第24話 ミーナのその後

 ここは領城の謁見の間。レスの目の前には苦虫を噛んだような顔をした侯爵が座っている。まもなく旅に出ることになったことを報告し、前回保留となったミーナの同行についての話の途中である。


「結論からいうとミーナの同行を許すことにした」


「……」


レスは返す言葉が思いつかなかったため、沈黙で侯爵の次の言葉を待つ。


「本心としてはまったく納得はしていない。貴族の令嬢が旅など聞いたことがない。が、認めることにした。というかそれ以外に選択肢がなかったんだがな。どうしてこうなったのか..その代わり、条件を付けさせてもらった。信用出来る侍女を旅に同行させる。そなたには迷惑をかけるが了承してもらいたい」


「殿下がお決めになったことであれば。ちなみにその侍女の方は旅などは大丈夫でしょうか?」


「うむ。ミーナが小さな頃から侍女見習いとして側につけていた者だ。最近はないが数年前まではミーナと一緒に動き回っていたので体力や忍耐力はあると見ている」


「承知致しました。体を動かすのが苦手となるとどうしようかと思いましたが、大丈夫そうですね。旅とはいえ、移動手段は準備する予定ですし、野宿はあまりしないように考えてますので」


「そうしてもらえると私としても安心出来る。くれぐれも頼んだぞ。…あとミーナに変な虫が近づかないようにするのだ。これは絶対だ。そなたは…わかっているな?」


「もちろんです。承知しておりますよ」


 レスは和かに返事を返す。


「よし。そういえばレスよ。そなた家名は決めたのか?」


 レスの家系は平民。いままで家名などなかったのだが封爵されたことで貴族となった。ロヌス王国では貴族となったものは家名を名乗ることが義務付けられるため、家名を考える必要があったのだ。


「はい。『デルニ』と名乗ることにしました」


「ほう。何か由来はあるのか?」


「いえ、直感です。なんとなく頭に浮かびましてしっくりきたので」


「まあ、そういうこともあるか。あい分かった。では、今後『デルニ』の家名を名乗るとよい」


「ありがとうございます」


 『デルニ』という家名はもちろん、デルニエールから取っている。愛する拠点の名前を一部でも自分の家名として名乗りたいと思ったのだ。今後はレス・フォン・デルニと名乗ることとなる。


「それで、出発はいつになるのだ?」


「明後日には出発しようと考えています。ミーナ様と侍女の方なのですが、その前に一度顔合わせをお願いしたいと考えております」


「そうか。明後日には立つか…」


 侯爵がみるみる萎んでいく。ミーナと離れることが本当に辛いようだ。


「わかった。それでは明日、騎士団の訓練場に向かえ。最近はミーナのやつもいっそう訓練に励んでおってな。ほとんどを訓練場で過ごしている。侍女もそこに向かわせることにする」


「承知致しました。それではそのように致します」


「では、レスよ。引き続き領のために励むが良い」


 レスはお辞儀で返し、謁見の間を後にする。



 ***


 

 次の日、レスは騎士団の訓練場に訪れていた。レスは目の前にいるプラチナブロンドの美女と挨拶を交わしていた。


「初めまして。レス様。私はミーナ様の侍女、エルと申します。ご負担をおかけするかと思いますが、宜しくお願い致します」


「こちらこそ。レスと言います。これからは仲間としてよろしくお願いしますね」


 柔らかい笑顔で挨拶をするエル。スラッとしたスタイルの女性でレスと同世代くらいだろうか。肩まで伸ばした髪をひとつに束ねている。


「ミーナ嬢ー。いつまで模擬戦してるんですかー?置いてきますよ?」


「待って!いまいくから」


 ミーナが騎士団員相手に無双をしているがキリがなさそうなので話かけることにしたレス。


「ミーナ様?さっそくレス様にご迷惑をおかけするのですか?」


 エルが静かに、しかし怒気を感じさせる声色でミーナに話しかける。


「うっ」


 ミーナはエルには逆らえないようだ。大好きな模擬戦を中断してこちらに急いでやってきた。


「レス、ごめんなさい。熱が入ってしまって」


 小さい頃から一緒にいるということなので姉のような存在なのだろう。これはかなりミーナのことを抑えてくれそうだと安心するレス。


「いえいえ。では早速俺の拠点に案内しますよ。明日からの旅の説明もしたいですし、あとで仲間の冒険者もくるので改めて紹介したいです」


 レスは2人をデルニエールへ連れていくことにした。改めて旅の仲間となった2人には全てを話す予定でいる。


「いよいよレスから話が聞けるのね。楽しみ」


「その割には模擬戦にかまけていましたけどね。ちゃんと周りに合わせて下さいね」


「もう分かったわよ。気をつけるわ」


 

