第10話 再会

 ロヌス王国東部イストン領、領都のイストンゼムは入口から見て中央最奥に領主の城、その周辺を貴族達が住む屋敷が取り囲む。そこから2つの地域に区分され、東地区は商業施設が集まり、西地区は領民の居住地域となっている。小規模な日用雑貨を販売する店舗などは居住地域にも存在するが大きく分けるとこのような区分けになっている。


(久しぶりに帰ってきたなー。まずは師匠に挨拶しとこう。一瞬で済むし)


 レスの家族は南部のサウスン領へ数年前に移住している。ちなみに父親の職業は大工である。冬季でも比較的暖かい気候が気に入り、ノリで移住してしまった。レスはすでに魔導技師へ弟子入りしていたし、興味がなかったので1人イストンゼムに残ったわけである。なお、ちゃんと持ち家で家は譲ってもらった。


 レスは中央通りをしばらく歩き、目的の師匠が営む魔導具工房に到着した。中央通りから少し脇道に入った位置に存在している。


「こんにちわー」


「おお、レス!久しぶりじゃないか!」


 レスが店内に入るとカウンターから同年代くらいの茶髪の青年が返事を返してくる。


「久しぶりだね、ジェス。魔導具の勉強ばっかりしてて、だいぶご無沙汰しちゃってたよ、師匠はいる?」


 レスは店内を見回しながら同年代の青年、ジェスに尋ねる。店内には収納袋が陳列されている。ここは収納袋をメインに取り扱う魔導具工房。レスが持つ収納袋は師匠から一人前と認められた際に記念に贈られたものなのだ。


「相変わらずだな。親父なら奥にいるぜ。ちょっと待っててな」


 ジェスが師匠を呼びに店裏に入っていく。ジェスは師匠の一人息子で跡継ぎだ。見習い時代の兄弟子にあたる。見習いとしての付き合いしかないが、気心の知れた関係である。ジェスも変わりないなと思って待っているとジェスと同じ茶髪で小柄な男性が奥から出てきた。


「おぅ。レス、何か用事か?」


「いえ、少しご無沙汰してしまっていたのでご挨拶をと思いまして」


「そんな意味のないことするくらいなら魔導具でも触ってろ」


「親父ぃ。せっかくレスが会いに来てくれたのによ。まったく」


 レスの師匠は寡黙だ。必要以上には喋らないし、行動も起こさない。ただの挨拶は不要とのことのようだ。


「気分転換ですよ。お変わりなさそうでよかったです」


「ん?何か行き詰まってるのか?」


「いいえ、まったく。順調そのものです」


「じゃあ、不要だな。俺は作業に戻るぞ。またな」


 やはり挨拶は不要らしい。レスの師匠はさっさと店裏に戻っていってしまった。レスはこの仕事に対する真摯な姿勢に感銘を受け、弟子入りをした。必要であればちゃんと気遣いをしてもらえるいい師匠なのだ。必要であれば。


「元気そうでよかった。ジェス、また来るね」


「おう、相変わらずなんだわ。またいつでも遊びにきてくれ」


 レスは苦笑いを浮かべながらジェスと言葉を交わし、工房を後にする。


 工房を出ると日が沈みかけていた。時間は夕方を過ぎたあたりだろう。レスは次に冒険者組合に向かうことにした。ちょうど冒険者達も探索から戻ってくる時間帯であろうし、丁度よいだろう。


 冒険者組合に着き、レスは建物の中に入る。相変わらず酒場のような雰囲気というより探索から帰った冒険者でごった返し、完全に酒場だ。複数の視線を受けつつも受付に向かって歩みを進める。依頼用の受付は混雑しておらず、すぐに受付の女性と会話が出来る状態だった。


「こんにちは。あの、2年ほど前に依頼をさせていただいた件で状況の確認をさせていただきたいのですが」


「いらっしゃいませ。依頼主様でしょうか。2年前の状況確認というとどのような?」


 受付の女性は事情が掴めず、訝しむ様子で質問をしてくる。


「はい。2年前に遺跡探索の同行依頼をさせていただいたレスといいます。探索中に同行いただいた冒険者の方々と逸れてしまい、やっとこちらに戻ってくることが出来たんです。それで、こちらではどのような扱いになってるのかと思って」


「な、なるほど。2年前ですよね。まずは当時の確認もさせていただきますが、こちらでお話しするのようなお話ではなさそうなのであちらの個室で一度お待ちいただけますか?あ、あと依頼いただいた際に何かレス様を証明するものはご提出いただきましたでしょうか」


