第22話 封爵

 イストンツーから帰還してから2日。レスは領城前に立っていた。石造建築3階建、実質剛健な雰囲気が漂う重厚な城である。いつもは隣の騎士団訓練場に足を運ぶのだが今日の目的地は領城だ。


 城門の左右には門兵が立ち、レスを観察している。レスはあいさつをしながら城門をくぐる。城門を通るとそのまま城内に通じた作りになっており、3階部分まで吹き抜けのエントランス。中央に2階まで登れるT字の階段が見える。近くの騎士に話しかけ、案内を頼むことにした。


「すいません。今日、訪問をさせていただく予定になっているレスと言います。侯爵令嬢様とお約束をしているのですが、どちらにお伺いすればよろしいでしょうか」


「あ、レス殿ですね。お話は聞いています。私がご案内致しますのでこちらへ」


 騎士が案内をしてくれることとなり、レスは後ろをついていく。そのまま城内を移動しながら3階にある謁見の間がある扉の前に到着した。


「それでは、私の指示に従ってくださいね」


「わかりました」


 騎士は扉へ振り返ると扉を叩く。


「レス殿がお越しになりました」


「入れ」


 中から年配の男性の声が聞こえる。侯爵だろうと推測するレス。


「それではレス殿。謁見の間に入られましたら中央までお進みください。侯爵様がお待ちです」


 レスは頷き、入室する。謁見の間は目的のみを追求したようなシンプルな作りで領主が鎮座する玉座と外の光をほどよく取り込む窓、イストン家を象徴する家紋の横断幕が玉座の後方の壁に飾られているだけだった。広さも奥行きで10m程度だろうか。


 レスは中央まで進み、その場で頭を下げた。


「よくきたな」


「お初にお目にかかります、レスと申します」


「うむ。私はイストン領領主、デール・フォン・イストンだ」


 領主デールの両隣には侯爵夫人、ミーナとミーナの隣には弟の侯爵令息が立っていた。レスの隣にスタンゼン団長が寄ってくる。


「此度の魔物氾濫での活躍、そこのスタンゼン団長より聞いたぞ。見事であったな」


「もったいなきお言葉」


「謙遜するな。もう少しフランクに接してくれてもいいくらいだ。堅苦しすぎるのは好かん」


「承知致しました」


 レスは笑顔で応じる。


「..あら、笑顔も素敵ね、ミーナ」


「ちょっ。お母様..」


「んん!紹介しておこう。妻のフィーナだ。ミーナの隣にいるのが私の長男であるセニスという」


「フィーナ・フォン・イストンと申しますわ。レスさん」


「セニス・フォン・イストンです。宜しくお願いします、レスさん」


 ミーナに容姿が似た美女、フィーナが見事なカーテシーを。弟のセニスが軽く頭を下げ挨拶をしてきた。


「レスと申します。こちらこそ、以後お見知り置きを」


 レスもお辞儀で挨拶を返す。


「して、レスよ。繰り返しになるが、此度は見事な活躍であったと聞く。活躍に対し、褒賞を与えようと思っているのだ」


「ありがとうございます」


「うむ。そなたは今回の魔物氾濫に際し、人命救助、戦線崩壊の危機回避、ゴーレムの鎮圧と大きな活躍であった。よってその功績を称え、金一封とを与えようと思う」


「ありがたき幸せ。しかし僕は..」


 レスが事情を説明しようとするとデールが手で言葉を遮る。


「まもなく旅に出るのであろう?聞いておるよ。して聞きたいのだが、他の領や国へ移住する予定なのか?」


「いいえ」


「では、旅の目的は深く聞かんがそれは我が領のためになることか?」


「そうですね。領のためになることは間違いないです」


 かなり間接的だが嘘は言っていないと考えているレス。滅亡の原因がわかれば心置きなく魔導具を世に送り出せる。それは領の発展にも繋がるはずだ。


「であれば封爵しても問題ないな。異例ではあるが領のために旅へ出るのだ。自由な行動も認める。なので受けよ」


(なるほど。領に取り込むために爵位を与えつつ、自由を認めると。俺の将来性を期待してくれてのことなのだろうけど、異例中の異例だよ。それだけ可能性を買われてるということか。領主様、娘のこと以外は聡明で有名だし、先を見据えてるんだろう。この条件であれば受けない選択肢はないか)


