第13話 模擬戦

 レスは領主の城の横にある騎士団の訓練場に立っていた。四方200mほどの広さの正方形の形をしており、地面は芝生で覆われている。魔術学校の訓練場よりも断然よい作りだ。さすが騎士団。よい訓練が出来そうである。あれからミーナに連れられ、ここまで来たのだ。周囲には訓練中だった騎士達が見学のため、集まっている。


「グレン分隊長、訓練場を貸して頂いて感謝するわ」


「いえ。お嬢様のご希望とあらば。いつでも自由にお使い下さい」


 ミーナにお礼を言われ、グレンと呼ばれた分隊長は嬉しそうにお辞儀を返している。


(侯爵令嬢との模擬戦だもんね。簡単に済むわけないか。うーん、軽はずみ過ぎたか?)


 レスはちょっと事が大きくなってしまっていることに少し反省する。


「では、レス君とやら。私が模擬戦の審判を務めることになったイストン騎士団第4分隊のグレンだ。よろしくたのむ」


「レスです。急なお願いになってしまい、すいません。こちらこそよろしくお願い致します」


 レスは、茶髪長身のナイスガイ、グレンに挨拶を返す。


「うむ。それでは今回の模擬戦、使用する武器は木製という部分は譲れませんがそれ以外のルールはお二人で決めてもよろしいですよ。いかがしますか?」


 グレンがミーナのほうを向き、そう問いかけた。


「そうね。何でもありでいきましょう。あ、戦闘の補助道具のようなもの使用は無しよ。よろしい?」


「はい、問題ございません」


 ミーナの提案を笑顔で了承するレス。ミーナは両刃の片手剣を選択。レスは無手だ。


「……無手ということは徒手空拳かしら。侮っているわけではないのよね?」


「もちろんです。俺は徒手空拳なんです」


「わかったわ。それでは始めましょう」


 2人の準備が完了し、訓練場の真ん中で向かい合って対する。間の距離は4mほどだろうか。


「それでは、両者。これより模擬戦を開始する…………始め!」


 グレンの合図と同時にレスはを発動する。


「あなた、その眼は?」


「戦闘で昂ると眼の色が変わってしまうんですよね。体質のようなものなのでお気になさらず」


 レスはそう答えると身構えた。ミーナも問答をやめることにしたようだ。


(足に魔力を集めてるね。腕にも。循環してるから魔術はこないね。超速突進からの剣撃かな。それなら)


 レスの魔眼はミーナの魔力の流れを捉えていた。淡白い魔力が両足と腕に循環している。確認と同時にレスは魔術行使の準備を完了する。


 「ふっ!」


 ミーナが魔力を十分に循環させ強化している足を一歩踏み込み、そのまま全速でレスに向かって突進。剣はすでに振り下ろしの構えだ。一瞬で剣の間合いの距離まで詰めるミーナ。剣を振り下ろすために腰に力を入れた瞬間にレスは準備していた光魔術『発光はっこう』をミーナの眼前で発動させた。ミーナの動きが止まると同時にミーナの背後に周り、流れるように首筋へ手刀を叩き込む。


 光が収まると、意識を失ったミーナがレスに支えられている状況だった。


「そこまで!!模擬戦は終了だ」


 グレンが終了を告げ、模擬戦は終了した。兵士たちのざわめきが聞こえる。


「お嬢様が負けた?」

「あそこで目眩しとは。魔術の発動速度が尋常ではないな」


 様々な感想がレスの耳へ入ってくる。皆、戦いの結果に興味深々のようだ。


「お嬢様はご無事なのか?」


「すぐ目を覚ますと思いますよ。首筋にちょっと強めの衝撃を加えて意識を刈っただけですから」


 レスはミーナを優しく地面へ横に寝かし、サラッと問題ないと答える。


「しかし驚いたな。最近のお嬢様はどんどん強くなってしまい、団内では敵無しであったのに」


 グレンが感慨深く、いまの状況の感想を述べてくる。


「そのようですね。お話しをお伺いするにこのままでは強い魔物に勝手に突撃しかねないと思いまして」


「お嬢様から聞いていたか。いや、本当に困っていたのだ。これで少しは思い留まってくれるとよいのだが」


 その時、ミーナが目を覚まし、飛ぶように立ち上がった。


「ハッ!!?え?な、なに?模擬戦は?」

 