 受付の女性は慌てているが、しっかりとした対応を見せる。レスは当時提出した魔導技師の証明書を手渡し、案内された個室へ移動した。個室の中は窓があり、対のソファーと真ん中にテーブルが設置されたシンプルな内装だ。レスは窓側のソファーに腰を下ろし待つことにした。


(ここまでの流れは順調かな。ここからこの2年間についての質問もされるはず。デルニエールのことは話せないので考えてきた話をでっちあげる)


 レスがそんなことを考えていると、個室のドアがノックされ、先ほどの女性ではなく、黒髪をピシッとオールバックに固めたヘアスタイルと冒険者組合の制服を綺麗に着こなした年配の男性が入ってきた。おそらく先ほどの女性の上司だろうとレスは推測する。


「初めまして、レス様。私は依頼受付の責任者を務めております、ダーゼンと申します。以後お見知り置きを」


「こ、こちらこそ初めまして。レスといいます。よろしくお願いします」


 丁寧な挨拶にレスは慌てて立ち上がり、挨拶を返す。


「では、失礼。まずはレス様、ご無事でなりよりでございました。当時の状況は私も覚えてございます。当組合に所属するゾーイとロンを伴ってのイストンワン探索だったかと思います」


 ダーゼンがソファーに座ってから当時の話をし始める。


「そのとおりです。お二人と遺跡内の生産部屋でトラップにより、逸れてしまい。それからこちらに戻ることも出来ず、2年も経過してしまいました。お二人もかなり心配されているかと思いますし、どのような処理となっているのかと思いまして」


「なるほど。事故時の状況については2人の意見と一致していますね..レス様の護衛を遂行出来ず、申し訳ございませんでした」


 ダーゼンが深く頭を下げてくる。


「いえいえ、当時の受付の女性にも命の安全を保障するものではないと忠告を受けておりますので。自己責任だと思ってますよ」


「寛大なお言葉に感謝致します。当時の状況をご説明させていただいても宜しいでしょうか?」


「もちろんです。お願い致します」


「では、ご説明を。事故後、同行した2人は生産部屋が開くのを待ち、再度部屋の中を捜索したがレス様を発見することは出来なかったと報告を受けています。その後、両名の意志により複数回の遺跡捜索が行われましたが、レス様を発見することは叶わず。捜索を中止しています。当組合としてはレス様を発見することは出来なかったため、遺跡での行方不明ということで領に報告を上げております」


(2人とも、本当に何度も助けにきてくれてたんだね。リムの言う通り、どうしようもないな。俺)


「領でもすでにとして領民情報が更新されているかと思われます。死亡扱いになる前にレス様自身で申告されることをお勧め致します」


「そうですね。明日、領地庁舎に行ってこようと思います」


 ここ、イストンゼムでは領の城の前に領地庁舎という領運営に関する管理機関が存在する。領民の管理もここで行われているのだ。遺跡での死体が見つからない行方不明者は通常3年程度で死亡扱いに登録を更新される。死亡扱いになると領内に所有している所有物は相続人が存在しない場合は領の所有物となってしまうのだ。


「はい、それが宜しいかと。次にこちらからも今までのレス様の状況をお伺いしても宜しいですか?組合としては遺跡内で何が起こったのかを把握しておく必要がございます」


「そうですよね。もちろんお話します」


(きた。ですよね。聞いてきますよね)


 いよいよレスが用意したサクセスストーリーの出番である。


「まず、生産部屋で何が起こったのでしょうか?」


「防衛機構が発動させたトラップは2種類です。中の生物を殲滅するための赤い熱線のような魔術とおそらくは無差別の転移魔術。僕は転移魔術で別の場所に飛ばされました」


「赤い熱線のような魔術も転移魔術もその他の場所で報告されているトラップの類ですね」


(そうだろうそうだろう。調査済みですよ)


「転移した僕はどこかもわからない海辺に頭から血を流して倒れていたそうです。サウスン領の海岸地域に飛ばされていたんです……」


 そこからレスは語るサクセスストーリーを語る。こと。サウスン領にある漁村で漁師一家に助けられ、漁師として生活していたこと。そして2週間前に記憶を取り戻し、急ぎイストンゼムに戻ってきたことを。


「なるほど。それはかなり大変なことでしたね」


 ダーゼンは無表情で相槌を打っている。正直、組合からしても依頼主が無事であるし、トラップの内容が判明していればあとはどうでもいいのだ。語り終わり、そろそろというタイミングで再度ドアがノックされ、すごい勢いで見覚えのあるスキンヘッドが入室してきたのだ。


「「レーーーーーース!!!!!」」


 スキンヘッド×2、ゾーイとロンの厚い抱擁をレスは受けるのだった。

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