ありがとうございます!」


「いえいえ、ジロくんも怪我がなくてよかったですよ」


「本当に。っもう、ジロ!レティーヌには気を付けるようにいつもいってるじゃない!」


「ごめんよ。ちょっと気が緩んでた..」


「はぁ。この方々は恩人よ。改めてこの子の母親で当宿の女将モルといいます。今日の宿代は結構なのでぜひ寛いでいってください。うちは自慢のお風呂もありますので」


 女将がそう言うと女性陣がぱあっと笑顔になる。そこへ、


「お兄たん!おかえり!」


 ジロと同じ髪色の4、5才くらいの女の子がカウンターの奥から走り寄ってきた。


「ミミ、ただいま」


 ミミと呼ばれた女の子はジロに抱きつく。ジロの妹だろう。落ち着くととジーッとレスのことを見つめている。


「うん?ミミちゃんって言うのかな?こんにちは」


 レスが話しかけた瞬間、ダッとレスへ走り寄ってきて、足に抱きついた。


「いらっしゃいま


 噛んだ。がしかし、足元から上目遣いでレスを見上げてくるではないか。


「..みんな、王都にいる間はこちらの宿にお世話になろうと思うんだ」


「..この子、やりますね」


「「か、かわいい」」


 レスは別に幼女好きというわけではないが、これはダメだ。凄まじい癒やし力にやられ、王都にいる間の滞在場所が決定した。リムが関心し、女性陣はメロメロである。その時、レスの影からテネが現れる。


「…」


「…」


 無言でじーっとミミを見つめるテネ。突然現れた自分より小さい幼女を無言で見つめるミミ。


「「む!」」


 何かお互いに譲れないものがあるようだ。

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