 大変に混乱しているようである。近くに立つレスとグレンを見回しながら話し出す。


「なんでグレンが…いや、目の前が急に光ったあとに後ろから衝撃を受けて…..もしかして私は昏倒させられたの?」


「はい、俺の勝ちですね」


 レスはこれでもかとドヤ顔をキメる。


「あの光の中、あなたはなぜ動けたの?」


「これですね」


 レスは目の周りに魔術を行使する。闇の魔術、『黒霧くろきり』が目の範囲のみを薄く覆うように展開している。この魔術は本来、敵を囲むように具現化させ、敵の視界を完全に奪うことに用いるのだが今回は自身の視界を光から守ることのみに特化させるために薄く小さく光の直視を避ける程度にコントロールした。


「………すごい!!!やるじゃない!あなた!!もう一戦、もう一戦よ!」


 ミーナ、大興奮。


「いいですよ。もう一戦ですね」


「…ありがとう、レス君。標的が定まったようだ」


「え?グレンさん今標的と?」


「いや、何でもない。ではお嬢様、また私が審判を務めましょう」


 レスはグレンの不審な発言に驚愕する。標的とはどういうことだろうか。


「では、第二戦目ということで……始め!!」


 レスvsミーナ再び。がしかしレスは勝利する。お嬢様、おかわりをご所望、レス勝利を繰り返し、計2戦。全戦全勝である。まずレスにミーナの攻撃が当たることはなく、ミーナの動きを読むように先回りしたレスの攻撃にミーナは対応出来ない。魔力を使う戦闘において魔力が見える者と見えない者ではそもそも勝負にならないのだ。



「はあ、はあ、はあ」


「ご満足ですか?ミーナ嬢」


 地面に大の字で倒れ伏すミーナへレスは話しかけた。


「あなた、先読みしてる?何か見えてるの?」


「さて、どうでしょうね」


(勘がいいなー。うまく動いてたつもりだったけど)


「まあ、いいわ。勝つまで付き合ってもらうから」


「魔物はもういいのですか?」


「え?目の前にこんなに強い人がいるじゃない」


 レスはグレンが言っていた言葉の意味を理解する。


(標 的!とにかく強いやつと戦いたかったのね)


 レスはミーナが魔物を倒すことで得るマナ吸収による成長を目的としているわけではないと察した。弱い魔物は戦いにならないという発言は戦いになれば何でもよいという意味でもあるようだ。


「毎日、朝一番にここに集合よ。一日一戦ね。あなたに拒否権はないわ」


(強権がすごい)


「ミーナ嬢のお誘いは非常に魅力的なんですが、俺は今日にも街を出てしまうんですよね」


「え………」


 レスの言葉にミーナはこの世の終わりかのような絶望の表情を浮かべた。


(その顔はいけない!失言だ。女性にこんな顔をさせていいのか?否だ!)

 

 レス家家訓がいまの状況を許さない。


「2週間後にまた帰ってくるのでそのときに一戦どうですか?」


 瞬間、ミーナの表情がパァァァァっと華やむ。美人さんなのですごい破壊力である。


「2週間後ね!絶対よ。朝一にここに来るように」


「はい、必ず来ます」


「普段はこの街にいないの?」


「そうですね。魔導具の研究で各地を旅して周っているのですが、2週に1回は戻ってきますかね」


 レスは定期的に一戦する必要があると察し、旅の準備に支障がない範囲でイストンゼムに来る頻度を定める。


「そう。では帰って来た時は私宛に城を尋ねなさい」


「ご不在の時はどうすればよろしいです?」


「次の日にまた尋ねてくればいいでしょう?」


(清々しいほどのわがまま嬢、まあいなかったらその日はすぐ帰ればいいか)


「承知しました。ではそのように致します」


「2週間後が楽しみね。それまでに技を磨いておくわ。覚悟しておくことね」


 その後、別れの挨拶をして、騎士団の訓練場を後にするレス。これからは定期的にここへ通うことになるのかとしみじみ考える。ひょんなことから領主家とのコネクションを手に入れているのだった。

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