第16話 精霊ちゃん

 ゾーイとロンの魔眼施術も無事終わり、意気揚々とイストンゼムに帰っていった2人。旅の準備が完了するまでは自由行動とした。いつでもデルニエールに遊びにこれるように転移魔導具への登録は完了している。それからレスはまた旅の準備に取り掛かり、2週間に1回はミーナとの逢瀬(戦闘)のためにイストンゼムへという生活を繰り返す。そんな生活サイクルを1ヶ月ほど続けていた。


「ねえねえ、リムさんや」


「はいはい、マスターどうしました?」


「あそこ、なんか黒い靄みたいなのが集まってない?」


 ここは研究室。レスは魔導具の開発に勤しんでいると研究室内の片隅に黒い影のような靄があることに気づき、不思議に思ってリムに話かけてみた。


「あら。それは精霊さんです。生まれて間もないですが、すでに属性は伴ってますね。ただ..まだ少し存在を安定出来てないみたいですね」


「おお!こんな感じで精霊って生まれてくるんだ!でも、存在が安定してないって大丈夫なの?」


 ここはマナの地脈の上に作られた施設。精霊も生まれやすい環境なのだろう。レスは黒い靄、生まれたばかりとリムに説明された精霊に近づき、続けてリムに問いかけた。


「安定しなければまたマナに戻って四散するだけです。こればかりはその子の自己認識の強さ次第なんですよ。あ、もしよければマスターが安定するまで手助けをしてあげてはどうです?」


「お!俺が助けになるなら手助けしてあげたい!どうすればいい??」


「では、その子は闇属性を伴って具現化しているようなのでマスターが闇属性の魔術を使って安定するまで充してあげるのはどうでしょう」


「了解。ちょっとやってみるよ」


 レスは闇魔術の『黒霧くろきり』を使って精霊を包んでみることにした。この魔術であれば攻撃性はないので適しているだろうと考えた。せっかくなので魔力濃度濃いめで精霊を優しく包むように黒魔術『黒霧』を発動させた。同時に魔眼も発動して精霊の様子をしっかりと観察する。


「お、魔力が安定してきてる。これってそろそろ大丈夫そうな感じじゃない?」


「そうですね。だいぶ安定してきてるようです。もう大丈夫でしょう」


 レスの魔術に包まれてから10分ほどが経過しただろうか。どうやら精霊は安定したようだ。レスが魔術の行使をやめると闇霧は消滅し、中から先ほどよりも濃く、はっきりと球体のようにに黒い霧が固まったような闇精霊が姿を表した。


「おお、言葉わかるかな?こんにちは。俺はレスと言うんだ。よろしくね」


「同胞よ。初めまして。私は精霊を超越した存在。究極生命体のリムと申します」


「なんでそこでマウント取ってるのかな?」


「こういうのは初めが肝心なのです」


 レスは呆れてリムに指摘する。闇精霊は特に反応を示さず、レスに近づいてきたと思うと服の中に隠れてしまった。元が靄のようなものなので服と身体の隙間にうまく収まっているようだ。


「ええ、これどうすればいいの?この子、自我はあるんだよね?」


「ぐぬぬ、なんかうまいことマスターを奪われた気分です。自我は間違いなくありますね。ただ、まだ自身を表現する形はとっていないようなのでまだまだ赤ん坊みたいなものですね」


 精霊は誕生後、属性を伴った具現化だけでなく、自身の好みを反映させた容姿に変化する。動物であったり、魔物であったり、人であったりと。基本的には周囲に存在する生物の容姿に影響を受けることが多い。まだ容姿が変化していないこの精霊は自身の姿を定めていない生まれたての赤ん坊とリムは説明したのだ。


「なるほどね。でも仲間が増えたみたいで嬉しいね。これからよろしくね。えーっと。名前、どうしよう?」


「マスターが付けてあげるといいですよ。まだ名前はないのですから」


「それは大役だね。そうだな………」


(よし。テネにしよう!)