「ありがとうございます。それでは、謹んでお受け致します」


「よし。それでは、領のために励むことを期待する。給金待遇などについては追って担当の者に説明させよう」


 レスはイストン領の騎士爵として、封爵を受けることにした。これからの旅でこの身分は役に立ちそうだと考える。ありがたい話であった。


「そうそう。それでレスよ。そなた、素晴らしい魔導具を複数持っているそうではないか。ミーナやスタンゼンが申していた。聞けば魔導技師だとか」


「はい、魔導技師として活動しております」


「そうか。実は私の配下には魔導具に明るい人材がいなくてな。そこでだ。そなたを魔導技術長に任命したいと考えている」


「うれしい限りです。僕の技術を活かせる役職であれば喜んでお受け致します」


(いいね。魔導具についてはスタンゼン団長から報告が入ると思ってたから何かしら話しがあるだろうと思ってたけど俺にうってつけの役職だ)


「うむ。旅の中で有望そうな人材がいればそのまま領に連れてくればよい。魔導技術の発展のため、組織を作っていってもらいたい」


「承知致しました。旅の前に何点か防衛のための魔導具を騎士団に提供させていただきますね」


「そうしてもらえると助かる。手に入れた時の費用は申せ。領で負担するのでな」


「そのように致します」


「よし。では、今日はここまでとしよう。旅の予定が決まったらまた報告せよ」


「しょう「待ってお父様」」


(お、おお!ミーナ嬢、ここで仕掛けてきた)


 レスと侯爵の会話が終わるタイミングでミーナが声をかけてくる。


「…どうしたのだ?ミーナ」


「私もレスの旅について行くわ」


(直 球ぅー!)


「…ん?ミーナよ。お父さん、何を言っているのかわからないのだが」


「私もレスの旅について行くわ」


「ミーナが旅?なぜ私の娘が旅に出るのだ?」


「え?だってついて行かないとレスと模擬戦出来なくなってしまうじゃない」


「え?おかしいだろう。なんだその理由は?」


 ミーナの介入で一気に場の混乱が訪れる。母フィーナは微笑み、弟セニスは唖然とし、スタンゼンは首を左右に振って呆れている。


「おかしくないわ。私、まだ一度もレスに模擬戦で勝ててないのよ?」


「待て。ちょっと待て。模擬戦がなんだというのだ?フィーナ?わ、私がおかしいのか?」


「ふふふ。ミーナが自分より強い殿方を見つけたのにここで逃すわけがないわね」


「いやいやいや、違ーーう!そういう話ではないだろう!..ん?殿方?そうだ。レスは男ではないか!だめだだめだだめだ!まだ早い!まだミーナは誰にもやらんぞ!」


「お父様何を言ってるの?いまは私が旅についていく話をしているのでしょう?」


(おおおおお、すごい。侯爵が大混乱してらっしゃる。もう論点がずれっずれだぞ)


 レスは銅像のように静かに、ただ静かに静観する。ここで会話に入っていってはダメだと直感で感じ取っている。


「とにかく!ダメだ。全部ゆるさん!」


「じゃあ、旅に行くのを許してくれないならレスに嫁ぐわ」


「え?」


 話を終わらせようとする侯爵に対し、ミーナがリーサルウェポンを打ち込む。娘を愛しすぎる父親には致命的な言葉である。


「レスはもう貴族なのだし、これから間違いなく出世もするでしょ?そうなれば身分的にも問題ないわ。そろそろ私の相手も決めなくてはいけないのではなくて?」


「いや、ちょっと待ちなさい。え?ミーナ何を言ってるのだ?いまそういう話だったか?」


「旅の同行を許すか、嫁に出すかの2択よ。お父様」


「……………何なのだ?これは……一体..どうしてこうなったのだ」


 めちゃくちゃな話で攻められ続けた結果、侯爵が完全に思考停止し、そのまま上を向いたまま黙り込んでしまった。


(もう無茶苦茶だ。ちょっと楽しいけど)


「しょうがないわね。レスさん、主人がちょっと考え込んでしまったのでこの件はまた後日お話ししましょう。今日はもう疲れているでしょうから下がっても大丈夫よ」


「そうですね。今日はこの辺りで失礼させていただきます」


 抜群の間合いでフィーナに退室を促されたレスは抜け出すいいタイミングだと言葉を返して部屋を出るため、扉に向かう。振り返る際にミーナを見ると狙いどおりといった笑みを浮かべている様子が目に入ったのだった。

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