 3人はレスの自宅までやってきた。そのまま入口に入らずに裏口へ向かう。


「あれ?家には入らないの?」


「こちらについてきてください」


 レスは裏庭に設置した転移魔導具の前まで2人を先導した。


「な、にこれ?魔導具?」


「レス様、これは?」


「そっか。2人は遺跡に行ったことなかったのか。これは転移魔導具。俺はこことは違う場所を拠点にしているんです」


「レス?もしかしなくてもあなたがたまにしかこの街に戻ってこないのって」


「はい、今はこの先にある拠点でほとんどを過ごしてるんです」


「そういうことね。あ、もう私に対して敬語はやめて。これから旅の仲間になるのだし、堅苦しいわ」


「そう?じゃあそうさせてもらうね」


「相変わらず切替が早いわね..エル、あなたはそれが普通だったわね」


「はい、私は普段からこの喋り方なので」


「よし。じゃあ早速行こう」


 レスが転移魔導具を起動し、3人はデルニエールへ進んでいく。


「何なのここ?外?」


「ここはどこなのでしょう?長閑なところですね」


 ミーナは若干困惑し、エルは呑気だ。


「ここが俺の拠点、デルニエールがある場所だよ。実はここ、イストンワンの地下なんだ」


「え、イストンワンって遺跡の?地下?」


「うん、ここは偶然見つけたんだけど…」


 レスは歩きながらここを見つけた経緯などを説明する。ついでに古代の技術が保存されていたデルニエールについても。2人は驚愕の表情でレスの話に耳を傾けている。


「って少し長くなってしまったけど、それからはここを拠点にして旅の準備をしていたわけなんだ」


「はぁ。すごいわね。魔眼の話とかも詳しく教えてもらうつもりだったけどここで見つけたのね」


「そうそう。古代の技術の一つだよ。着いたら説明しようかな。魔眼、ミーナもほしいんでしょ?」


「え?そんな簡単に手に入れられるものなの?」


「うん。ミーナの安全にもつながるし、魔眼を手に入れてもらうつもりだよ。エルさんはどうかな?」


「私はまったくお話しについていけてないです..まずはお話しをお伺い出来ればと」


「確かにその通りだね。お、着いた着いた」


 3人は話しているうちにデルニエールの入口に到着し、中に入っていく。


「い、いま何も無い所が開いたわよね?これも古代の技術なの?」


「そう。すごい技術だよね。リムー、戻ったよー」


「あらまあ。現生人族生命体雌型の匂いを複数キャッチ。排除が必要ですね」


 レスの呼びかけにヒヨコが飛んで現れた。なぜか光を発しながら威嚇している。そんな機能は付けていないのだが、どうやっているのだろうかと首を傾げるレス。


「リム?初手から攻めるね。事前に今日連れてくるって話したでしょ?」


「ええ、ええ。聞いておりますとも。『私たち』の愛の巣に他の女性を連れ込む宣言はしかと聞きました。堂々と宣言されるものだから衝撃を受けたものです。さすがマスターです」


「ありがとう。それに普通に了承してたじゃない」


「それはもちろん、シークレットキルのために平静を装っていたんですよ」


「おお、なかなかやるね。全然わからなかったよ」


「ふふふ。私の勝ちですね」


「…ミ、ミーナ様、私達は何を見せられているのでしょうか。若干物騒なお話しもされているのですが」


 2人の会話にエルが困惑する。するとミーナは無言でリムに近づいていく。


「ふぎゅ」


「「え?」」


 次の瞬間、ミーナがリムを鷲掴み。顔がキラッキラである。レスとエルは言葉を失う。


「何なの!?この可愛い生き物は!?ヒヨコ?それにしては大きいわね。色も真っ白。可愛い。可愛すぎるわ!しかもあなたいま喋ってたわよね?」


 ミーナ、大興奮である。ヒヨコを優しくこねくりまわしている。


「あ、ああ。レス様。すいません。ミーナ様は可愛いものに目がないんです」


「え?そうなの?それは知らなかった。それじゃあしょうがないね」


 それから数分、リムはミーナにこねられ続けた。


「マスター。私達が求めていた反応はこれですか?否!断じて否です!」


 ヒヨコは地面に力尽きたように横たわりながらも抗議の声を上げている。


「まあまあ、リムさんや。よかったじゃないか。その姿をこんなに可愛いって言ってくれてるんだよ?」


「ハッ!確かに。あなた、見る目がありますね。この至高の姿の価値がわかっている」


「はぁぁぁ。可愛い。偉そうに喋ってるところも可愛い。レス?この子は何なの?」


「そうだね。ちゃんと2人にも紹介しよう。あ、テネ?そろそろ出てきたら?もうデルニエールだよ?」


 レスがそういうと眠そうな顔のテネが影から現れた。


「!!!小さな子がレス様の影から??」


 リムとテネが改めてレスの頭と肩に収まる。


「じゃあ、2人とも。改めて紹介するね。頭の上にいるのがこの施設の管理精霊リム。肩の子が仲間の精霊でテネ」


「改めましてお二人様。私は精霊を超えた究極生命体、リムと申します。よろしくお願いします」


「ん。テネはテネ。よろしくね」


 リムがドヤり気味に胸を張りながら、テネは無表情で自己紹介をする。


「か、可愛い..私の頭にも..あ!私はイスタン領領主の娘、ミーナ・フォン・イスタンよ。よろしくね」


「私はミーナ様の侍女を務めております、エルと申します。宜しくお願い致します」


 2人がカーテシーで挨拶を返す。


「うんうん。みんなよろしく。まずは居住区で一休みしてから施設を案内しようかな」


 5人はわいわい話しながら居住区へ向けて歩いて行くのだった。

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