「君の名前はテネだ。よろしくね、テネ」


 レスの服の中で少し反応したような気配があった。問題ないようだ。


「マスターに名前を付けてもらえるなんてちょっと羨ましいですね。よろしくね、テネ」


 こうして、偶然にも精霊が施設内で誕生し、レス達と一緒に生活をすることになったのだった。




 それから更に半年ほどの時間が経過する。準備は順調。稀に作成した魔導具をゾーイ達に卸すなどして資金も貯まってきている。ミーナとの逢瀬も欠かしていない。ミーナも着実に成長しているようだが、今のところレスの全勝である。忙しく動き回るレスに新しくデルニエールの住人として加わったテネは常に着いて回っていた。街にいくときも一緒である。そんなある日の朝方、レスは自室のベットの上で目覚める。


 「ふあぁぁぁ。よく寝た」


 レスは身体を起こし、背伸びをして眠気を覚ます。


 「ん?」


 ふと自室に目を向けると部屋に備え付けている椅子に幼女がちょんと座っていた。黒いワンピース姿の黒髪黒目のツインテール美幼女である。4、5才くらいだろうか。なんとなく、普通の子より小さい気がするが。


 「ん??えーっと?君は誰かな?っと。ここは?」


 寝起きということもあり、レスは混乱する。


 「レス」


 「え?ええ?」


 レスに向けて謎の幼女は宙を浮いて近づいてきた。レス、混乱の極みである。


「も、もしかして君、テネ?」


「そう」


 冷静になればここデルニエールに子供がいるはずないのである。レスは幼女がテネであると推測し、問うてみると当たっているようだ。


「ごめんごめん、びっくりしたよ。テネ、姿を変えたんだね。でもなんで幼女?」


「そう。これでレスに優しくしてもらえる」


「いや、テネがどんな姿でも優しくするよ?って言葉もちゃんと話せるようになったんだね。びっくりだよ」


 レスはテネを抱き上げながら質問するとテネは満足そうに答える。


(なるほどなぁ。これがテネの『』。なのか)


 レスは納得しながら朝の準備を済ませる。それからテネと一緒に自室を出て、さっそくリムに教えてあげようと中央のリムの元を訪れた。


「マスター、おはようござい、ます?」


「リム、おはよう。びっくりしたでしょ。この子はテネだよ」


 困惑するリムにレスは肩にちょうどいい感じで座っている幼女をテネであると説明する。


「テネですか?たしかに魔力の質が同じですね。流石の私も驚きました。まさかに成るとは」


「これで、レスは私に優しくしてくれる」


「!!言葉もすでに理解して喋れるんですね…これは..」


 リムがテネの状況に驚愕しているようだ。何か考え込んでいる。


「人型や喋れることってそんなにすごいの?」


「はい、人型に成り、言葉を理解して会話できる精霊は過去にも存在しています。そのような精霊の代表といえば…」


「大精霊か」


 レスはテネの頭を撫でながらリムとの会話を続ける。テネは満足そうだ。大精霊とは太古から存在し続け、人の姿を成し、人と同等の知性を併せ持った精霊である。精霊の中でも群を抜いた力をもっており、ある地域では信仰の対象にもなっている存在だ。


「そうです。ちょっとびっくりしましたが、素晴らしい事ですね。幼女なのはちょっと意外でしたが求める方向性がそっちだったのでしょう。マスター、あなたは女性に優しいですから」


 そう。レスは女性に優しい。この半年間、常にレスと一緒にいたテネ。レスの様子をずっと近くで観察し、街では女性に優しいレスの姿、商店街や住宅街の子供達と挨拶をする姿も見られている。特に子供達と接する優しいレスに惹かれたようだ。


「同じように接してもらいたかったのでしょう。ちょっとマスターに依存気味なのは魔力を与えた影響でしょうね」


「なるほどね。理解出来たよ。でもテネを旅に連れていくのはちょっと心配かな」


「マスター、テネの容姿に引っ張られすぎです。テネはそもそも精霊ですよ。ちゃんと魔眼で見てください」


 リムに言われ、魔眼を通じてテネを観察するレス。そこには膨大な魔力が圧縮された存在が映し出された。


「す、凄まじいね。これはテネさんと呼んだほうがいいかな?」


「いや!」


 お気に召さなかったようだ。


「でも、戦闘経験がないことに変わりはないんだから出発までちゃんと訓練しとこうな」


「わかった。ちゃんと訓練してレスを助ける」


 レスの肩の上で握り拳を掲げるテネ。改めて、闇精霊テネの旅の同行も決まったのだった。

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