第12話 新たな出会い

 昨日は色街ではしゃいだあと、朝方に久しぶりの自宅へ帰宅。埃まみれの家の中で仮眠を取ったレス。領地庁舎へ早めに行かなければならないので眠い目をこすりながらも無理やり起床する。


「さすがに眠い…あと埃っぽい」


 デルニエールでの生活に慣れてしまったレスにとって、今の自宅の状況は最悪だ。


(さっさと領地庁舎に行って、デルニエールに帰ろう)


 レスは支度を整え、家の外へ。入口から裏手に回り、裏庭へやってきた。転移魔導具を設置するためである。レスの自宅の裏庭は通りから死角となっている。また家は居住地域の中でも外壁沿いに位置しているのも高ポイントだ。両隣の家は庭が見える位置には窓がなく、また庭もないため、ここは完全に死角となっている。


(転移魔導具を設置するにはうってつけの場所だね)


 しばらく転移魔導具の組み立てを行い、準備を完了させたレスは外壁の一部を拝借して転移魔導具を設置することにした。起動テストも怠らない。問題なくデルニエールの転移室の様子が外壁に映し出されたことを確認し、安心して領地庁舎へ出発した。



 ***


 

 前方に領主の城が見えてくる。レスは中央通りを歩いているが周囲はすでに貴族街である。ロヌス国王より封爵を受け侯爵となった地方領主は、独自に男爵までの爵位を部下に与える権限を許されている。そんな貴族達が領地内の各街などを管理していたり、領都での仕事のためにこの貴族街で生活しているのだ。


 レスの目の前にクリーム色の2階建の石造建物が見えてくる。領地庁舎である。レスは建物に入り、1階の領民管理と文字が書かれたカウンターの前にやってきた。


「すいません。レスといいます。行方不明と冒険者組合から申請があったかと思うのですが、無事帰ってくることが出来ましたので情報を更新してもらいたいのです」


「レスさんですね。少々お待ちを。2年前に冒険者組合から申請が上がっていますね。ご無事だったのですね」


「はい、こちらに戻ってくるのにちょっと苦労しましたが。更新は可能ですか?」


「可能ですよ。ただ、2年間分の人頭税が滞納状態です。こちらをお支払いいただければですが」


 領地庁舎は細かい事情は特に気にしない。問題を起こさず、しっかりと人頭税を支払っていればよい領民扱いなのだ。


「もちろんです。2年分というと、金貨20枚ですかね」


「はい、間違いございません」


 東部イストンの領民の平均世帯年収は金貨300枚ほど。家族が多ければ多いほど支払う人頭税は多くなるが、そこまで高い金額ではないとレスは思っている。


「では、金貨20枚を。確認お願いします」


「確かに。……確認させていただきました。それでは登録内容を更新しておきますね。こちら受領証明です」


「よろしくお願いします。では」


 レスは受付の女性にお礼をし、外へ出るために入口に向かう。これでイストンゼムでのミッションコンプリートである。


「もういいわ!!!!お父様の馬鹿!!」


 レスが領地庁舎を出ようと扉に手をかけた瞬間、2階のほうから叫び声が聞こえる。周囲は一気に静まり返った。


(えええ。何今の。どうすんの?この雰囲気)


 周囲の人達にももちろん聞こえていたようでなんともいえない雰囲気を醸し出している。そうこうしていると原因の張本人が階段を下り、レスの目の前にやってくるではないか。歩いてきたのは肩まで伸ばした銀髪にライトブルーの瞳をもった美しい少女だった。格好はドレスアーマーというやつである。布地部分は青、アーマー部分は銀製だろうか。


 「ん?何?」


 少女に見入ってしまっていたレスに少女が訝しげに話しかけてくる。


「ごめんなさい。すごい声が聞こえたものだからつい気になってしまいました」


 少女が恥ずかしそうに顔を赤らめながらもレスをマジマジと見つめ、口を開いた。


「あなた、その格好は冒険者かしら?ちょうどよかった。少し話が聞きたいからついてきなさい」


「え?ちょっ!待って」


 レスは女性に手首を掴まれ、外に強制連行されていくのだった。



 ***


 

「それで。話とは何かな?」


 ここは貴族街にあるカフェ。プロテクターマンとドレスアーマーレディにはアンマッチすぎる場所である。コーヒーを2人分オーダーし、落ち着いたタイミングでレスは話しかけた。


「あなた、随分と落ち着いているのね」


「そうかな?ちょっとびっくりしたけどノリでカフェもありかなって」


「私に見覚えはない?それなりに有名なつもりだったのだけど」


 レスは唐突な質問に首を傾げる。銀髪に青い瞳、有名人とのこと。レスの記憶の中で領主自慢の娘が思い浮かぶ。よく領主に連れられ、商業区などの視察に訪れていた。さらに遺跡に入る前のご令嬢コインの件もフラッシュバックする。


「ああ!コイン令嬢!」


「次、それを言ったら殺すわ」


 侯爵令嬢とは思えない言動である。令嬢にとっても黒歴史なのだろう。レスは心に『禁句』と刻んだ。


「まあいいわ。改めて、ミーナ・フォン・イストンよ。よろしくね」


「レスです。どうぞお見知りおきを。ミーナ嬢」


 ミーナの綺麗なカーテシーに応えるように穏やかで微笑んだ表情でお辞儀を返す。


「切り替えが早いわね、あなた。そして綺麗な挨拶。貴族ではないのよね」


「いえいえ、家訓の賜物です」


 レス家家訓に隙はない。


「それで、ミーナ嬢。お話しとは?」


「私ね。遺跡に行ってみたいの」


「ほう、なぜですか?」


「なぜ?」


「あなたは侯爵令嬢です。その御身を危険に晒してでも遺跡にいきたい理由を聞きたいのです」


「あなたは冒険者でしょう?あなたが連れていってくれれば危険はないわ」


 レスは配膳されてきたコーヒーを一口、口に含む。


「俺は冒険者ではなく、魔導技師です」


「話が違うわ」


「話してないですよ」


 レスとミーナの間に少しの沈黙が流れる。


「理由はね。私は魔物と戦いたいのよ」


「晒しにいこうとしていたわけですね。それであれば遺跡でなくともよいですよね?」


「そんなの。イスタン周辺の魔物は弱小種だし、数も少ない。戦いにならないと思うわ」


「かなり自信がお有りのようですね」


「ええ。領の騎士団内でも私に敵う者はもういないもの」


(戦闘狂のお嬢様だったか)


「それでミーナ嬢のご希望について、侯爵様はお許しになられているので?」


「いいえ。許してくれないのよ。もう埒が開かないから好きにしようと思うの」


(ダメだよ?このままだと飛び出して行っちゃいそうだ。一旦阻止だ阻止)


「では、俺に勝てたら知り合いの冒険者に頼んでもいいですよ?」


「あなたに?あなたは魔導技師なのでしょう?」


「ええ、俺は戦う魔導技師なのです」


 レスはアルカイックスマイルで答える。


「ふふ。面白い。それでそのような格好をしているのね」


 レスは侯爵令嬢と模擬戦を行うことにしたのだった。

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